30 手毬草ー6
「次はお前の番だ、ゲオルグ」
「はいアルバート兄さん。ではお手をどうぞ、ベアトリーチェ嬢」
次の曲が始まる前にゲオルグ殿下が近づいてきてわたくしの手を取る。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」
曲が流れ始め足を動かす。
「ベアトリーチェ嬢とアルバート兄さんは仲がいいんですね」
「そう見えましたの?」
「とっても」
「アルバート様はわたくしとジョセフ様が仲がよさそうに見えたとおっしゃっていましたわ」
「もちろん、ジョセフとも仲がよさそうに見えましたよ。でもアルバート兄さんとはまるで恋人同士が語らっているように見えました」
「そうでしょうか?」
確かに、あのような視線で周囲に聞こえないほど接近して話していたのだからしかたがないだろう。
けれども実際は聞こえていれば苦しく切ない内容の話になってしまっていた。
ジョセフ様とが未来に希望を見出す話なのであれば、アルバート様との話は未来から逃亡する話。
残酷な未来から逃亡すると言っていたけれども、わたくしを連れて逃げようとは思ってくれない残酷な話。
「だってアルバート兄さんは熱心にベアトリーチェ嬢を見つめていたし、貴女もそれに視線を返していましたよね。ダンスの距離だとしてもあんなに近づかなくていいんじゃないかって兄様も言っていましたよ。ジョセフの時も言っていましたけどね」
「そうですの? 気にしすぎだと思いますわ。ダンス中はどうしたって距離は近づいてしまいますもの」
「ボクたちはベアトリーチェ嬢に選ばれる側ですから、必死にアピールしなければいけないと思い知りますね」
「まあ、恐れ多いことですわね」
「事実ですよ。普通だったら社交界デビューをしない限り家から出ずに顔見知りも出来ない親戚付き合いですが、ボクたちは王太子候補ということで子供のころから顔を合わせていました」
「親戚でしたらそれは不思議ではありませんわね」
いくら社交界に顔を出さなくても、親族付き合いで子供同士が顔を合わせることはある。
高位貴族なら、社交デビューの予行演習という事で親族を利用して子供に経験を積ませるのだ。
わたくしだって親族の集まりには何度か顔を出したことがあるし、分家の子供と遊んだこともある。
ただしそれはあくまでも非公式なものであって、子供同士の正式な顔合わせはしていないという暗黙の了解がある。
「そのせいなのか、幼いころから張り合う事が多くて……もっとも、情けないことにボクは兄様に勝てたことはないんですけどね。兄様は本当にすごいですから」
「ゲオルグ殿下はティオル殿下と比べられることが苦痛なのでしょうか?」
「苦痛じゃないと言えば嘘になりますが、諦めたわけじゃありませんよ」
「それはよい考えだと思いますわ。いまだに王太子は決まっていないのですから、ゲオルグ殿下にチャンスがないわけではありませんのよ」
「見込みの少ないチャンスですけどね」
そう言って微笑むゲオルグ殿下になんと声をかければいいのだろうか。
『誘惑のサイケデリック』では兄と比べられ孤独に苛まれていた。今もそうなのだろうか?
心無い王宮雀たちは、全てを持つティオル殿下、持てないゲオルグ殿下と噂する。
それはわたくしのところにも届くほどなのだから、王宮に住んでいるゲオルグ殿下の耳に入っていないわけがない。
「それでもベアトリーチェ嬢、ボクは逃げるような真似はしたくありません」
「そうですの」
「陛下にも王太子に選ばれなくとも出来れば国外に出たくはないと伝えています」
アルバート様とは異なった未来を選ぶ、それがゲオルグ殿下の強さでもあるのだろう。
「ただ、場合によってはどうしても国外に出る必要もあるでしょうね。国内に残す血は必要ですが、必要以上に残すのは争いの種になりますから」
「あまり物分かりが良すぎるのも問題だと思いますわ」
「平和主義なんですよ。ボクは兄様がどれほど王太子にふさわしいかも知っていますよ。そして影でどれだけ努力しているかも知っています。王太子候補の中で最も有力なのは兄様に間違いありませんね」
「王太子になろうとは思いませんの?」
「努力はしています。こうして情に訴えかけてベアトリーチェ嬢の気を引こうとも考えています」
「抜け目ありませんわね」
「言ったでしょう? 努力はしているんですよ」
あどけない笑みを浮かべて言うゲオルグ殿下に裏はなさそうに見える。
本当に努力しているのだろう。常に兄と比べられ、持てない者の方だと言われ続けて育った。
そのせいで無気力になってしまい、争いごとからは出来るだけ離れて過ごしていた。
それがヒロインと出会い変化する。無気力から努力する方向へ、避けていた争いごとを避けなくなっていく。
結果待っていたのが兄弟で王太子の座を争うものでも、ゲオルグ殿下は諦めなかった。そして陛下に努力する姿を認められて王太子に選ばれる。
ハッピーエンドでもバッドエンドでもヒロインが正妃になることはないが、ハッピーエンドなら側妃として寵愛され、バッドエンドなら愛妾として傍に置かれる。
PCゲーム版かアプリゲーム版で内容は変わってくるが、概ねのところゲオルグ殿下ルートでのヒロインの立ち位置は変わらない。
「先のことはだれにもわかりませんわ。自分の未来ですら、わからないのですもの」
「そうですね、報われない努力でも……培ったものは裏切らないと思っていますよ」
そう言って笑ったゲオルグ殿下の笑顔はとても眩しい。
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