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痛みの音色  作者: 蛇口
13/21

act.3


 4

 

「霊夢……?」

 自身の主力火砲であるミニ八卦炉を無意識に下げ、霧雨魔理沙は問いかける。

 それは巫女の無事を心配するがゆえの問いかけではなかった。

 突如として君臨した黒服の巫女――博麗霊夢にそっくりなその存在に対する疑問。

 混乱と動揺が鳴りやまぬ魔理沙の本心から来る、問い、だったのかもしれない。


「ええ、そうよ。魔理沙ったら私を忘れてしまったのかしら?」


 いつもの霊夢と同じ口調で、同じように答えに応じる。

 確かに、霊夢のように感じる。

 感じるのだが――。

 何故か違和感が拭いきれない。

 心の底から霊夢の無事を喜べない。

 それがなんなのか、どうしてそんな風に感じてしまうのか、魔理沙には理解できない。

 でも。

 目の前の存在は確かに、いつも通りの巫女である。

 博麗の巫女・博麗霊夢、そのものなのだ。


「なんだ、無事だったのか。安心し――」

「魔理沙、下がりなさい」

 

 張りつめた声色。

 武器を下げた霧雨魔理沙とは違い、アリス・マーガトロイドはその戦意を継続させたままだった。

 頬を吊り上げたまま。

 油断することを許さない、その視線の先に敵意を放ったままで。



「お、おい、アリス? あれは霊夢だぜ? どういうつもりだ?」

「どういうつもり――その言葉、そのままお返しするわ魔理沙。貴方には、あれが霊夢に見えるのかしら」



 アリスの視線は依然、霊夢と思しき人物に向けられたまま。

 その言動を、一挙手一動、眉一つ動かすことさえ見逃さないと言わんばかりの鋭い眼光。

 その視線につられて、再度霊夢を観測する。

 霧雨魔理沙がそう認識してしまうのも仕方がない。

 どこからどう見たって、一片の狂いもなく、一瞬の隙もないほどの威圧感。

 博麗、霊夢。

 彼女以外には見えやしないだろう。

 私にさえも、そう見える。

 見えるのだが――違う。

 何かが違い、それは決定的に間違っている。

 

「……」


『彼女』は何も語らない。

 魔理沙が狼狽えているその様を愉しむかのように、不敵な笑みを浮かべたまま。

 浮かべたまま――見下ろしている。

 圧倒的優位のまま。

 無様にもがき、足掻き、苦しみ続ける虫でも見つけたかのような視線で。

 

「で、でも、どこからどう見ても霊夢だぜ」

「目を覚ましなさい、霧雨魔理沙。貴方の親友は、あんな風に人を見下す人間じゃないでしょう!」



 普通の魔法使いは認識する。

 その対象を。

 かの人物を。

 世界呑み込まんとするほど大きすぎる紅月、その中心にいる『彼女』を。

 黒く染まり切った、親友を。

 敵対する、相手として。

 敵意を向ける、存在として――――認識する。



「もう、大丈夫だ」

「……魔理沙」

「アリス、一旦休戦だ」

「ええ、そのつもりよ」

「霊夢を――霊夢に成りすました奴から仕留める、まずはそれからだ」



 二人分の視線を堂々と受け、堂々とその視線に拮抗する『彼女』。

 不敵に浮かべたままの口角が、さらに上がる。

 待ってましたと歓迎するかのように、にやりと笑う。

 素敵で不敵で無敵なその姿を。

 私は反射的にカメラで捉えた。

 この時の私は気付かない。

 確認さえしなかった。

 常にカメラを持ち歩くが故の失態、無意識的に意識を切り離してしまったとでもいうべきか。

 写真をとるという日常行為であったが故に、確認を怠ってしまった。

『彼女』は。

 禍々しい姿形をした博麗霊夢は。

 写真に写っていなかったことを。



「そうこなくっちゃね」



 嬉しそうな偽巫女の高笑いが、真っ赤に染まる満月の元、木霊し続けた。

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