78 虫捕撫子ー2(女神官視点)
怪しすぎる、と他の調査員と目配せをする。
妻の病を遠くの領地からわざわざ医師を呼び寄せて対処するよりも、何かあった場合直ぐに対処できる王都に住んでいるかかりつけの医師に診せた方がいいに決まっている。
かかりつけの医師に診察されて困る事でもあるのかと勘繰っても仕方がないだろう。
そもそも、夫人がそのような状態であるのなら、社交界でバスキ伯爵や嫡男、もしくは次男がその話をしていてもおかしくはないのに、社交界に出るかは本人に任せていると話しているだけだ。
状況的にバスキ伯爵夫人は社交界に出ることが出来ない状況なので言っている事がおかしい。
「それはお気の毒ですね。そのような状況ではお話を聞くことは難しそうですが、後ほど様子を見させていただいても?」
「もちろんです。妻には今日から皆様が滞在することは伝えていますので、ご遠慮なさらないでください」
「夫人がその状態では家の事を取り仕切るのは難しいですよね? 家の采配はアナシア様が行っているのですか?」
「いえ、嫁も1人目の妊娠後から情緒が不安定になってしまいまして、今はロクサーナが家を取り仕切っております」
「ロクサーナ嬢が?」
その言葉に驚いてロクサーナ嬢を見れば、にっこりと微笑んで頷いた。
「それはいつごろから?」
「15歳を少し過ぎてからでしたかな? どうだったロクサーナ」
「お義姉様が妊娠なさって精神的に不安定になり、お母様がお倒れになった時期からだから、そうですね、15歳の誕生日を迎えて半年ほど経ったあたりからです」
「それは大変でしたね。ご自身も体調を崩していたというのに」
「あたしは2人ほど重い状態ではありませんでしたから」
にこにこと話すロクサーナ嬢が嘘をついているようには見えない。
「体調を崩していたとおっしゃいましたが、具体的にはどのような症状だったのでしょうか?」
「吐き気や貧血状態が続いていたんです。しばらく療養していたらだいぶ良くなったのですが、社交界デビューをしようと計画していた時にまた同じ症状が起きてしまったので、タイミングを逃してしまってまだ社交界デビューが出来ずにいるんです」
「そうでしたか。今は大丈夫なんですか?」
「はい、今は問題ありません。……あ、いえ。しばらく療養で体を動かしていなかったせいで太ってしまったことが問題ですね。社交界デビューまでに元の体型に戻さないとだめですね」
おかしそうに笑うロクサーナ嬢にバスキ伯爵と嫡男は健康的であればいいと笑っている。
気になる点は多々あるが、この3人の様子を見るだけなら仲のいい家族に見える。
「弟君はいつ頃仕事からお戻りに?」
「残業がなければ夕食前には戻りますので、その時に紹介させていただきます」
「わかりました。それでは、その前に申し訳ありませんが個別にお話をさせていただいてもよろしいですか? もちろん夫人とアナシア様もです」
「構いませんし、もともとそのような事になると説明を受けていますので問題はありません」
にこやかにそう言ったバスキ伯爵の言葉に頷くと、事前に話していた通りに個別で話を聞くことになった。
応接室から出て女神官2人、女騎士1人と一緒にロクサーナ嬢に案内されて彼女の自室に向かう。
途中、アナシア様の子供とも会ってみて欲しいと言われ、各人との話が終わった後に会うことを約束した。
「2人ともとてもかわいくて。あたしにも懐いてくれているんですよ」
「それはよかったですね」
「下の子は流石におしゃべりは出来ないけど、上の子なんてあたしの事をかーしゃま、なんていうんです。嬉しいですけどお義姉様に申し訳ないですよね」
「アナシア様は子育てに積極的ではないのですか?」
「そうですね、妊娠中から気鬱気味で出産してからも部屋を出て子供の様子を見に行くことはありません」
「そうでしたか」
乳母に預けて育児をしないというのは高位の貴族にはよくある事だ。
伯爵家なのだし、気鬱という事もあってアナシア様が子育てをしなくてもおかしなところはないが、なにかが引っかかる。
「あ、ここがあたしの部屋です」
そう言って扉を開けると、そこは想像以上に広い部屋だった。
居間として使われているであろう部屋の様子を見るに調度品も整えられているし、今回の事に合わせて用意したのではないことは使い込まれた様子から見て取れる。
奥には衣裳部屋と寝室、あとは浴室とトイレに繋がるであろう扉も確認できる。
個人の部屋に水回りが整っているのは高位貴族の証とはいえ、随分とロクサーナ嬢はいい待遇でこの家で暮らしているようだ。
部屋に控えているメイドは、ロクサーナ嬢に対して冷たい視線を送っている様子はないが、家を取り仕切っている令嬢に向けるにはあまりにも無関心そうな視線だ。
ソファーを勧められたので私ともう1人の女神官が座り女騎士がソファーの横に立つ。
女騎士にも座るようにとロクサーナ嬢が改めて勧めてきたが、流石に3人並んで座れるほどこの部屋にあるソファーは広くない。
女騎士が自分の事は気にしないように言ったため、困ったように首を傾げつつもロクサーナ嬢は3人分のお茶を用意するようにメイドに言いつけた。
すぐに言われた行動をするし、部屋を出ていく時に一礼をしていったのでロクサーナ嬢が使用人に侮られているという事も今のところはなさそうだ。
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