63 布袋葵ー10
ジョセフ様のお誘いを受けてアルセイド公爵家に訪問する日、朝からわたくしの支度をするためにアンナ達は大忙しで、晩餐用のドレスと予備を含めて馬車に詰め込む作業などはクリストファーが率先して行っているようだ。
ただのお茶会のはずが、夫人の希望で夕食までいただくことになったため当初より大荷物になってしまった。
仕度を終えて馬車にアンナと共に乗り込む。
あちらで着替える事を考えるとマリーン達も連れて行った方がいいのかもしれないが、あちらが仕度に関してはメイドを貸し出すと言って来たので留守番をしてもらう事になった。
アンナはわたくしの腹心のメイドだけれども、特に会話をすることもなく馬車に揺られてアルセイド公爵家に到着し、門を進み馬車停めについて止まった馬車からまずアンナが降りたので、アンナの手を借りて馬車を降りようとしたらそこにはジョセフ様がいて手を差し伸べてくれていた。
「まあ、ジョセフ様。わざわざここでお待ちくださったのですか?」
「こちらがお誘いして来ていただきましたからね。このぐらいして当然です」
そんなことはないと思うが、ジョセフ様なりの気づかいなのかもしれない。
そのままジョセフ様のエスコートで屋敷の中には入らずに中庭に案内される。
わたくしが持って来た荷物に関してはアルセイド公爵家の使用人が用意された客室に運んでくれるそうだ。
前回来た時は夜だったし、会場であるホールから外に出るという事はなかったので見る事はかなわなかったが、アルセイド公爵家の中庭は丁寧に手入れが施されている素晴らしいものだった。
中庭自体も広く、いくつかのテーマが決められて区分けされているらしいが、今回誘ってくれたのは初夏をテーマにした区域だった。
魔術によって気温をコントロールされているので、着てきたドレスで過ごすには暑く感じてしまうかもしれないと思っていると、白い柱と蔦を使って快適な温度に調整された東屋にエスコートされた。
そこにはすでにお茶の準備がされている。
東屋の中は外よりも気温が低く感じられ、風も入ってくるので今着ているドレスでも暑いと感じる事はない。
ジョセフ様は最初の一杯をメイドに用意させると、あとは自分でするといってメイドや護衛を下げたのでわたくしもアンナに離れているように指示を出した。
「まずは本日我が家に訪問してくれたことを感謝します」
「わたくしこそお招きくださってありがとうございます」
「実はベアトリーチェ嬢を我が家に招待するとティオル兄様達に一応報告しておいたのだけれど、なにかアクションはありましたか?」
「そうですわね、昼食のお誘いをティオル殿下から受けましたわ」
「それは行動が早いですね。ティオル兄様もぼくという想定外の登場人物が現れて焦りが出ているのかもしれません」
「想定外ですの?」
「もちろん、ぼくがベアトリーチェ嬢の婚約者候補であることはわかっていたとは思いますが、こんな風に親しくなるというのは想定外だったのでしょう」
「なるほど」
確かにティオル殿下達と知り合って間もないころのことを考えると、わたくしとジョセフ様の距離は急激に縮まっていると考えていいだろう。
もちろんそこには『誘惑のサイケデリック』について話し合うという共通認識があるためなのだが、ティオル殿下達はその事を知らないので、わたくしとジョセフ様がとても気が合う、もしくは惹かれあうものがあると見えているのかもしれない。
まぁ、そんなことはないのだけれど。
「どちらにせよ、ティオル兄様が本格的に動くのであれば、王太子選抜も早めに片付くでしょうね。ベアトリーチェ嬢を正式に迎えるには王太子になって実力を示してからの方がいいと考えているようですし」
「そうですわねぇ。けれどもわたくしはティオル殿下に想いを受け入れると申しましたのよ? とはいえ、求婚に関しては待っていただいておりますが」
「また生殺しのようなことをしますね」
「婚約成立後にヒロインがティオル殿下ルートを選んでしまっては困りますもの。わたくしはあくまでも悪役令嬢にはなりたくありませんの」
悪役令嬢にならないというのは譲れない。
この世界がどれほど『誘惑のサイケデリック』の影響を受けているのか、強制力がどのぐらいあるのかが分かっていない以上、ティオル殿下と婚約後にヒロインが現れてわたくしが悪役令嬢になるルートに入ってしまい、ティオル殿下の心変わりがある可能性だって残されている。
それでいけば義兄のルートに入られてもわたくしは悪役令嬢になるのだが、『誘惑のサイケデリック』での兄妹関係と、現状の兄妹の関係性は大きく変わっている。
もしここから強制力で仲たがいをしてしまうようなことになれば、それこそお父様とお母様がなにかしらの手を打ってくるだろう。
義兄の事は実の子供と同じく大切にしているからこそ、急激な態度や関係の変化についてはしっかりと調査をするはずだ。
ゲームの中ではもともと義兄とわたくしの仲が良くなかったので、ヒロインが義兄ルートに入って関係が悪化しても見守っていたのかもしれない。
まぁ、義兄ルートでは見守っていた結果断罪後に家にもそれなりにダメージがいくわけなのだが、そこはやはりヒーローの実家とはいえ悪役令嬢の生家でもあるのでノーダメージとはいかなかったのだろう。
ぶっちゃけ、騎士団長である義兄は既に騎士爵はあるので、実家に影響があっても独立して生活に困らない程度の稼ぎはあるのだろう。
ヒロインは伯爵家の養女になってそれなりにいい暮らしをしているはずなので、騎士爵の妻では苦労するかもしれないが、そこは愛の力とやらで乗り越えるのかもしれない。
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