29 手毬草ー5
簡易登場人物紹介
◆ジョセフ=ケイランゼ=アルセイド
公爵家次男(15)(未入学):悪役令嬢の味方側(アドバイス程度)
一人称:ぼく。金色の髪に銀色の瞳。
ベアトリーチェの婚約者候補。
「ベアトリーチェ嬢」
「ジョセフ様、本日はおめでとうございます」
「ありがとう。ぼくに貴女とファーストダンスを踊る権利を与えてもらえますか?」
「ええ、喜んで」
近づいてきたジョセフ様の差し出された手に自分の手を重ね、会場の中央に向かう。
流れ出す音楽に乗ってステップを踏み始めた。
ジョセフ様はリードがうまい。
音楽に合わせてファーストダンスを踊るのに何の苦もない。
「初めまして。今日貴女に会えることを楽しみにしていました」
「それは嬉しいですわね」
「ベアトリーチェ嬢はぼくたちの婚約者候補だけれども、それはぼくたちが貴女に選ばれる立場だという事はわかっています。それも、ほぼティオル兄君に確定してしまっている見込みの少ないという事も理解していますよ」
「わたくしがティオル殿下の婚約者になるとは限りませんわ」
「そうですね。だから言いましたよね、ほぼ確定だと。未来は誰にもわからない、全ては運命の女神の御心のままに……、時が満ちるまでわかりません」
その言葉にもしかしてと感じる。
「…………ジョセフ様はその女神はバラ色の髪の毛を持っていると思いますか?」
「っ……ええ、そしてぼくはその女神が悪しき者であるとも思っています」
ああ、やはりそうなのか。ジョセフ様はヒロインの事を知っている。
「わたくしは時に女神は哀れだと思っておりますのよ」
「数ある未来の中でそのような時もあるでしょう。けれどもだからと言って女神が善き者であることと同じではありません」
「そうですわね。だから貴方は堕ちる者に助言をなさいますの?」
「それが運命だというのならそうしましょう。けれどもぼくの知っている今は違うものになりつつあります」
「川の流れは時に変わるものですわ」
「そうですね。川に投げられた石が大きければ大きいほどその流れは変わるのでしょう。知った時にはもう知らない流れが出来ていました。ベアトリーチェ嬢はどうですか?」
「わたくしが知った時、わたくしは既に流れを変えていたかもしれませんわ」
「ああ、やはり貴女が流れを変えた石なのですね」
「きっとそうですわね。けれども貴方も川の流れを変える石になれますわ。それで、変わってしまった川の流れの中でどう動くおつもりでして?」
わたくしの問いかけにジョセフ様は微笑む。
「ぼくは守りたいです」
「誰を?」
「堕ちるかもしれない天使たちです」
「それではジョセフ様はどこまでも天使たちに味方をしてくださいますの?」
「ええ、川の流れは変わっている。それならどこまで変えられるのか未来を見てみたいと思います」
「……手紙を書きますわ」
「ぼくも書きます」
そこで一曲目が終わりをつげ、拍手がわたくしたちに送られた。
主役がファーストダンスを終えたことで会場にいる誰もがダンスを踊れるようになる。
名残惜しそうにジョセフ様がわたくしから体を離すと、代わりにアルバート様がわたくしの手を取る。
「次は私の相手をしてくれるね」
「はい、アルバート様」
2曲目が流れ踊り始める。
「ジョセフと随分楽しそうに話していたようだけど、なにを?」
「秘密です……と言いたいですが、川の流れと女神の話をしておりましたのよ」
「暗喩かい? それともそのままの意味かい?」
「どうでしょう? それは秘密ですわ」
「なかなかに意地悪な事を言うね」
そう言ってアルバート様はクルンとわたくしを回す。
「ジョセフはベアトリーチェ嬢から見てどうかな?」
「素敵な方だと思いますわ」
「私よりも?」
「まあ、それこそ意地悪な事をおっしゃいますのね」
「情けないことにジョセフに少し嫉妬してしまったからね」
「そのお言葉には一応お礼を言っておきますわ」
