43 手毬草ー19
2人で桜の花を鑑賞していると、不意にゲオルグ殿下がわたくしを見つめてきた。
どうしたのかと視線を向けるとゲオルグ殿下がふわりと微笑んで桜の木を見上げる。
「桜の花言葉を知っていますか?」
「ええ、精神美、優美な女性、純潔でしたわね」
「それだけじゃありませんよ」
「え?」
「私を忘れないで。そんな花言葉もあるんです」
「それは存じ上げませんでした」
前世でもそのような花言葉があるというのは聞いたことが無かったが、わたくしが知らなかっただけで実はあったのかもしれない。
「……もしボクが他国に婿入りしたら、ベアトリーチェ嬢は桜を飾ってくれますか?」
「わたくしが飾る側なのですか?」
「ええ、だってその時のボクには桜の花を貴女に贈る権利はありませんから」
その言葉に、確かにそうかもしれないと思ってしまう。
ゲオルグ殿下が他国に婿入りするという事は王太子の選抜に敗れ、なおかつ国内に留まる資格はないと判断されたという事だ。
その状態でわたくしに花を贈るという事は、その時点で恐らくついているであろう監視にわたくしとの仲を疑われてしまうだろうし、婿入り先の相手にも不信感を抱かせてしまうだろう。
婿入りは同盟を強めるという意味もあるため、出来るだけ円満に夫婦生活を送る必要がある。
そのために生涯仮面を被る夫婦だって珍しくはないのだ。
「……もし……もし王太子になれなかったら、その時はベアトリーチェ嬢にブローチを贈らせてください」
「それは、桜をモチーフにしたものでしょうか?」
「ええ、ベアトリーチェ嬢が知らなかったのなら、ボクの真意に気づく人も少ないでしょうから」
「そうですわね……そのような時はありがたく受け取らせていただきますわ」
その時風が強く吹き、ゲオルグ殿下の手から桜の花びらが飛んで行ってしまう。
目で追っていけば花びらは空高く舞い上がって他の花びらと一緒になってしまった。
「花びらに嫉妬してしまいそうです」
「え?」
「この手から離れて行ってしまっても、そうやってベアトリーチェ嬢に探してもらえますから。ボクにはそれはきっと難しい」
そう言って切なそうに笑うゲオルグ殿下が印象的に目に焼き付いたけれども、今のわたくしには何もできない。
わたくしの目標は悪役令嬢にならずに生き抜くことなのだから、そのために利用できるものはなんだって利用して見せるけれども、この胸に罪悪感がないわけではないのだ。
「確かに、この国を旅立ってしまうのでしたらわたくしはその背を追うことは出来ないと思いますわ」
「ええ」
「けれどもだからこそ、今を楽しみたいと思っておりますの」
「……楽しむと言っても、それはきっとボクが望むようなものではありませんね」
「何をお望みでして?」
「ボクはひと時でも貴女を手に入れたいと思ってしまうのですよ」
「それは難しいですわね。だって、わたくしは自由でありながらも不自由なのですもの」
「知っています。ベアトリーチェ嬢は誰のものでもないからこそ今があるのですから」
そう言うとゲオルグ殿下はどこか諦めたような顔をした後にニコリと微笑む。
「あまり会場から離れているのもよくありませんね。そろそろ戻りましょうか」
「そうですわね」
連れだってゆっくりと歩いて会場に戻る。
するとすぐさま先ほどまで一緒だった令嬢たちがわたくしとゲオルグ殿下を発見して近づいてくる。
「まあベアトリーチェ様、ゲオルグ殿下。お散歩は終わりましたか?」
「ええ、ボクとの散歩は終わりましたよ。兄様たちがベアトリーチェ嬢を散歩に誘うかもしれませんけど、その時は暖かく見送ってもらえますか?」
「もちろんです」
ニコリと笑って答える令嬢たち。本当に予想を裏切らないようだ。
王太子が決まっていない以上、彼女たちはある意味平等に王太子候補を見ている。
ティオル殿下とわたくしが結ばれて王太子夫妻になるべきだと思っていても、他の可能性を全て無視してしまうような愚かな真似はしないのだ。
ただ、咄嗟に行動できるかは別のようだが、とにかく落ち着いて行動すれば間違った選択肢はそうそう取らないだろう。
「じゃあベアトリーチェ嬢、さっき話した藤の花を使ったジャムのケーキ。是非食べてみてくださいね」
「ええ、そうしますわ」
ゲオルグ殿下はそう言って離れると、離れた先ですぐに令嬢たちに囲まれてしまった。
どうやらわたくしの近くにいるときは邪魔しないようにと気を使われていたらしい。
「ベアトリーチェ様、藤の花のケーキとはなんですか?」
「それが、今日のお茶会用に特別に藤の花のジャムを作ったそうなんですの。それを使用したケーキがあるとゲオルグ殿下がおっしゃっていましたわ」
「まあ! それは純粋に藤の花だけを使ったジャムですの?」
「きっとそうだと思いますわ。珍しいとおっしゃっていましたから」
「素敵ですね。リンゴを使った藤ジャムはありますけれども、純粋に藤の花だけを使ったジャムだなんてなんて贅沢なのでしょう」
「ふふ、それでは噂のケーキを拝見しに行きましょうか?」
「ぜひそういたしましょう。楽しみですね、ベアトリーチェ様」
「そうですわね。せっかくティオル殿下がご用意してくださったのですから楽しんで食べさせていただきましょう」
「まあ、なんだか食いしん坊の発言に聞こえてしまいますわ」
そんな会話をして、クスクスと笑いながらわたくしたちは集団で軽食コーナーに移動した。
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