48 手毬草ー24
「ともあれ、もし精霊喰いの結界を僕たちの近くで発動されてしまうと、僕たちが契約している精霊に被害が出てしまう可能性がある。実行犯が分からない以上気を付けたほうがいいだろう」
「わかりましたわ」
ティオル殿下の言葉に素直に頷く。
「さて、そろそろ他のお客の相手に戻らないといけないな。アルバート兄さんの心遣いでベアトリーチェ嬢と2人だけの時間を作れたけど、流石にホストがいつまでも会場から外れているわけにはいかないか」
「確かにそうですわね」
「ベアトリーチェ嬢がゲオルグと姿を消すし、戻ってきたと思ったらアルバート兄さんと仲良さそうに2人で話していたから気になっていた。その態度がアルバート兄さんにはわかったんだろう」
「アルバート様はよく周囲を見ていらっしゃいますわね」
「ああ、ああいう人が王になったら広い視野を持てるいい王になると思っている」
その言葉は本音のようで、アルバート様を慕っているというのがよくわかる。
「……正直、アルバート兄さんがいなかったら僕はもっと嫌な奴になっていたと思う」
「と、申しますと?」
「ベアトリーチェ嬢も知っているように僕は優秀だ。少なくとも周囲にそう言われて育ってきた。でも、周囲に褒められていい気になっていたところにいつだって壁になってくれたのがアルバート兄さんだった。もちろん、いまではたった2年とはいえ年の差があるのだからアルバート兄さんの方が何でもできて当たり前だとわかっているけど、当時の僕はそれが悔しくて」
「さようですか」
「それに、ゲオルグとジョセフがすぐ下にいた。ゲオルグは一時期自暴自棄になっていた時もあるけど、すぐに努力を欠かさない子になったし、昔から大人っぽいジョセフは油断ならない才能を秘めていた。まったくもって優秀と言われることがあれほど信じられないと思った事はないな」
いや、ジョセフ様の場合は前世知識チートがあったからどうなのだろうか。
けれども、そう言った事が重なってティオル殿下がまっすぐに育ったのなら、それはいい事なのだろう。
「アルバート兄さんもすごいけど、ジョセフも本当にすごいんだ。僕たちの中で一番年下なのに、一番大人びている。幼いころにアルバート兄さんが病気で死にかけた時だって、最も冷静だったのはジョセフだ」
「え? アルバート様にそんなことがございましたの?」
「社交デビューもしていない頃だったから、あまり人に話すようなことでもなかったから知らなくてもおかしくはないが、アルバート兄さんは高熱にうなされて全身に発疹が出るような症状だった。一週間もその状態が続いて、誰もが諦めていた時、ジョセフが治療薬を作ったんだ」
「作った、ですか?」
「ああ、毒は薬になる事もあると言って自分で毒味までしたんだ」
「そんなことが……」
「もっとも、その薬を作ってアルバート兄さんが回復してすぐに、今度はジョセフが倒れてしまった」
「まあ!」
「その時にお見舞いでジョセフの部屋に入ったんだが、正直当時の僕にはまったくわからない医学書が山のように机の上に積み重なっていて驚いたのを覚えている」
「ジョセフ様はアルバート様を救おうと努力なさいましたのね」
「そうだろうな。医師たちはジョセフが薬を発見できたのは奇跡だと言っていたし、幼い体に見合わない働きをしたせいで倒れてしまったのだろうとも言っていた。その時、年下のジョセフですら僕を越える働きをしているのだから、僕はもっと頑張らなければいけないと思った」
「素晴らしいことだと思いますわ」
「まあ、努力しすぎて嫌になる事もあったけどな」
「ふふ、正直でいらっしゃいますのね」
「情けないと思うか?」
「いいえ、ティオル殿下は自分の至らない部分を知って努力なさっているのでしょう? それに努力し続ける事が苦痛だという事も気づいていらっしゃいますわ。それはとても素晴らしいことだと思いますの」
「そうか。ベアトリーチェ嬢はそう思ってくれるのか」
「ええ」
わたくしが頷くとティオル殿下は嬉しそうに微笑んで立ち上がった。
「さて、それじゃあ本当に戻る事にしよう。ベアトリーチェ嬢はどうする?」
「わたくしも戻りますわ」
「そうか」
ティオル殿下が手を差し出したのでグラスを持っていない方の手を差し出したけれども、苦笑されてそのままグラスを取り上げられてしまった。
グラスをベンチの横にある小さなテーブルに置いたティオル殿下が改めてわたくしに手を差し出してきたので、今度こそその手にわたくしの手を重ねる。
「こうして君をいつだってエスコートできる日が来て欲しいものだ」
その言葉に応えることなくニコリと微笑み返した。
ふわりと立ち上がらせてもらい、2人で歩き出す。
人が集まる会場中央に行けば嫌でも視線が集まり、令嬢たちが「きゃぁ」っとはしゃいだ悲鳴を上げた。
「なんだか変な形に注目されてしまいましたわね」
「そうか? これもアルバート兄さんの計算のうちだと思うけどな」
「あら……」
その言葉にアルバート様を探してみれば、留学生と一緒にこちらを見ていてにっこりと微笑まれた。
確かにこれはアルバート様の計算のうちらしい。
「では、今日のお茶会を最後までぜひとも楽しんでくれ」
「はい」
わたくしの手に軽く口づけをするふりをしてからティオル殿下は離れて行った。
もちろん、口づけのふりをされた時は近くにいた令嬢だけでなく、会場のあちらこちらにいる令嬢の口から感嘆の悲鳴が上がったのは言うまでもない。
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