わたくしの言葉にアルバート様はまたわたくしをクルリと回す。
「どうあっても気になってしまうんだ。ジョセフはベアトリーチェ嬢を気にかけていたから」
「婚約者候補ですもの、それは仕方がありませんわ」
「私にはそれ以外の理由もあるように感じるよ。一度だけ、君が商会を興しているなんて知らないと驚いていたのを覚えているんだ。それまでそんなこと言ったことなんてなかったのに」
「知らない? それはいつのことでして?」
「7歳の魔力測定からしばらくたってからだったよ」
7歳の魔力測定でこの世界が『誘惑のサイケデリック』である、もしくはとても良く似ていると気が付いたのかもしれない。
「それ以外に変わったことはありまして?」
「大人っぽい子ではあったけど、他に変わったことはないかな」
「さようでございますか」
「ジョセフは頭がいい」
「以前もおっしゃっておりましたわね」
「うまく立ち回り、きっとベアトリーチェ嬢の役に立ってくれるだろう。そうなれば君もジョセフを傍に置きたいと思うようになるはずだ」
グイっと引き寄せられ2人同時にクルリと回る。
「嫉妬してしまっても仕方がないと思わないかい?」
絡み合った視線は熱く、逃がさないと語るようにわたくしを見つめてくる。
「ジョセフならベアトリーチェ嬢の傍にいることが出来ると思えるのに、私自身はきっとそうじゃないとわかってしまう」
「先のことはだれにもわかりませんわ」
「わかるさ。私がベアトリーチェ嬢の傍にいることが出来るのは、王太子になる時だけだ」
「その座を求めますの?」
「ジョセフもだけど、ティオルやゲオルグを押しのけてまで手を伸ばしたいとは思わないさ」
「陛下にその事は……」
「すでに伝えているよ。ただ、私がいまだに候補にいるのは目くらましなんだよ」
何からの、とは聞けない。
きっとこの言葉にはいろいろな意味が含まれている。
『誘惑のサイケデリック』にアルバート様は出てこない。どのエンドでもアルセイド公爵家のその後について描かれてはいない。
そしてジョセフ様はヒロインにこう名乗る。「アルセイド公爵家嫡子、ジョセフ=ケイランゼ=アルセイドです」と。
今までそれはアルバート様が王太子になる可能性がある以上、仕方がないことだと思っていたけれども、きっとこの人はいなくなってしまうのだろう。
ああ、そういえば『誘惑のサイケデリック』に王太子候補の人数まで明記されていなかった。
「いつですの?」
「春を迎える前には……」
「戻ってくる気はありますの?」
「残酷な未来から逃げ出す臆病者なのさ」
「先のことは――」
「誰にもわからない。それでも――――ベアトリーチェ嬢の隣に私の居場所はないだろう?」
苦しそうに吐き出された言葉に眉を寄せそうになったところで抱き寄せられクルリと回り、耳元で囁かれる。
「これから先も、ずっとずっと……何があっても愛しているよ。思い出は永遠だからね」
ああ、なんて苦しく愛を語るのだろう。
けれども運命がどれほど無情かをわたくしは知っている。
「先のことは、誰にもわかりませんわ」
だって、思い出が苦しくなることもわたくしは知っているのだ。
思い出は、時にその形を変えてしまう事だってあるのだと、わたくしは嫌というほどに知っている。
それはあまりにも冷酷で、憎しみすらその思い出に抱くようになることだってある。
もしアルバート様の中にある思い出が美しいままならいいが、それが歪んでしまった時に苦しまないだろうか。
微笑みを浮かべたまま話し、ダンスを踊るわたくし達がこんな会話をしているとは誰も思わない。
周囲には聞こえないほどの小声でくっついて話しているのだ。いっそ恋人なのかと思えるほどの親密さに見えるだろう。
そのまま曲が終わり、きゅっと手を強く握られた後に優しく離された。
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