act.3
4
「霊夢……?」
自身の主力火砲であるミニ八卦炉を無意識に下げ、霧雨魔理沙は問いかける。
それは巫女の無事を心配するがゆえの問いかけではなかった。
突如として君臨した黒服の巫女――博麗霊夢にそっくりなその存在に対する疑問。
混乱と動揺が鳴りやまぬ魔理沙の本心から来る、問い、だったのかもしれない。
「ええ、そうよ。魔理沙ったら私を忘れてしまったのかしら?」
いつもの霊夢と同じ口調で、同じように答えに応じる。
確かに、霊夢のように感じる。
感じるのだが――。
何故か違和感が拭いきれない。
心の底から霊夢の無事を喜べない。
それがなんなのか、どうしてそんな風に感じてしまうのか、魔理沙には理解できない。
でも。
目の前の存在は確かに、いつも通りの巫女である。
博麗の巫女・博麗霊夢、そのものなのだ。
「なんだ、無事だったのか。安心し――」
「魔理沙、下がりなさい」
張りつめた声色。
武器を下げた霧雨魔理沙とは違い、アリス・マーガトロイドはその戦意を継続させたままだった。
頬を吊り上げたまま。
油断することを許さない、その視線の先に敵意を放ったままで。
「お、おい、アリス? あれは霊夢だぜ? どういうつもりだ?」
「どういうつもり――その言葉、そのままお返しするわ魔理沙。貴方には、あれが霊夢に見えるのかしら」
アリスの視線は依然、霊夢と思しき人物に向けられたまま。
その言動を、一挙手一動、眉一つ動かすことさえ見逃さないと言わんばかりの鋭い眼光。
その視線につられて、再度霊夢を観測する。
霧雨魔理沙がそう認識してしまうのも仕方がない。
どこからどう見たって、一片の狂いもなく、一瞬の隙もないほどの威圧感。
博麗、霊夢。
彼女以外には見えやしないだろう。
私にさえも、そう見える。
見えるのだが――違う。
何かが違い、それは決定的に間違っている。
「……」
『彼女』は何も語らない。
魔理沙が狼狽えているその様を愉しむかのように、不敵な笑みを浮かべたまま。
浮かべたまま――見下ろしている。
圧倒的優位のまま。
無様にもがき、足掻き、苦しみ続ける虫でも見つけたかのような視線で。
「で、でも、どこからどう見ても霊夢だぜ」
「目を覚ましなさい、霧雨魔理沙。貴方の親友は、あんな風に人を見下す人間じゃないでしょう!」
普通の魔法使いは認識する。
その対象を。
かの人物を。
世界呑み込まんとするほど大きすぎる紅月、その中心にいる『彼女』を。
黒く染まり切った、親友を。
敵対する、相手として。
敵意を向ける、存在として――――認識する。
「もう、大丈夫だ」
「……魔理沙」
「アリス、一旦休戦だ」
「ええ、そのつもりよ」
「霊夢を――霊夢に成りすました奴から仕留める、まずはそれからだ」
二人分の視線を堂々と受け、堂々とその視線に拮抗する『彼女』。
不敵に浮かべたままの口角が、さらに上がる。
待ってましたと歓迎するかのように、にやりと笑う。
素敵で不敵で無敵なその姿を。
私は反射的にカメラで捉えた。
この時の私は気付かない。
確認さえしなかった。
常にカメラを持ち歩くが故の失態、無意識的に意識を切り離してしまったとでもいうべきか。
写真をとるという日常行為であったが故に、確認を怠ってしまった。
『彼女』は。
禍々しい姿形をした博麗霊夢は。
写真に写っていなかったことを。
「そうこなくっちゃね」
嬉しそうな偽巫女の高笑いが、真っ赤に染まる満月の元、木霊し続けた。




