79 虫捕撫子ー3(女神官視点)
家具は使い込まれているが傷があるという事もなく、壁紙も綺麗に手入れされているが新品と言うわけではない。
メイドは無関心そうではあるがロクサーナ嬢に怯えている様子もないため、私達の前のみ穏やかな演技をしていて、実際はかんしゃく持ちで使用人を虐げているという事も現状ではなさそうだ。
「それでは、単刀直入に聞きますが、バスキ伯爵家に引き取られてから困ったことや悩み事はありますか?」
「お父様もお兄様達も良くしてくれてるので特にはありません。お母様も病気になる前はとても優しく接してくれました。今はお会いしに行くと無視をされたり睨まれたりするけど、それだけ体が辛いっていう事ですよね」
「アナシア様と交流はありますか?」
「それが、嫁いでいらした当初は仲良くしてくださったんですが、妊娠してしばらくしたあたりから睨まれたり罵倒されたり、あとは気鬱が続いているので無視されることが多いですね」
「それはお辛いですね」
「いいえ、あたしよりも体が辛い2人の方が大変ですから。それにその分お父様やロベルトお兄様が気を使ってくれます」
「次男のダリオン様とはどうですか?」
「仲良くしてますよ。騎士の仕事が忙しいみたいですけど、家にいる時はお義姉様のお見舞いをしたりと家族を良く気遣ってくれます」
「なるほど」
以前はともかく、現在は女性陣とうまくはいっていないらしい。
けれども話を聞く限り虐げられているというほどではないだろう。
夫人が睨んでくるという事や、アナシア様が睨んだり罵倒したという部分は気になるが、こうしてはっきり私たちの前でその事を伝えてくるという事は、それ以上のこと、暴力行為などは無いと考えていいかもしれない。
話が途切れたタイミングでお茶が運ばれてきたのでそれを一口飲む。
客人として扱われているからなのか粗末な茶葉を使われているという事もないし、同じポットからお茶を注がれているのでロクサーナ嬢だけ何かをされている事も今はないだろう。
「家の事を仕切っているそうですが、使用人との関係はどうですか?」
「そうですね、慣れないこともあって面倒をかけているとは思いますけど、皆よく従ってくれます」
「体調を崩しながら仕切るのは大変だったでしょう?」
「はい。でも、お父様もロベルトお兄様もあたしがやるのが一番だって応援してくれましたし、使用人にもあたしの言う事をよく聞くようにと指示を出してくれましたから大丈夫でした」
使用人達は当主と次期当主の命令でロクサーナ嬢の采配に従っているという事だろうか。
この数年バスキ伯爵家が使用人を大量解雇したという記録も噂もないし、子供が生まれたことにより乳母などの子供の世話をする使用人が雇われたため逆に総数は増えているようだ。
使用人達には滞在中に話を聞く予定だが、家族関係について詳しく調査する必要があるな。
夫人とアナシア様の状態があまりにも怪しすぎる。
そしてその事をまるで何とも思っていないようなバスキ伯爵と嫡男も正常な状態とは思えない。
「現在の暮らしには他に悩み事や困ったことはありませんか?」
「いいえ、ありません」
「そうですか。社交界デビュー出来ていないことについてどう思いますか?」
「それに関してはあたしの体調がよくなかったことでタイミングがなかっただけですから仕方がありません。お父様とロベルトお兄様は次の新年祭でデビューしたらどうかって言っているので、それまでに体型を戻さないとって必死なんですよ」
困ったように、それでも嬉しそうに話すロクサーナ嬢に嘘をついている様子はない。
「せっかくの社交デビューの場には美しい状態で参加したいと思うのは令嬢として当然の事ですが、無理をしてまた体調を壊しては元も子もありませんよ」
「ふふ、大丈夫です。お父様もロベルトお兄様もちゃんと考えてくれているみたいですから」
「そうですか」
家族の社交デビューについて考えるのは当然のことだが、何か別の意味を持っているようにも感じ取れる。
最初に見た時から幾分ふっくらとした印象を持っていたが、療養するほど体調を崩していたのならむしろ痩せてしまってもおかしくはない。
過剰に心配され、必要以上に療養をさせられてしまい、その間動かずに栄養のある食事を食べ過ぎてしまったという可能性もあるが……。
ぶしつけにならない程度にロクサーナ嬢の体を眺める。
上品でよい材質を使用しているドレスではあるが、この年頃の令嬢にしては確かに体型を隠すようなデザインのものだ。
胸元は隠されているが、すぐに自分でも脱げるような前にボタンのついたもので、コルセットはしているようだが腰回りだけ締めるデザインで胸元までは覆っていないように感じる。
それに、そのコルセットもさして絞っているようには見えない。
「社交界デビューともなれば特別なドレスを仕立てる家が多いですが、ロクサーナ嬢もそうなのですか?」
「もちろんです。ただ、今ダイエットをしている最中なのでサイズ調整がしやすいデザインを考えています」
「どちらのデザイナーに依頼をする予定ですか?」
「マダム・スカーレットにお願いしたかったのですが、同じように考えているご令嬢は多いらしくて無理でした。同じS.ピオニーのデザイナーであるレディ・サマンサにお願いしています」
「そうでしたか」
同じS.ピオニー所属でも随分と格を下げたようだ。
マダム・スカーレットの弟子と言われてはいるが、デザインの傾向は全く異なっており、高級志向というよりは無難なデザインで費用を抑えたい令嬢が良く利用していると聞く。
「レディ・サマンサを選んだ理由をお聞きしても? S.ピオニー所属のデザイナーは他にもいますよね?」
「若すぎて経験のないデザイナーは不安ですし、かといってご年配のデザイナーにデビュタントのドレスを依頼するのはどうかと思いませんか? その点レディ・サマンサはちょうどいいと思ったんです」
「デザイナーとしての評判はどなたから?」
「S.ピオニーは女性に人気のブランドですから、メイド達にいろいろ情報を聞きました」
「バスキ伯爵やロベルト様から勧められたわけではないんですか?」
「お父様達はあたしの好きにしていいって言ってくれてますから。金額に関してもせっかくのデビュタントのドレスだから気にしなくていいとのことです」
「それは嬉しい言葉ですね。メイド達は他のデザイナーを推薦しなかったんですか?」
「何人かデザイナーの話をされて、実際に依頼を出来る人達にデザインを考えてもらった中で、レディ・サマンサのものが一番よかったんです」
「なるほど」
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