74 布袋葵ー21
「ジョセフ、アルバートを兄として尊敬して慕っているのはわかっているわ。だからこそアルバートの望みを優先したいと考えているのよね? けれども、そう思うのならなおの事アルバートが他国の婿に行くことを認め、この家を継いでくれないかしら」
夫人の言葉にジョセフ様が顔をうつ向かせる。
わたくし、なんでこんな家族会議の席に同席しているんだろうか。
いや、わたくしが居るからあえてこの話をしたのはわかるのだが、何度も言うが巻き込まないで欲しい。
「考えさせてください」
ジョセフ様は顔をうつ向かせたまま絞り出すようにそう言った。
「考えるだけですむならいくらでも考えるといい。だがこれはすでに決定したことだ。ジョセフが何を思っても変えることは出来ない。もし変わるとしたらお前が王太子になる時だけだな。もちろんアルバートは他国に婿入りするから家門から養子をとる事になる」
公爵閣下の言葉にジョセフ様は何も言う事はなかった。
「アントレがすっかり冷めてしまったわね。出し直しをしてちょうだい。食事を再開しましょう」
夫人の指示で、こうなる事が事前に分かっていたのか時間を置かずに新しいアントレが運び込まれてくる。
正直こんな空気の中で食べても味もへったくれもないのだが、晩餐会に招待されている身で途中退席など出来るわけがない。
公爵夫妻もアルバート様も何もなかったような顔で食事を再開したので、わたくしも気が重いながらもカトラリーと口を動かす。
ただ、ジョセフ様は流石に食欲が失せたのか水を飲むだけでアントレは下げさせた。
なんとかアントレを食べ終わってサラダが運ばれてきたのでそれを無心に食べる。
はあ、せめて食後のお茶の時に話を切りだしてほしかった。
そうすれば重い空気でも話が終わればさっさと家に帰って休めたのに……。
「そういえばベアトリーチェ嬢は新年祭のエスコートは誰かに頼むのかな?」
「義兄か弟に頼むことになると思いますわ。けれども義兄は騎士団団長として警備の仕事に就く可能性もあるので、弟にお願いする確率が高いかもしれませんわね」
「相変わらず仲がいい家族だね」
「ふふ、そうですわね」
「ジェフリー殿が養子であることについてうるさく言う貴族もいるようだが、彼は騎士団長としてよく働いていると聞く。婚約者になりたがる令嬢も多いのではないか?」
「閣下のおっしゃる通りなのですが、義兄がお断りしている状態ですの。リゼン叔父様も独身なのだから、養子であるご自分が妻を持たなくても構わないなどと屁理屈を言っておりますのよ」
苦笑していうと公爵閣下も困ったように笑う。
「リゼン殿にも身を固めてもらいたいと陛下も幾人か勧めているのだが、ファム・ファタールを裏切るつもりはないと言って全く受け入れようとしない」
「そうですの……」
そのファム・ファタールってまさかとは思うけれどもわたくしの事を言っているんじゃないよな?
「叔父様にファム・ファタールがいらっしゃるなんて聞いたことがございませんわ。その方と結ばれることは難しいのでしょうか?」
「陛下もそう思ってその女性と結婚してはどうかと言ったそうなんだが、今はまだ手に入らないと誤魔化されたらしい。以前は兄であるアステト殿に子供が生まれていないのに弟である自分が結婚するなどあり得ないと言っていたから、女性に興味を持つようになったと期待しているのだがね」
「そ、そうですの……」
ひぃっ、それってわたくしが生まれてからファム・ファタールとかほざき始めたってことか?
やばい、怖い、キモイッ。
……まって、ファム・ファタールって運命の女性っていう意味で使ってるのか? それとも魔性の女の方か?
わたくしは魔性の女なんかじゃないぞ!?
「リゼン殿が厄介な女性に引っかかるのも困るが、あの才能を次代に受け継がせないというのも何とももったいない話だ」
「わたくしも両親も叔父様には身を固めて欲しいと思っておりますわ」
「そうか……。リゼン殿はベアトリーチェ嬢を特段に可愛がっているからね。君から結婚するように言えば考えを変えるかもしれないな」
「そうだといいのですが……」
下手にわたくしが結婚を進めて「じゃあ責任を取って結婚してくれる?」なんて言い出しかねないし(法律上ありえないが)、そう言わなくても地雷を踏んで気づいたら拉致監禁されるかもしれない。
公爵閣下には悪いが、わたくしの口から叔父に結婚したほうがいいなんて絶対に言えない。
サラダを食べ終わって次に運ばれてきたチーズを食べつつジョセフ様の様子を伺う。
まだ顔をうつ向かせたまま食事には手を付けておらず、先ほどのサラダ同様にチーズも下げさせたようだ。
ジョセフ様、わたくしは気にしないしあんな話があった後だから食欲がないのはわかるが、常識的に考えてかなりのマナー違反だからな。
貴族なら腹が膨れていようが客人の前では笑顔で食べるのがマナーだ。
今のジョセフ様の態度は客人であるわたくしと食事をしたくないって言っているようなものだからな?
わたくしはあんな話の後だから食欲がわかないだけだってわかっているけど、空気が読めない貴族相手に今のようなことをしたら敵を作るぞ。
「グレビールくんもそろそろ婚約者の話が持ち上がっているんじゃないかい?」
「そうですわね。ありがたいことにお話をいただいているようですわ」
「わたくしの姪もグレビール様の婚約者になりたいと話しておりましたのよ」
「まぁ、それは嬉しいお話ですわね」
「ベアトリーチェさんはいまだに継承権を持っているとはいえ、早々に嫡子の座をグレビール様に譲っていると聞きますもの。シャルトレット公爵家としてもグレビール様の婚約者については慎重になってしまうのでしょうね」
「だが、シャルトレッド公爵夫妻は貴族では珍しい恋愛結婚だ。自分の子供にも同じように自由に恋愛結婚をして欲しいと思っているのかもしれないな」
「確かに両親は婚約者に関しては好きに選んでいいと言っておりますが、弟は家のために優れたご令嬢を妻に迎える気で居りますわ」
「それは公爵家の後継ぎとしては素晴らしい考えだな」
機嫌よくいう公爵閣下にわたくしはにっこりと微笑む。
弟よ、アルセイド公爵夫妻は姪を婚約者にさせようと画策しているかもしれないぞ。
もっとも、夫人の姪御様はまだ成人してすらいないから釣り書きも送ってこられないだろうけどな。
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