77 虫捕撫子ー1(女神官視点)
簡易登場人物紹介
◆カタリナ女神官
バスキ伯爵家に調査に入った女神官(32)
一人称:私。紺色の髪に紅い瞳。
◆ロクサーナ=ジャルジェ=バスキ
伯爵令嬢(17)(未入学):乙女ゲームのヒロイン。元男爵家庶子。
一人称:あたし。バラ色の髪に新緑色の瞳。
◆ルシオ=ナイゼル=バスキ
伯爵(48)
一人称:私。ロクサーナの養父。黒髪に紺色の瞳。
◆ロベルト=オースキン=バスキ
伯爵家嫡男(27)
一人称:わたし。ロクサーナの上の義兄。黒髪に紺色の瞳。
バスキ伯爵家に調査に入るにあたり、男神官3名女神官4名、男騎士4名、女騎士5名が駆り出されるまでに問題が大きくなっているようだ。
ただ、養女を社交界デビューさせないという疑念だけならここまで大掛かりなものにはならない。
ティオル殿下より精霊喰いの結界が発動されている可能性が伝えられたこと、そしてバスキ伯爵夫人と嫡男の妻が社交界から遠ざかっていることから、最悪の事態が起きても対処ができるようにとの人選だ。
私もだが、男神官も女神官もそれなりの戦闘力を保持しているので、一般貴族であるバスキ伯爵達が暴行してきても対抗する手段はある。
物々しい雰囲気でバスキ伯爵まで何台もの馬車を連ねて向かい、馬車を降りると執事長が出迎えてくれて玄関に案内される。
聞き取り調査を行う男性陣は日参するので宿泊滞在はしないが、女神官と女騎士は屋敷の実態調査を兼ねて10日間宿泊滞在することになっている。
いきなりこんなに大勢が宿泊することになるのではバスキ伯爵家側も部屋の準備など間に合わないだろうし、そもそも部屋数は足りるのかとも思ったが、流石と言うべきなのか客室は十分にあると伝えられた。
執事長が玄関を開けると、そこには貴族らしい高級品とわかるドレスを纏った令嬢が立っていて、私たちを見ると丁寧なカーテシーを見せてくれる。
「皆様、よくお越しくださいました。あたしがロクサーナ=ジャルジェ=バスキです」
頭を上げてにっこりと微笑むその姿に、強制されている様子も、無理をしているような様子もない。
瞳もまっすぐにこちらを向いているし、その光は濁っておらず不安定な様子も見て取れない。
虐げられていてやせ細っているというわけでもなく、この年代の令嬢の平均的な体型と比べればむしろふくよかと言っていいかもしれない。
「お出迎えありがとうございます。バスキ伯爵令嬢」
「どうぞロクサーナと呼んでください」
「ではお言葉に甘えて、ロクサーナ嬢。私の名前はカタリナと申します。神殿に入った際に家名は捨てる事になっているのでご了承ください」
調査団の代表者として他の神官と騎士を紹介していく。
ロクサーナ嬢はにこにこと一人一人に丁寧に頭を下げ、最後にどうぞよろしくお願いしますと嘘を言っているようには聞こえない声で言う。
「ところで、失礼ですがご家族はどちらに? バスキ伯爵も今回の調査を受けて領地より王都に来ることになったと聞いていますが」
「まあ! あたしったらこんなところで皆様を引き留めてしまってごめんなさい。お父様とお兄様達は応接室で皆様をお待ちです」
「……バスキ伯爵夫人と嫡男であるロベルト様の奥様のアナシア様はどちらに?」
「お母様はその……部屋で療養をしておりまして、義姉は今は大事な時期ですので部屋で休んでいます」
「バスキ伯爵夫人の体調が悪いとは初耳ですが」
「数年前に発病した病の後遺症が残っているんです」
「そうですか……」
とにかく応接室に案内すると言ったロクサーナ嬢について屋敷の中を歩きながら、事前に調査した書類にはバスキ伯爵夫人が後遺症が残るほどの病にかかったという記録はなかったと思案する。
この家のかかりつけの医師の往診記録も確認しているが、長期間にわたり往診したのは嫡男の妻であるアナシア様が懐妊して出産した時のみとなっている。
それ以外は家人の軽い風邪などでなんどか往診したぐらいだ。
応接室に到着したのか、ロクサーナ嬢がドアを開けると、事前にこちら側の人数を伝えていたせいか応接室と言うよりはちょっとした広間のようなところだった。
