53 手毬草ー29
お茶会も終盤になって令嬢の囲いからやっと離れることが出来、周囲を見渡せば悪役令嬢になるかもしれない子たちはそれぞれ自分の担当と楽しそうに話しているのが分かった。
アーシェン様はシャルル様にべったりのようだし、ディアティア様は弟とリャンシュ様と楽しそうに話している。
エメリア殿下だってゲオルグ殿下とディバル様と何かを話しているのか、時折クスクスと笑っているようで扇子で口元を隠しているようだけれど、その扇子が揺れているので余程楽しいことがあるのかもしれない。
あのような姿を見てしまうと彼女たちが悪役令嬢になって傷ついて堕ちていくのは見ていられない気分になるが、だからといってわたくしが犠牲になろうという気はやはり起きない。
前世を含めばもういい年を通り越して隠居して達観してもおかしくない年なのだから、甘んじて悪役令嬢を引き受ければいいのにと思われるかもしれないが、いやなものは嫌なのだ。
1人で軽食コーナーに行って給仕からアイスレモンティーを貰いのどを潤しながら会場を眺めていると、やはり厳選された子息令嬢なだけあってしっかりとそれぞれ立場をわきまえた行動をしていると思える。
先ほどまでわたくしの周囲にいた令嬢たちも、今は気を利かせて少し離れたところで子息たちと楽しそうに会話をしている。
けれどもきっとわたくしが動いたり何かを要求したりするような行動をすれば、すぐにでも動けるようにこちらにアンテナを向けていることが分かる。
コクリとグラスの中の液体を飲んでさらに会場を見渡せば、ゲオルグ殿下はわかっているが、ティオル殿下やアルバート様にジョセフ様も令嬢や留学生の対応をしているのが分かった。
なんでもそつなくこなすのだと思えるほどに隙なく対応している姿は、年相応とは言いづらく、帝王学というか王族としてどれほど勉強したのだろうと感心してしまうほどだ。
負けていられないと思いながらも、心のどこかではああいった人たちがいればこの国は安泰だと、全てを任せて逃げてしまってもいいのではないかという心もある。
先ほどジョセフ様にあんなことを言ったのに、もうこんな気持ちになってしまうなんて、わたくしはいつの間にこんなに逃げ腰になっていたのだろうか。
気が付いていなかっただけで、前世でのわたくしももしかしたらこんな風に逃げ腰の性格だったのだろうか。
だから定年が過ぎても喪女で推し活に人生を捧げるようなことになっていたのかもしれない。
そう考えると、前世のわたくしの人生というのは何とも味気ないものだったように思えてくるから不思議だ。
推し活は正直今でも楽しかったと思うし、後悔と言えばせっかく買った庭付き一戸建てが無駄になってしまったことぐらいなのに、こちらの世界に転生してしばらくたっているのに、今になって前世の人生が無意味だったのではないかと思えてくるなんて、なんという事なのだろうか。
考えれば考えるほど、前世に引きずられているのかもしれないと思えてくる。
7歳の魔力測定でこの世界が『誘惑のサイケデリック』の世界だと思ったあの日から、わたくしは必死に悪役令嬢にならないように、もしなっても無事に逃げ出せることが出来るように生きてきた。
それなのに、ゲオルグ殿下からは逃げないように言われ、ジョセフ様からは前世に引きずられているのではないかと指摘されてしまった。
年下にこのようなことを言われるなんてなんと情けない事だろうか。
もっと自分の生き方を見つめなおしたほうがいいのかもしれない。
そして、わたくしに想いを寄せてくれている人たちとちゃんと向き合うべきなのかもしれない。
平等に接するという建前で逃げ続けるのも限界なのだろう。
「……そう、ですわね」
人知れずに小さくつぶやく。
もう逃げる事が限界なのなら、体の向きを変えて受け止めてみるのもいいかもしれない。
だってわたくしは心のどこかでわかっているのだ。
わたくしが何よりも気にかかっているのは、なによりもその想いを恐れ、受け止める事から逃げ続けていたのはあの人のものなのだから。
悪役令嬢になりたくない思いは変わっていない。
それでも、そのうえでもわたくしはあの人の想いを受け止めたほうがいいのかもしれない。
そう思ってじっと見つめれば、わたくしの視線に気が付いたのかこちらに視線を向けてくれたため、しっかりと視線が絡み合った。
ああ、貴方はいつもこのように熱い視線をわたくしに向けてくれていたのだろうか。
それは切なくも苦しいものではないのだろうか。
わたくしはこのような視線は知らない。わたくしにはそのような視線に応える資格はないのかもしれない。
けれども、今からでもその視線に応えることを許されるのなら、わたくしは勇気を出して貴方と向き合おう。
そう心に決めてわたくしはお茶会に最後まで参加した。
帰りの馬車の中で弟に何かあったのかと聞かれたが、今まで見ようとしていないものが見えただけだと言って笑うと、何とも言えない顔をされてしまった。
弟はわたくしとの付き合いが長い分、わたくしがどこか浮いた存在だったことに気が付いていたのかもしれない。
それはもしかしたら義兄も……。だからこそのシスコンなのだろうか? そうなのだとしたら、これからはちゃんと現実に向き合うので大丈夫だと言ってあげたい。
もう心配しなくていいのだと言い聞かせてあげたいのだが、急にそんなことを言っても信じてもらえそうにないとも思ってしまう。
仕方がない、ここは行動で示すしかないだろう。
わたくしがちゃんとあの人と向き合って恋愛をすれば、シスコンの兄弟もきっとわたくしが変わったと理解してくれるはずだ。
よろしければ、感想やブックマーク、★の評価をお願いします。m(_ _)m
こんな展開が見たい、こんなキャラが見たい、ここが気になる、表現がおかしい・誤字等々もお待ちしております。




