84 虫捕撫子ー8(女神官視点)
キ印「 お ま た せ ☆ 」
私達は何を見せられているのだろうか。
一見すれば仲のいい夫婦の光景だ。
だが実際は義理の兄妹で、先ほどまで授乳していた腕に抱いている子供は甥なのだ。
「ロベルト様は随分とロクサーナ様を大切にしているんですね」
そう問いかければ、何を当たり前な事をというような顔をされてしまう。
「このロクサーナは我が家にとっては無くてはならない存在ですからね。子供の面倒もよく見てくれるし、何よりも子供達がよく懐いている。もっともそんなことが無くともロクサーナがわたしのかわいくて愛しい子であることは変わりません」
「そうですか」
「父も同じ気持ちで、何よりもロクサーナを優先するように言っているんですよ」
「本当に大切になさっているんですね」
「もちろんです。せっかく調査に来ていただいていますが、ロクサーナが社交界デビューしていないのは本当にタイミングが合わなかったからなだけですよ。もしこの家にロクサーナを良く思わずに危害を加えるようなものが居たらわたしや父が許しません」
これは本気で言っている目だとわかる。
少なくとも昨日の話を含めて嫡男とバスキ伯爵はロクサーナ嬢を虐げているという事はないと確信できる。
夫人は下半身は動くようだが部屋から出ないようだし、アナシア様も気鬱で部屋に閉じこもっているようだから使用人が気を回して余計な事をしないかぎり、ロクサーナ様が2人の部屋に行かなければ何かされるという事もなさそうだ。
次男も感謝していると発言していることからロクサーナ嬢に何か虐げるようなことをしているとは思えない。
使用人達からの話を聞かないと確定と判断は出来ないが、ロクサーナ嬢の生活に不自由は本当に無いのだろう。
「そういえば先ほど体調を崩した時に魔力が乱れたとおっしゃってましたが、どのような状態だったんですか?」
「一時的に魔力量が減ってしまったようなんです。神殿に行って測定したわけではありませんでしたが、魔術を使用した時に魔力量が少なくなっているとこの子が言って、わたしが確認したところ魔力量が少なくなっているように感じました」
「それは……今は大丈夫なんですか?」
「おかげ様で今は問題ありません」
「大変だったんですよ。あたしの魔力が減ったら男爵家に戻されるかもしれないってお父様とロベルト兄様が慌てちゃってたんです」
「当たり前だろう。ロクサーナがこの家から出ていくなんてありえない」
「あたしもこの家に居たいので、お父様とロベルト兄様が魔力を戻す方法を探してきてくれて助かりました」
魔力を戻す方法?
通常、魔術を使用しすぎて一時的に残量が減ったのであれば、十分に休息を取れば魔力量は回復するが、この言い方だと別の方法を取ったように聞こえる。
「参考までにお聞きしますが、どのようにして魔力を回復したのですか?」
「なに、そのころのロクサーナは体調が悪くて休んでも魔力が回復しなかったので、少しばかり精霊の力を借りたんですよ」
「なっ……」
「初めは母やアナシアに魔力譲渡を行わせていたのですが、ロクサーナの魔力量は多いですからね。どうしても足りなくて他に方法がありませんでした」
「ま、まさか精霊喰いの結界を使用したというのですか?」
「ああ、流石はよくおわかりですね。ロクサーナは覚えがいいのですぐにその魔術を習得できましたよ」
平然と話す嫡男に眩暈がする。
「その魔術は邪法ではありませんか。使用するなど何を考えているのです」
「邪法ではありますが禁術ではありませんし、法律で禁止されているわけでもありません。あの頃のロクサーナは魔力が減っていて本当に辛そうでしたから仕方がなかったんです」
「精霊をそのような事に利用するなど、貴方達には信仰心と言うものがないのですか!?」
「もちろんありますよ。あるからこそいざという時に助けてもらったんです。精霊だってロクサーナの糧になるなら文句はないでしょう?」
「せ、精霊喰いの結界はその代償を支払う必要があるんですよ! 何を考えているんですか!」
「それこそ些細な事ではありませんか」
どうでもよさそうに言うその態度に、怒りと同時に誰が犠牲になっているのかと思いを巡らせた。
もしや夫人の病というのは精霊喰いの結界の代償なのではないだろうか。
「代償が些細などと、そのような事があるわけありません。まさかとは思いますが夫人の病は代償ではないでしょうか?」
「さぁ? 確かに母が病にかかった時期と偶然にも重なっていますが、確証はありませんよ」
言い訳を言うでもなく、迷いなく放たれた言葉に呆然としてしまう。
この分ではアナシア様の気鬱の症状も代償なのではないかとすら思える。
「もしや今も精霊喰いの結界を発動しているのですか?」
「ロクサーナ、そうなのか?」
「だってロベルト兄様、やっと体調が回復してきたとはいえあたしの魔力は完全に戻ってないんだもの。早く元に戻さないとこの家から連れ出されちゃうかもしれないわ」
「そうか、なら仕方がないな」
「何が仕方がないというのですか! 邪法を安易に使うなどありえません!」
「ロクサーナが苦しむ方がありえませんよ。ちょっと精霊に力を借りるぐらい、大目に見るべきです」
「そ、それはバスキ伯爵もご存じなのですか?」
「精霊喰いの結界の発動方法を入手してきたのは父ですよ。自分は領地にいることが多いのでわたしにロクサーナの面倒をよく見るように言ってきています。まあ、言われなくてもそのつもりだから安心していいよロクサーナ」
「ありがとうございますロベルト兄様」
目の前の2人は何を言っているのだろうか。
話が通じるように感じない。
咄嗟に周囲のメイドに視線を向けるが、無表情のメイド達からは何もうかがい知ることが出来ない。
「あたし、この子達を守るためにももっと魔力を増やさないといけないですよね」
「はは、ロクサーナは本当に家族思いのいい子だな」
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