魔法が使えない魔術師 2
ラペルト様の所作は、優雅のひと言だ。
彼はひるがえるマントの先まで、完璧なのである。……それが、王国民が彼に抱く印象だ。
「口元にソースが」
「……え!?」
そっと拭いてあげれば、あからさまなほどその頬を染めたラペルト様。
偶像としての彼しか知らない人が、こんな姿を見たならどんなに驚くだろう。
「それに、食べこぼしますし……」
「っ、食べこぼさない!」
確かに、フォークとナイフを使う所作は、本当に優雅なのだ。
でも、ほら。またこぼれた……。
プルプルと震える手が動きを止めてしまった。
いくら可愛いからと、いじりすぎてしまったかもしれない。
――そんなことを思って、余裕でラペルト様を愛でていられたのはそこまでだった。
「はあ……。仕方ないだろう。僕は文字を覚えるよりも魔法式を覚えて使いこなす方が早かったんだ」
「天才……」
「そうさ。魔法がなければ何もできない天才だ」
「……」
ガタリとラペルト様が、向かいの席から立ち上がる。そして、私の隣に陣取った。
「食べさせて」
「はい?」
「僕は食べこぼすんだろう? だったら、君に任せよう」
閉じたまぶたを縁取るまつげまで、シルバーグレーであることに気がついてしまった瞬間、頬がひどく熱くなる。
目を閉じたまま口を開けた姿まで美しいなんて、本当にずるい。
けれど、ラペルト様にこんな行動をさせるほど、煽ってしまった私に責任はある。
だって、彼の耳元はやっぱり薄らと赤いのだから。
「……魔力が戻るまでですから」
「……戻らなかったら、ずっとということかな?」
「えっ!?」
「……冗談だ」
そっと、小さく切り分けたローストポークを口に入れる。
咀嚼する姿を見つめていると、真っ赤な瞳が急に開いて私を見つめる。
「真っ赤な頬」
「っ、これは……」
「見惚れてしまったのかな?」
「うっ! あのその!! ……見惚れ、ました」
心を読まれてしまったのかとオドオドしていると、なぜか真っ赤な瞳が大きく見開かれた。
「……冗談、だったのに」
「え、冗談!?」
「いつもサラリと流すくせに」
しかし、どうしてこの人は、こんなにも可愛らしいのだろうか。
先ほどまでの動揺が嘘のように落ち着いてくる。
人というのは、自分よりも動揺した人が目の前にいると、存外落ち着くものらしい。
――――それなのに。
「……今度は、君が食べたいな」
「えっ?」
次の瞬間、頬に手が置かれ、そのまま流れるように髪を梳かれたと思えば、口づけされていた。
「……あの」
「どんなに触れても、魔力が行き来しない」
「そ、そうですね」
そう、ラペルト様の魔力が、不思議なことに消えてしまったせいなのか、触れあう私たちの間に、魔力の流れは存在しない。
役に立てないのに、ただラペルト様のそばにいられることが、苦しくもあり、なぜか幸せでもある。
「今だけは、シェンディーは俺の魔力供給源なんかじゃない。ただの愛しい妻だ」
彼が笑った顔は、どこか幼い。
その表情は、私に本当にうれしい、と伝えるようだ。
「……ラペルト様、でも、魔力がないと」
「……心配しなくていい。何とかなるさ」
陽気に笑ったラペルト様。
その笑顔は、心からのものに見える。
――いっそこのまま、彼に魔力が戻らずに戦わないで済めば良いのに。
それは、王国に暗い影を落とす未来を望んでいることになる。
そのことを理解していても、願わずにはいられなかった。
そして、願いは何処にも届かずに、その日は訪れる。もう一度落ちてきた口づけは甘くて、そんな暗い予感なんて、掻き消してしまったけれど。
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