55 布袋葵ー2
デビュタントする令息や令嬢にはドレスコードというものがある。
令嬢は白いドレスで刺し色も禁止。オフショルダーも禁止で通常の胸元を露出するデザインではなく胸元をしっかり隠したデザインでなければならない。
令息も白い正装で刺し色禁止。髪をオールバックにすることは禁止となっている。
このドレスコードを守っていれば、その人がデビュタントした日なのだとわかり、周囲の大人がその子にいたずらされないように見守るのが暗黙の了解となっている。
つまり、ドレスコードを守っていない場合、自己責任で周囲の人間がなにをしても文句を言えないという事になるのだ。
ドレスコードで守ってもらえるのはその日限り。
その後はどんなに社交界になれなくても周囲は守ってくれない。
わたくしのように家の人間が護衛を配置したり、家門の者を配置したりして魔の手が伸びないようにすることもあるが、それが許されるのは余程の価値を認められたものという事になる。
オープニングでのヒロインは確かに白いドレスを着ていた。
スチルでわかるのは後ろ姿だけなので、正式にドレスコードを守っているデビュタント当日の令嬢なのかはわからない。
「バスキ伯爵家については神殿か王家がそのうち対処すると思いますわ」
「そうですね。けれども夫人や嫡子の奥様が社交をほとんどしていない状況で新しい事業をするなんて、よほど自信があるのでしょうか?」
「自信があったとしてもS.ピオニーの真似事でしょう? 同じように真似をしている他の店に埋もれてしまうのでありません?」
「そうですね。新商品があるのならともかく、目新しさがなければお客はつきません」
厳しいようだが事実だ。
S.ピオニーは基本的に貴族向けの事業を展開しているが、平民向けの商品が全くないわけではない。
それでも比較的富裕層向けになっている。
貴族があまりにも平民に向けて事業を展開しすぎると、平民の商人の仕事を奪ってしまう事になるからあまり推奨されていないのだ。
「噂の喫茶店は平民街にあるのですよね?」
「そう聞きますね」
「S.ピオニーの系列店は平民街でも富裕層が住むところに展開していますが、その喫茶店はどこで開業したのですか?」
「そこまでは存じませんが、出入りの商人からもほとんど話を聞かないところをみると、あまり裕福ではない平民が住まうところに店を構えているのではないのでしょうか?」
「S.ピオニーで提供している料理の原価的にそれなりの料金になりますので、普通の平民街に店舗を構えても客入りはあまりみこめなさそうですわね」
「原価については品質を落とすことで対応している可能性がありますよ」
いままでもそういった店があり、そのたびに難癖をつけてつぶしてきた。
そもそも、S.ピオニーで取り扱っている商品の8割が国に認可を受けて販売しているものだ。
サービス内容についてはその限りではないが、登録されている商品の劣化版が正式なものだと勘違いされては困るのだ。
中には平民を差別しているという店もあったが、差別ではなく区別であり互いの生活圏を損なわないようにするためのものだと裁判で決着がついたこともある。
特に服飾関係や日用品の品質を落とされて展開されてしまうと、もともとそれを使用している側から文句が出てしまうのだ。
平民が貴族に憧れて真似をしようとするのは構わないが、そのせいで生活を脅かすようなことになっては元も子もない。
「この国は周辺国家に比べて比較的裕福ですが一部の平民を除けば、貴族とはやはり基準となる価値観が違いますもの」
「本当に……、その違いを分かっていないものほど身の程をわきまえずに真似したがりますよね」
「王都では特にその傾向が強いですね。他国にあるような貧民街こそありませんが、恵まれた環境ではない家もそれなりにあるのに」
「王都に決定的に貧困にあえいでいる国民が居ないのは何代にもわたる政治努力のおかげともいえますが、国内の各領地はその限りではありませんからね」
「領地によって差が出てしまうのはどうしようもありませんわ。その時代によっても変わってきますもの」
本当にこればかりはどうしようもない。
シャルトレッド公爵家が所有する領地でもどうしても貧富の差は生まれてしまっているのだ。
魔物の大量発生や流行り病で情勢は一気に変わってしまう。
それはいかに魔術に特化しているこの国でも他国と変わらないのが現状だ。
それでも王都は王族を中心に何代にもわたって努力した結果、なんの職にもつけない人が発生する状況は回避している。
体を壊し働けなくなってしまった王都の民や、何らかの理由で親が居なくなってしまった子供も、救済院というところで保護されるようになっている。
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