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痛みの音色  作者: 蛇口
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act.2

8


 八卦炉、というものを知識として知る人材、いや、より適格に、その機構をこの幻想郷において知り尽くしている人物を挙げるとするならば、森近霖之助より右に出る者はいないだろう。

 八卦炉というものの存在自体、知りもしない種族が大多数を占めるこの幻想郷で、その造りを理解し、分解し、再構成するなんて無茶なことを行うのもまた、彼のような変わり者――変わり者だらけの幻想郷ではあるが、そんな特殊なことに手を出し、なおかつ成功させるなどという偉業ともいえる所業を為し得たのもまた、彼しかいないだろう。


 そもそも八卦炉、とは。

 かつて外側の世界において道教と呼ばれる宗教の神が使用していた道具の一つ。仙丹、と称される不老不死の薬を煉るのに使用する炉、つまりは加熱及び融解させるための高火力装置の呼び名。

 「八卦」と呼ばれている、古代中国の易における8つの基本図像――「乾・坎・艮・震・巽・離・坤・兌」をあらわし、八卦炉の内部もこの8つの方向に分かれる構造として作られているらしい。

 

 それを技術を生かし、作られた物が――ミニ八卦炉。

 製作者は森近霖之助。

 所有者は霧雨魔理沙。

 彼女の性質に最も近い器具。

 彼女の本質を最も知る宝物。

 かつて彼女が言っていた、こいつが私のすべてで、こいつがなければ私は私としてここにいなかった、と。

 それがどういった過去を歩んでいたのか。

 どのような覚悟を、つけさせたのか。

 私は知らない。

 知らないが、知らないなりに知っていることが一つある。

 ミニ八卦炉。

 霧雨魔理沙という少女の支えとなっていて。

 彼女の大本命の、武器である、と。



「アリス、使わせてもらうぜ! こいつをな!」

「……!」

「こいつのことは知っているだろ? 一撃で決めさせてもらうぜ!」

「そんな暇を与えると思っているのかしら!?」

「……っ! あぶなっ!」


 箒に跨り、魔理沙がミニ八卦炉を構える仕草をするが、やらせるわけにはいかない。私は指先で命じる。

 人形たちというひとつひとうの楽器をまとめる指揮者のように。

 戦いという旋律を、乱させるわけにはいかない。

 上下からの間を置かない攻撃の数々。

 停止することをしらないマグロみたいに、魔理沙は空を泳ぎ続ける。

 止まってしまうと命を絶たれる。

 そこに両者の違いは、ないのかもしれなかった。



「く、くそっ」


 苦し紛れに放射する一撃。

 魔理沙の両手から、青色のレーザーを放ち、上海型人形たちを威嚇する。

 しかし、意味をなさない。

 平行線上にしか攻撃を繰り出せない彼女と違い、人形たちは制空権を完全に支配し、縦横無尽に飛び踊り、彼女を翻弄し続けていた。

 どこからどう見ても有利的状況。

 魔理沙はそろそろ厳しい、という判断に追い込まれるだろう。

 大きな一撃を放つのも、時間の問題、と言ったところか。


「これでっ、どうだ!?」


 蒼痕で象られた魔法陣の展開。

 今まで単純に放ってきたものとは異なり、今日初となる魔法陣の展開。

 先ほどと同系統の色が、周囲に射出してから、収束する。

 この様式は、一点突破型の魔力射出。

 広範囲に渡る対多人数ではなく、その全威力と速度を一点に集め、射撃するものだ。

 とにかく、速くそして鋭い。



「いけぇ!」

「上海っ!!」



 今度は遅れないよう、即座の指示。

 着弾するよりも早く、出弾するその刹那を狙う。

 重々しく鈍く輝く銀色の槍で、その間際に突撃する上海人形。



「うおっ、マジかよ……」

「残念ね、なかなか面白かったわよ」


 決して褒めるわけでも、貶すわけでもなく冷淡に淡々と。

 そう、結果だけを告げる。



「魔力を消す槍……? まだあったのか!」

「念のために予備を作っておいてよかったわ。じゃなきゃ、今頃風穴空いていたわ」

「アリス……、眼が……?」

「ええ、言ったでしょう?殺す、と」

「真紅の瞳を持つ人形遣い。アリス・マーガトロイド」


 魔理沙は目を見開いて思い出すかのように、口にした。

 決して開けてはいけない箱を開けてしまったかのように。

 まるで幽霊を見た子供のように。

 まるで。

 妖怪に。

 遭遇した、かのように。


「……本領発揮、というわけか。いいぜ、いっちょ激しく殺し合い(だんまく)しようぜ!」 

「ええ、受けてあげるわ。貴方の最高の一撃を!」



「一撃、滅殺」

「魔法陣、展開」



 ミニ八卦炉を構える白黒少女――普通以上の努力をする、普通の魔法使い。

 その銃口は迷うことなく突き刺さる。

 対して私は紅朱の魔法陣を多数展開させ、それを迎撃する体制に入る。

 いくら上海たちに持たせた槍でさえ、さすがに限度、というものがある。

 彼女の最高火力・最大出力を誇るミニ八卦炉ほどのものを消すことはおろか、私が初めに用いた防御陣で弾くことさえ困難を強いられるのは明白。

 ならば。

 こちらも最大の威力で対抗するだけだ。





 空気が止まる。

 一瞬で決着がつく。

 勝ちを得るのは、どちらか。

 それはもう、運命を操るものにさえ、わからないのだろう。

 

 来るっ!!!















































「あら、随分と楽しそうねえ。私も混ぜてもらっていいかしら?」


 

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