魔法が使えない魔術師 3
「それにしても不便だ」
バスルームから上がったラペルト様は、髪の毛からポタポタと雫を垂らしながら私の前に現れた。
シルバーグレーの髪から、真珠のように輝きながら雫がこぼれる様は、まるで美しい一枚の絵画のようだ。
でも、風邪を引いてしまいそうだ。
部屋着のボタンは何とか留められているけれど、肩はびしょびしょに濡れているのだから。
もう少しだけ、その儚くも美しい姿を楽しみたいという思いを振り切って、子どもにするように、髪の毛をタオルでゴシゴシと拭く。
「……冷えてしまいましたね」
「……温めてくれる?」
「良いですよ」
「えっ!?」
「え?」
何かおかしなことを言っただろうか。
寒いというなら温めてあげるのが良いだろう。
問題はその方法だけれど……。
毛布を巻き付ければ良いだろうか。
いや、肩口が濡れてしまったのだから、着替えた方が良いかもしれない。
そんなことを思いながら、微妙な表情になってしまったラペルト様を見つめる。
「……こんなことを聞くのは憚られるが。男女の営みについて、君はどう習った?」
「男女の営みですか?」
それは、夫婦になったらあるという、営みのことだろう。
「あの、子ども扱いしますか?」
「いや……。大方予想はついているんだが」
「よく知りません。とりあえず、一緒に寝るということくらいしか」
「そうだろうな……」
ラペルト様は、困ったように微笑んだあと、嘆息した。
「やっぱり、子ども扱いした!!」
「……大人扱いしてほしい?」
「もちろん! だって、私はもう大人ですから」
王立学園を卒業したならば、この王国では一人前として認められる。
「……シェンディー」
先ほどまでの可愛らしさが消え去って、目の前で私を見つめているのは、獰猛さを感じる大人の男性た。
自分から大人だと宣言したのに、その姿に怖じ気づいて後退りたくなる。
「……でも、それでも」
「……温めて」
逃がさないとでも言うように、肩を掴んだその手は、少しだけ震えているのかもしれない。
どうすれば、もっと近くにいられるのかわからないまま、目を閉じて口づけを待つ。
けれど、そんな時間は、来訪者により終わりを告げる。
「……はあ。夫婦の逢瀬を邪魔するなんて、ずいぶん不躾だ」
凍えそうなほど冷たい口調だ。
それでいてそれが
いつものラペルト様のようにも思える。
目の前に立つのは、黒髪の一人の女性だ。
彼女は小さく笑うと、フワリと体を浮かせ私に抱きついた。
黒い小さな手が絡みつき、私を深い穴の底へと引きずり込む。
ラペルト様の手は届くことなく、気がつけば、私は城壁の外に座り込んでいた。
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