64 布袋葵ー11
さしあたっての問題は、ティオル殿下の想いを受け入れると宣言行動している状況で、ヒロインがティオル殿下ルートに入ってしまった場合どうなるのか、だ。
正式な婚約の申し込みがないのでいまだに婚約者候補のままだが、ティオル殿下が踏ん切りをつけてしまえばいつ正式に婚約の申し込みをしてきてもおかしくはない。
想いを受け入れると宣言している以上、理由を探して返事を引き延ばすような不誠実な真似もしたくない。
要はゲームのオープニングでヒロインがダンスを踊る相手にティオル殿下がいなければいいのだが、今の状況ではヒロインがどう動くかは予想がつかない。
「悪役令嬢になってしまったとしても、いじめを悪化させるような助言をするぼくが動かないのならそこまでひどい事にはなりそうにありませんが、こういうのは強制力があって結局はストーリーに沿ってしまう場合もありますからね」
「そうですわね。それが一番厄介ですわ」
「他の天使を守るのはもちろんですが、ベアトリーチェ嬢も巻き込まれないようにしたほうがいいでしょうね」
「それに関してはヒロイン次第になるのではないでしょうか?」
「暫定ヒロインが社交界に姿を見せずに動かない以上、こちらとしても対策がとれませんね。今度入る調査で何かが分かるといいのですが……」
バスキ伯爵家は夫人と嫡男の奥様が社交界から遠ざかっているという事以外目立ったものはない。
養女をいつまでたっても社交界デビューさせないという部分はあるが、それに関しては本当に調査結果が出なければわからないのだ。
「バスキ伯爵家への調査は徹底的に行われるようですよ。養女が社交界デビューしていないだけではなく、女性陣が社交界から遠ざかっていますからね。外からではわからない虐げがあるという可能性があります」
「それに精霊喰いの結界の件もありますわ」
「まったくです。本来なら精霊使いが調査に同行するのが慣例ですが、その結界のせいでそれが出来ませんからね」
調査員が滞在しての調査は当たり前のように行われるが、本来であれば精霊使いも同行もしくは精霊を貸し出して、調査員の目の行き届かない部分も探るのだ。
しかしながら今回はそれが出来ない。
その分滞在する調査員は増やされるそうだが、それでも目に見えない部分はどうあっても発生してしまう。
「今回はティオル兄様の進言で精霊喰いの結界があることが判明していますので、表向きの調査員の他にも王家が影の諜報員を同じ期間数人張り込ませるそうです」
「それでしたら細かいところまで調査できますわね」
「王家としても、魔力が多いということで承認した養子縁組は気にかかるところなのでしょう。とくに当たり年ですから、この時期まで社交界デビューさせないなんて何か問題があると宣伝しているようなものです」
「それが強制力かもしれないと思っているのはわたくし達だけですものね」
「ええ。ただ、精霊喰いの結界の事を考えると、魔力の多さで引き取った暫定ヒロインの魔力が著しく減ってしまった可能性もありますね」
「それでしたら国に申請して養子縁組を解消し、元の家に戻せばいいだけではございませんの?」
「そうできない何かがある、ということではないでしょうか?」
「なにか、ですか……」
弱みを握られているとも考えられるが、養女にしたとはいえもとは男爵家の庶子だ。
魔力の多さを認めて引き取ったとしても、一度家に取り込んでしまったからには所有権はバスキ伯爵家にある。
つまり、何かまずいことを握られてもいかようにでも処分できるはずなのだ。
それが出来ない弱みとなると何があるのだろうか。
「暫定ヒロインに関しては調査結果を待つしかありませんね。こちらとしては嫡男と次男の周辺を探らせてはいますが、嫡男は社交界的にも父を補佐する次期当主としても今のところ問題は見つかっていません」
「次男の方は如何でして? 騎士団に入団した時は期待されていつつも現状ではあまり成果を出せていないと聞きますわ」
「そうですね。確かに期待されていたほどの実力を発揮できてはいないようですが、素行が悪いとか、あまりにも能力が低いという話は聞きません。良くも悪くも初めに期待されていただけの普通の騎士ですね」
「そうですのね……」
「ただ……」
「どうなさいましたの?」
「数年前にバスキ伯爵家に頻繁に医師が出入りしていた時期があるそうです。ちょうど嫡男の奥方の妊娠時期だったのでその件で頻繁に出入りしていたのだろうとは思いますが、奥方の出産後しばらくしても医師の出入りが続いていたようです」
「産後の肥立ちが悪かったのではございませんの? 社交界から遠ざかっているのはそのせいかもしれませんわね」
「それだけなら夫人まで社交界から遠ざかる理由には足りません」
確かにその通りだ。
出産後体を悪くした嫁の代わりに育児をするにしても、伯爵家であれば乳母を雇い使用人に任せる事が一般的なのだ。
経済的に貧しいのであれば話は別になるだろうが、バスキ伯爵家の領地経営に問題はないと聞いている。
初孫を他人の手で育てたくないと思っている可能性もあるため、どれも憶測にしかならない。
「バスキ伯爵家については結局調査の結果を待つしかないという事ですわね」
「そうなりますね。もっとも、嫡男が結婚し子供まで出来ているのに、成人して騎士になっている次男がいまだに実家に住んでいるというのも微妙な点ではあります」
「そうですわね。確かに次男は騎士爵を貰えるほどの実績はないようですが、嫡男が結婚したのであれば家を出るのが慣例。ましてや子供までいるとなればせめて所有している別邸に移るぐらいの事をしているはずですが、いまだに同居ですものね」
次男をバスキ伯爵夫妻が溺愛していて離したくないというのなら話は変わってくるが、わたくしが精霊で監視をしていたころはそのような傾向はなかった。
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