52 手毬草ー28
ジョセフ様の言葉に思わず表情が固まってしまう。
わたくしは過去にそんなにも引きずられているのだろうか?
生まれ変わってだいぶ踏ん切りをつけたはずだ。
それでも、ジョセフ様の目にはわたくしが過去に引きずられているように見える?
それは何と言うか……何と言うか……なんて、情けないのだろう。
十中八九わたくしよりも若いジョセフ様から指摘されるまでそれに気づけないなんて、無駄に人生経験ばかり積んでいると言っても過言ではないだろうか。
「……なんともうしますか、そのように指摘を受けてしまうなんて、わたくしってば情けないですわね」
そう言ってわたくしは空を見上げる。
白い雲が見える青い空はどこまでも高く澄んでいて、こうしてジョセフ様と秘密の話をしているのがおかしく思えてしまうぐらいだ。
「ベアトリーチェ嬢、気を悪くしたのなら謝ります」
「いいえ、謝るのはわたくしの方ですわ。わたくしはこの世界が現実だと理解しているのに、どこかで自分は世界に溶け込んでいないと考えていたのかもしれませんわ」
前世の記憶があるから、どこかこの世界の異邦人のような感覚で過ごしていたのかもしれない。
お金を貯めていたのだって、この世界で前世では叶わなかったスローライフをしたかったからかもしれない。
ああ、そう言われてみればわたくしはなんと滑稽なのだろうか。
やり直しのきかない人生だとわかっている。それでも、それでもわたくしはこの世界の遺物であるような気がしていたのかもしれない。
こういう頭でっかちなところは、前世の性格を引きずっているのだろうか。
思い込んだらなかなか軌道修正できない。柔軟な思考力は持っていたほうではあったけれども、それでも自分の中でしっかりとしたレールがあったように思う。
それが今生にもあるのだとしたら、それは間違いなくわたくしがこの世界の異邦人だと思っていたようなところだろう。
同じく前世の記憶を持っているジョセフ様だからこそ指摘出来たわたくしの欠点。
言われなければわたくしは気が付かず、悪役令嬢になることをただひたすら避けて逃げ続けていたに違いない。
そうして今生でも恋も愛も知らずに過ごしていただろう。
「感謝いたしますわ、ジョセフ様」
「ぼくは何もしていませんよ?」
「いいえ、ジョセフ様の言葉がなければわたくしはきっと今でも自分を蚊帳の外に置いていましたわ」
「シナリオの当事者になる可能性が高いのにですか?」
「ええ、それでも……当事者になっても逃げてしまえばそれで終わりだと思っていたのです。だってそのための準備はしていたのですもの」
「そうですか。なんにせよベアトリーチェ嬢のお役に立てたのならよかったです」
「ええ。……ねえ、ジョセフ様」
「なんでしょうか?」
「これからもわたくしが何か間違った方向に行きそうになった時は声をかけてくださいますか?」
「声をかけるだけでいいんですか?」
「本当なら止めて欲しいのですが、そこまで責任を押し付けるのは申し訳ないでしょう?」
「そんなことはありませんよ」
ジョセフ様はまっすぐにわたくしを見つめてくる。
「ベアトリーチェ嬢、先ほども言ったようにぼくは貴女と運命共同体なのではないかと思っています。だから、もしあなたが間違った道に進もうとしたのなら、貴女が望んでくれるのなら、何度だってどんなことをしたってぼくたちが目指すべき道に戻すよう努力します」
「ふふ、そのような事を言われてしまうとつい甘えてしまいそうですわね」
冗談めかして言うと、思いのほか真剣な視線が返ってくる。
「甘えてくださって構いません」
「何をおっしゃっていますの? わたくしってば今わかったように面倒な女ですのよ。そのようなことを冗談でもおっしゃるものではありませんわ」
「冗談じゃありません。確かにベアトリーチェ嬢と会ったのは今日で2回目で、あとは手紙のやり取りばかりですが、ぼくはベアトリーチェ嬢が好感の持てる人だと思っています」
「それは、ありがとうございます」
「だから、甘えて欲しいです。男として、……その、頼りにはならないかもしれないですけど、出来る限りのことをしたいと思っているんです」
「ジョセフ様……」
まるで告白のような言葉にほんのりと頬が熱をもってしまう。
「ありがとうございます。それでは……甘えさせていただきますわ。今後、わたくしがともに目指すべき道から外れそうなときは、叱ってくださいませね」
「はい」
ニコリと微笑み合い一つの秘密の約束をした。
「……そろそろ戻りましょうか? あまりベアトリーチェ嬢を独占していたら兄様たちに怒られてしまいそうです」
「まあ、ふふ」
笑って2人で会場になっている場所に戻る。
ジョセフ様と離れるとすぐに令嬢たちに囲まれてしまったが、綺麗な花と空を堪能できたと話せばなんだかつまらなさそうに、それでもきらきらとした目で見つめられた。
こう言った年齢の女の子にとって、いや、年齢問わず女性にとって他人の恋愛事情というものは興味の対象なのかもしれない。
特にわたくしは4人の貴公子が奪い合っているように見えるだろうから、余計にゴシップとして楽しめるのだろう。
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