21 薫衣草ー5
翌朝、わたくしが朝食を食べに行くと既にお父様と叔父様は王宮に出かけてしまったと言われた。
「随分お早いご出立ですわね」
「お二人とも朝議に出るために日が昇るころにご出立なさいました」
陛下は稀に親友であるお父様に朝議に参加して欲しいと依頼することがある。しかしこの時期に依頼するのは珍しい。
年始年末、年度開始年度末ならわかるのだけれども、10月のこの時期にとは何かあったのだろうか。
精霊の情報では作物の収穫が落ち込んだ地域が発生したという事もないし、災害が出たという地域もない。
だからと言って周辺国ともめごとも起こっている気配はないし、本当にどうしたと言うのだろうか。
叔父が朝議に参加するのは魔術師団総帥として仕方がないのはわかるのだが、なぜお父様まで呼び出されているのだろう。
この時期にお父様を必要とする課題が起きるなんて、もしかして初めての事では?
そんなことを考えながら朝食を食べていると、お母様が今日はマダム・スカーレットとお針子が来るので、後ほどサロンに顔を出すようにと言ってきた。
なるほど、以前依頼したドレスの仮縫いが出来たのだろう。
ジョセフ様の成人祝いの舞踏会も近くなってきているし、お祝いの品をそろそろ用意しておいた方がいいかもしれない。
……お祝いの品か、難しいな。ゲオルグ殿下の時も散々悩んだ末にカフスにしたんだから、ジョセフ様もカフスでいいような気がする。
『誘惑のサイケデリック』のビジュアルは知っているけど、実際に会ったことがないから装飾品はどんなものがいいのか微妙だけど、カフスならいくらあっても邪魔にならないだろうし、無難なデザインを選んでおけばいいだろう。
「お兄様とグレビールの服は新調しませんの?」
「するけれども、マダム・スカーレットは基本的に女性用専門でしょう? 男性用だから別のデザイナーに依頼していますのよ」
「なるほど」
それはそうか。夫婦や婚約者、恋人同士であえて揃える以外は、基本的に男女別々のデザイナーに依頼する。
となると、義兄と弟はまた別の日に仮縫いがあるのだろう。いや、義兄の正装は騎士服なのでそれで出席する可能性もあるのか。
でも叔父は魔術師団総帥の正装で夜会に出ることはほとんどないから、どっちなのだろうか?
いや、今しがたお母様が2人分依頼しているようなことを言っていたから、今回はお兄様も騎士服ではなく正装か。
「わたしは新調しなくてもいいと言ったのだけど、お義母様がついでにと言ってね」
「ジェフリーは物欲がなさすぎですわ。それに今回はシャルドレッド公爵家全員で行くのですから、1人で騎士服などという事は認められません」
「わかっていますよ。何度も言われましたからね」
義兄はどうやらお母様に言い込められてしまったらしい。
確かに一家で行くのに1人だけ騎士服なのは浮いてしまい、家族の不仲を疑われてしまうかもしれない。
そうならないためには義兄の服も新調する必要があると言われたのだろう。
まあ、そう言わない限り服を新調するなんて義兄はなかなかしないだろうから仕方がない。
いつだったか、いずれこの家を出ていくのだから荷物は少ないほうがいいなんて言っているのを聞いたことがある。
あの時は無性に悲しくなってしまい、すぐさまお母様に泣きついて義兄の服をこれでもかというほど新調したのだったか。
着られない服がもったいないと言われ、やっと前世のもったいない精神が復活して新調するのを止めたんだけど、成長期が終わったとはいえあの時点でかなりの数を作ってしまった。
義兄はしばらく服は新調しないときっぱり宣言してしまうしで、あの時は何ともかみ合わなかったな。
でも今回は流石に新調するのか。
うーん、たぶん家族で揃えるのであればわたくしの指定したデザイン画を基準にするだろうから、わたくしの方は手直しは必要ないだろう。
あのデザイン画の特徴からして、共布を使うというのはなさそうだからモチーフの牡丹を服のどこかに取り入れる方向になる可能性が高そうだ。
家の紋章にも牡丹が取り入れられているし、ちょうどいいかもしれない。
「お母様のドレスはどうなっていますの?」
「わたくしのはマダム・スカーレットに既に依頼しておりますわ。ベアトリーチェのデザインに合わせていますので心配はいりませんわ」
「わかりましたわ」
「久しぶりの家族総出の夜会なのです。シャルドレッド公爵家の仲の良さを見せつけるいい機会ですわ」
張り切っているな、お母様。
確かに家族揃って夜会に出ると言うのは、弟のデビュタント以降で考えれば我が家が主催するものか王家主催の物ぐらいだ。
もっとも今回もある意味王族主催のものなので似たようなものなのかもしれない。
他の公爵家が主催する社交行事でも、一家揃ってとお誘いを受けることはないからな。
両親だけとかの時も多いし、お茶会はわたくしとお母様だけの時が多いし、狩猟会はお父様と義兄だけの時が多い。
そう考えるとデビュタントしてまだそんなに経っていない弟は単独で社交行事に参加する機会はあまりないので、今後もっと顔を売る機会を作っていかなければいけないとも思う。
なんと言っても弟はゲオルグ殿下が王太子になった際の側近候補なのだし、現時点で妙に気が合って親友と言える仲になれるかもしれないと聞いている。
まあ、ゲオルグ殿下が王太子になれずに国外に出てしまった場合、ちょっと寂しいことになってしまうがそれもまた運命というものなのかもしれない。
でもゲオルグ殿下はティオル殿下と同じで誰が王太子になってもこのルーンセイに残る気がする。
ゲオルグ殿下のルート以外では王太子はティオル殿下に決定する。
ちなみに明示されていなかったが、ゲオルグ殿下が王太子になった際の正式な婚約者はヒロインのセリフからわたくしだと推測されている。
……ゲーム通りなら一部のエンド以外、わたくしは王太子の婚約者の道が確定していると言ってもいいのかもしれない。
面倒そうなので嫌だが、悪役令嬢になるのも嫌だ。悪役令嬢になるのだけは本当に嫌だ。
こちとら運命がかかっているんだぞ(18禁的な意味で)。
「心無い家は、我が家の家族関係を邪推していますもの。公の機会に何度でも仲が良いとアピールすべきですわ」
「それには賛成ですわ、お母様」
その心無い家の大半が我が家門の分家というのが情けないところだ。
義兄が分家から養子に貰われたときはちやほやしていたそうだが、わたくしや弟が生まれたとたんに手のひらを返して、養子はしょせん養子と蔑み始めたのだから救いようがない。
自分が養子に選ばれなかったことを恨んでいる者もいるため、義兄の同年代は余計にあたりが強かったりもする。
それを気にするとも思いたくないが、PCゲーム版でもアプリゲーム版でもそういった心無い人間のせいで義兄とわたくしの仲がこじれてしまい、わたくしにとってよくないエンディングが待っていることになる。
「家族とは慈しみ合って大事にしあわなければいけませんもの。他の家に我が家がどれだけ仲睦まじいか見せつけるべきですわ」
「よく言いましたわ、ベアトリーチェ」
大いに私情を入れてお母様に言うと、お母様はうんうんと頷きジロリと義兄と弟を見る。
「わかりましたわね。2人も外で我が家の中の事、家族の扱いについて何を言われても鼻で笑って、他人の家の事情を気にする前に己を顧みるべきだと言っておやりなさいまし」
「「はい」」
これには義兄も弟も苦笑するしかないようだ。
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