44 手毬草ー20
軽食コーナーに行くと目を楽しませてくれるカラフルな料理が並んでおり、どれから食べたらいいのか迷ってしまう。
けれどもまずはゲオルグ殿下がお勧めしてくれた藤の花のケーキを食べるべきだろう。
給仕にケーキを取り分けてもらうようにお願いしてお皿を受け取る。
綺麗な紫色のケーキは確かに藤の花が使われているようで、ジャムの他にも藤の花の砂糖漬けが飾られている。
フォークを入れて一口大に切って食べると、口の中でふんわりと藤の花の香りが広がり、何とも不思議な気分になるが、甘すぎることもなく、かといって物足りないという事もなく、王宮のパティシエの腕の良さがうかがえる。
S.ピオニーでも取り扱ってみようかとも考えるが、おそらく藤の花を量産する工程で採算が取れそうにないし、数量限定期間限定で販売しても本当に幻の商品になってしまいそうだ。
しっとりした生地のケーキを食べていると、切り取ってもらった分が小さめだったこともあり、あっという間になくなってしまった。
次は何を食べようかと悩んでいるとクスリという笑い声が聞こえて振り返る。
「まあ、アルバート様」
「やあベアトリーチェ嬢。おいしそうにケーキを食べている君に思わず魅入ってしまったよ」
「ふふ、お上手ですわね」
「本音だよ。散歩をしてケーキを食べたら喉が渇くんじゃないかな? アイスレモンティーでよければどうぞ」
「ありがとうございます、いただきますわ」
アルバート様からグラスを受け取って一口飲むと、爽やかなレモンとミントの味が口をさっぱりさせてくれた。
思ったよりも喉が渇いていたのか、ゴクゴクとグラスの中身を飲み干したくなる衝動を抑え、下品にならない速度でグラスの中身を飲んでいく。
「レモンティーにミントを入れるとこんなにさっぱりした味になりますのね」
「おや、ベアトリーチェ嬢はハーブティーが好きだと聞いているから、この組み合わせも知っていると思ったよ」
「そうですわね、この組み合わせは聞いたことはありますけれども飲むのは初めてです」
レモンティー、ミントティーはそれぞれ単独で飲んでいたが、今後はこのように合わせて飲むのもいいかもしれない。
「そっか、気に入ってくれたのならこちらに持って来た甲斐があったかな」
微笑むアルバート様が空になったグラスをさりげなくわたくしの手から取って、給仕に返すとちらっとわたくしの後ろに控えている令嬢たちを見た。
「君たちは何か気になるものはあるかい? さっき少し食べたけれどどれもおいしいものばかりだよ」
アルバート様の言葉に令嬢たちが視線を交わして「それなら……」と言って給仕にそれぞれ食べたいものを取り分けるように言う。
それを見てわたくしもいくつか取り分けてもらおうと順番を待っていると、くいっと腕を引かれた。
「食べたいものがあるのなら私が取り分けよう」
「まあ! アルバート様に給仕の真似事なんて、そのような事はさせられませんわ」
「気にしないでいいよ。……将来のためにこういった事にも慣れておこうと思って」
わたくしにしか聞こえないような声でそう言うと、アルバート様はにこりと笑って「注文がないなら私のおすすめにしよう」と言ってお皿に少量ずつ盛り始めた。
妙に手慣れたそのしぐさに、本格的にこの国を出る準備をしているのだと思い知らされる。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
受け取るとニコリと微笑まれ、アルバート様は自分用なのかまたお皿を手に取り少量の料理を盛り付けて行く。
「ベアトリーチェ嬢、あっちのベンチで座って食べないかい?」
「え? ええ、そうですわね」
「ご令嬢方、申し訳ないのだけれども少しの間ベアトリーチェ嬢を借りるね」
アルバート様はそう言うとわたくしと並んでベンチへ向かう。
立食形式のためこうして盛り付けられたお皿をもって移動しても違和感はないが、しっかりとテーブル席に着くような場面だったらこのようにお皿をもって移動するのは周囲から浮いてしまうだろう。
ベンチまで行くとアルバート様が手にしたお皿をベンチ横の小さなテーブルにいったん置き、ポケットからハンカチを出すと広げてベンチに敷いてくれた。
「どうぞ、お姫様」
「あら。本物の姫君であるエメリア殿下も参加なさっていますのに、そのように言われるとなんだか違和感を覚えてしまいますわね」
「細かいことは気にしないでいいんだよ。私にとってベアトリーチェ嬢はお姫様なんだから」
その言葉に苦笑しながらハンカチの上に座る。
「ゲオルグと2人でどこかにいってしまうから、正直なところティオルが随分と焦っていたみたいだ」
「まあ、そうでしたの」
「あたりまえだよね。君目当てで開催したお茶会なのに、いざとなったら招待客の対応に忙しくて弟に先を越されてしまったんだから」
「ゲオルグ殿下はそこまで考えてはいないと思いますわ」
確かにティオル殿下が先に動けないというようなことを言っていたかもしれないが、あれは純粋にホスト役の弟としてわたくしをもてなそうとしていたのではないだろうか。
「ゲオルグ殿下は純粋に―――」
「純粋ならティオルが動くのを待ったはずだよ。少なくとも私と同じように下心はあったのさ」
「アルバート様は下心をもってわたくしに接していますの?」
「まあね。私はティオル、ゲオルグと違って君に会う時間が少ない。だからこういう2人の時間を大切にしたいと思っているのさ」
「……準備は進んでいますの?」
「順調だよ」
アルバート様の言葉に苦笑しかけて止めた。
春にはこの地を去ると言っていたアルバート様なのだが、準備が順調に進んでいるという事はもっと早くに居なくなってしまうかもしれない。
それにしてもその準備はいったいいつから始めているのだろうか。
生粋の貴族であるアルバート様が1人で暮らしていけるようになるなんてよほどの努力をしなければいけないはずだし、金銭管理だって一から叩き込まなければあっという間に破産してしまう。
こうして考えてみると、やはりわたくしに会う前から王太子候補を外れる計画を練っていたのではないかと思えてならない。
「アルバート様は、本当にわたくしの隣に立てないから出ていこうと思っていますの?」
「……もちろんそれもある。うん、今となっては理由の9割がそれだ。でも君に会う前はもっと違う理由だった」
「と、申しますと?」
「私はねベアトリーチェ嬢。努力をしているティオルたちの邪魔をしたくなかったんだ」
「アルバート様……」
「こんなことを急に言われて戸惑ってしまうだろうけど、本音だよ。もちろん君の隣に僕の席がないことも本音だ。……難しいな、全部本当の事なのに、言葉にするとどうしても薄っぺらく感じてしまう」
苦笑するアルバート様の横顔を見て、わたくしは何も言うことが出来ずに、アルバート様に取り分けてもらったお皿の料理を食べるために手を動かした。
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