そこにはよく似た風貌の男性が2人居て、私達が中に入ると立ち上がって頭を下げてきた。
どちらも細身で、騎士のように鍛えられたからだというわけではなさそうだ。
服装も伯爵家の者としておかしくない程度の品であり、ここに来るまでの屋敷にある調度品を見ても衣類や装飾品などに無駄にお金をかけている様子もない。
「わざわざお越しくださりありがとうございます。どうぞお座りになってください」
勧められてソファーに座ると、メイド達がカートを運んできてお茶を出してくれる。
メイドが家主を恐れている様子はないが、もの言いたげな視線を一瞬だけ寄こしてきた。
「今回は調査にご協力くださりありがとうございます」
「構いませんよ。もとはと言えば我が家がロクサーナを社交界デビューさせていないことが原因ですからね」
バスキ伯爵と嫡男の間に座ったロクサーナ嬢の様子は先ほどと変わらない。
むしろそこにいるのが当たり前と言うように堂々としているように見える。
「単刀直入にお聞きしますが、ロクサーナ嬢がいまだに社交界デビューをしていないのはなぜなのでしょうか? もちろん魔術学院の入学年齢が20歳までなのもあり、家の事情を考慮して遅くする家はございますが」
「そうですね、家の事情というか……15歳になってからしばらくロクサーナは体調を崩していて、社交界デビューできる状態ではなかったのですよ」
「体調を? かかりつけの医師の往診記録にはそのような記録はありませんでしたが?」
「いつものかかりつけの医師はそのころ息子の嫁の妊娠でロクサーナを見ることは出来なかったため、領地から呼び寄せた別の医師を手配していたのです」
「……そうですか」
妊娠の診察にそれほど手間がかかるとは思えない。
それに王都の他の医師ではなくわざわざ領地から医師を呼び寄せるなど、どういう意味があるのだろうか。
「そういえばアナシア様は今大事な時期とロクサーナ嬢がおっしゃっていましたが?」
「ああ、妻は今妊娠しておりまして。まだ安定期ではないので休ませているのですよ」
嫡男の言葉に「それはおめでたいですね」と答えつつもいささか違和感を覚える。
バスキ伯爵家の嫡男夫妻に2人目の子供が生まれたのは4ヵ月前と記録されている。
安定期に入っていないとはいえ、新しく妊娠するには随分早いのではないだろうか。
もちろん出産後わずかな期間を置いて再度妊娠することが全くないわけではないが、貴族の間では妻の体調を慮って続けての妊娠は避ける事が常識だ。
そもそもかかりつけの医師の記録に現在アナシア様が妊娠しているというものはなかった。
「お子様は今何か月なんですか?」
「4ヵ月を過ぎたころです。もう少ししたら安定期に入ると医師には言われています」
ありえない。
その話が本当だとすれば、出産直後に再度妊娠したことになってしまう。
「あとで奥様の様子を見に行っても大丈夫でしょうか?」
「もちろんかまいませんよ。ただ、妊娠のせいなのか随分と気鬱になっているようなので、その部分はご配慮ください」
「わかりました。あと、バスキ伯爵夫人が病の後遺症で療養しているとのことですが、起き上がれないほどなのでしょうか」
無理をさせるつもりはないが、こういった調査が入る際の初回の顔合わせには通常養父母が揃うものだ。
「妻は病の後遺症で声を出すことが出来ず、上半身にも麻痺が出ていて、特に両手はスプーンすら自力で持てないほどです。幸いにも下半身に麻痺は出ていないのですがね」
「かかりつけの医師の記録にそのようなものはありませんでしたが、それも領地から医師を呼び寄せて対処されたのですか?」
「よくおわかりですね」
「病との事ですが、どのような病でしたか?」
「それが原因不明なんです。ある日突然高熱を出し苦しんだと思ったら1ヵ月も寝たきりになり、やっと目が覚めたと思ったら今の状態になってしまいました」
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