75 布袋葵ー22
結局ジョセフ様は水を何口か飲むだけで食事自体には口をつけず、食後の紅茶を断って席を立ってしまった。
うーん、わたくしはかまわないけどよっぽど衝撃だったんだろうなぁ。
しっかりとマナー教育を受けた公爵子息が客人を前にすさまじいマナー違反をしたことになる。
ただ、公爵夫妻もアルバート様もジョセフ様の心情はわかっているのか、ジョセフ様が食堂から出て行った後にわたくしにジョセフ様のマナー違反を謝罪してくれた。
うん、流石にジョセフ様が居る時にマナー違反についてジョセフ様を叱ったり、わたくしに対して謝罪してきたりしたら、「なんだかなぁ、お前らのせいなんじゃないの?」と逆に印象が悪くなっただろうな。
正直なところさっさと食後のお茶を飲んでお暇したいが、こちらとしても招待を受けている身なのであからさまに急いで帰る事も出来ない。
いや、状況によってはあえてそそくさと帰る事もあるが、ジョセフ様との話し合い(?)は終わったことになっているようだし(終わってないけど)、これといって急いで帰る理由が思い当たらないので微笑みを浮かべて会話をしながら食後の紅茶とブティフールを食べるしかない。
「そういえば、バスキ伯爵家に神殿と王家の合同調査が入るという話はご存じでして?」
「ええ、噂で聞いておりますわ」
嘘でーす。ジョセフ様からばっちりしっかり聞いている。
「きっかけになっている養女にしたご令嬢は、ベアトリーチェさんと同い年なのにまだ社交界デビューをさせていないそうですよ。魔力の多さをかわれて養女にしたというのに社交界デビューさせないなど、なんともひどい話です」
「そうですわね。事情があっての事でしたらその旨を神殿に報告すればいいだけですもの」
「バスキ伯爵夫人もお嫁さんも社交界にはすっかり顔を出さなくなってしまって……。以前は養女になったご令嬢が可愛らしいと自慢なさっていましたのに……」
「バスキ伯爵や跡取りは今でも社交界では養女になった令嬢が可愛いと言っているようだぞ。甘えられると弱いとも言っていたな」
「溺愛しているのでしょうか? 社交界デビューをさせて魔術学院に通うようになったら婚約の話しも出てくるでしょうし、手放したくなくてあえてデビューさせていない可能性もありますね」
「どうだろうな。次男の方は婚約者が居ないようだし、どうしても手放したくないというのなら養子縁組を一度解除して次男の妻にすればいいだけではないか? 次男は騎士をしているそうだが、敷地内に別邸を立てるなりして近くに置けばいいだけの話だ」
ひどい話をしているようだが、割とある話だ。
家門に魔力の強いものを取り込むための方法としては有効なのだ。
血筋的に当主の妻にできない場合や他に子供がいない場合愛人にする時だってある。
暫定ヒロインは男爵家の庶子の出なので、伯爵家を継ぐ息子の妻には出来ないが、家を出る予定の次男の妻にするには何の問題もない。
ただこの場合、次男がどこかの家に婿養子に入るという道がなくなるため、次男は平民になってしまうので自力で功績を上げて爵位を得るしかない。
まぁ、平民になっても実家の敷地内に別邸を立ててもらいそこで生活をするのであればさしたる苦労はないだろうし、子供が生まれればそれこそ長男のところに養子に出してもいい。
貴族とはそういう積み重ねを繰り返して血に宿る魔力量を増やしているのだ。
「神殿と王家の合同調査という事で城の方も騒がしくなっているが、何事もないことを願っているさ。あれほど社交界で養女がかわいいと言っているのに実際のところ虐げているなどとなったらバスキ伯爵家は降格させられるだろうな」
「そうなったら家門の方も大変だね。信用してバスキ伯爵家にご令嬢を任せたのに裏切られたようなものだよ」
「夫人やお嫁さんが社交界に出てこない理由もわかるかもしれませんよ。もし男性陣が女性陣を虐げているとなったら降格どころか貴族籍を抜かれる可能性があります」
「そうなった場合、バスキ伯爵家は家門の長が一度預かる形になるだろうな」
没落した家を家門の長が買い上げたり預かる事はままあるけど、不祥事を起こして没落した家名は買い上げるにしても経費の無駄だって思われることが多いし、預かるにしても後にその爵位を受け継ぐことを拒否する子供もいるので扱いが難しくなる。
ただ資金繰りに困窮して没落するのと不祥事を起こして没落するのとでは雲泥の差があるのだ。
「魔力が多く可愛らしい養女と自慢していたのに虐げているとは思いたくないわ。溺愛が行き過ぎてわざと社交界デビューを遅らせているだけだといいわね」
「そうだな。男爵家の庶子を養女にしたのに虐げているなどという噂が広まったら、平民が貴族への印象を悪くしてしまう」
そうでなければいいと苦笑する公爵夫妻。
「でも、社交界デビューをしていないとはいえ養女になったご令嬢も何かあったとして、その場合神殿に駆け込むことは出来ない状況なのかな?」
「見張られていたり、使用人全員がご令嬢の味方をできない状況かもしれませんわ」
「実家の男爵家経由でどうにかできないものなのかな?」
「噂では養女になってからはご実家の男爵家とも疎遠になっていると……。手紙も検閲されていればどうしようもありませんわ」
「うーん、それでも成人の誕生日には神殿から祝福をするために神官が派遣されるよ。その神官に訴える事も出来ない状況っていうのは、ちょっとどうかと思うんだ」
アルバート様の言葉にそれも確かに一理あると思える。
神官が居る時に家族が立ち会っていて言い出しにくい状況だったのかもしれないが、そんな状況でも神官に助けを求めればその時点で神殿に保護されるのだ。
それが出来ないというのは確かに聞いたことが無い。
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