ニセ皇帝と学生
幼年時代の15年の記憶。
一体、どれだけ探せば見つかる物なのだろうか。
記憶を求めて5年間、地球を旅してきた。
だが、それに関わる物はあまり見たことがない。
少しだけ関わる物といえばリフィール村で再会した妹だろう。
自分にとってこの旅で得るものと、失うものに大差はない。
この旅で失うものができ、悲しむ人間は彼女が思うより多かった。
この旅を続けて、最近久しぶりに家族と会った。
親馬鹿のベリーズに育てられたせいか、わがままで自己中心的、泣き虫な妹だ。
この妹が、自分の故郷を見てどう騒ぐのか、それが少しだけ気になっていた。
今はニセ者の演説を聞くことが最優先で、その演説の内容によって彼女の運命が決まることになる。
「ねぇさぁーん! ここどこー」
やはりこの妹はうるさかった。
それもそのはずで、この魔界の空は紫色をしている。昼と夜で明るさは変わるものの、紫色であることだけは変わらない。
これはいつものことだったのだが、その姉が驚くことが目の前にあった。
平和なクレイエル帝国の城下町は、たくさんの国民でにぎわってとてもいいイメージを持っていた。それが今、ボロボロの服を着て重い物を運ぶ国民が国を埋め尽くしている。
この国がどうなっているのか、小さな台の上に鞭を持って座る偉そうな兵士がいる時点で分かった。今のクレイエルは奴隷国家となっている。
苦しそうな奴隷の中に、悪魔皇帝と何度も呟く人間が何人もいた。つまり、最近悪魔皇帝と呼ばれるようになったのはこのせいだろう。
5年間の旅の中でたくさんの人間を殺してきたシャルルも悪魔に変わりはなかったが。
「そういえば姉さん、さっきのテラードっていう妖精どうしたの?」
「自殺した」
「えーっ! さっきはなに言ってるのかよく分かんなかったけど……あの妖精さんなにか悪いことしたんだよね? 自殺するなんて、もったいないよ」
やっぱりこの妹はうるさいけど騙しやすい。
シャルルはそう思った。
「姉さんって、なんなの?」
少し黙り込んだエリアが突然意味の分からない質問をしてきた。
「なんなのってどういう……」
「もういいよ。なにがあっても姉さんはあたしの姉さんなんだし!」
エリアが何を言いたかったのかシャルルには理解しにくかった。勝手に納得して、この妹は何を考えているんだろうか。
「号外ー号外ー」
「あっ新聞屋さんだ!」
エリアの視線の先に、ボロボロの服を着ている人間にまぎれて新聞をばらまく新聞屋がいた。その新聞屋からエリアは大きな紙切れを貰ってこちらに戻ってきた。
「なになに……『クレイエル新改革演説このあとすぐ、城内大ホールにて入場無料。(許可証が必要)』だって!」
「新改革演説?」
「『なお、飲食物や武器などの持ち込みは不可。持ってきた場合はホール前の兵士が預る。』」
「随分警戒してるじゃないか。それほどに自分が弱いとでも言いたいのか?」
エリアは新聞は畳んで自分のバッグに入れると、
「姉さん、行ってみようよ!」
と城門を指差して言った。
「許可証か。そんなもの昔は要らなかったのにな……」
「待て。許可証があるならここで見せてもらおうか」
城門前で、早速鎧を身に付けた兵士に槍を向けられる。
「許可証? ずいぶん偉そうだな、下級兵士から昇格したのか? アルフ」
「何故私の名を?」
アルフという名の兵士が、槍を持つ力を緩めた。
「魚は食べられるようになったのか?」
「えっもしかして……皇帝陛下!?」
「何で私がお前に槍を向けられないといけないんだ」
シャルルは少し馬鹿にしたように自分の正体を明かした。
「確かに皇帝陛下だ。でも城内に陛下の名を名乗る人間がいるのに……やっぱり。おかしいと思っていました。少しでも仕事を誤ると牢屋か奴隷行きだったの……本当に申し訳ございません」
「別にいい。そのニセ者を殺せば済む。通してくれるな?」
「はい! 喜んで! ……で、そちらの方は?」
「あたしは妹のエリアだよ?」
「あぁ、あなたがエリア様でしたか。この前居場所が分かったと城の者に聞きましたが、やっと見つかったんですね……」
エリアはまた何を言っているのか分からなかったが、とりあえずシャルルについて行った。
「姉さん、皇帝陛下! だって。ふふっ姉さんてここの皇帝だったんだね! やっと分かったよ。おまけにあたしも様づけだし……ホントに物語みたい」
「……」
「かっこいいねぇ~皇帝陛下♥」
「黙れ」
「はぁーい」
いやいや返事をすると、エリアは大ホールの入口を見つけた。
案の定、目の前に兵士が立っている。
「その杖、隠しておけ」
「隠すってどうやって? そう言う姉さんはどうやってあの長ーい棒隠したの? あれ姉さんの身長より大きいじゃない」
「私は指輪に入れてるから問題は無いんだが、まあ今だけ余ってるやつ貸してやる」
シャルルは、手の平を裏に返して淡い光を放った。
するとエリアの手元に小さな指輪が現れ、たちまち杖を吸い込んだ。
「これどうやって出すの?」
「魔術の時みたいにただ使いたいって思うだけでいい」
「ふーん……まいっか。行こう!」
エリアは小さな指輪を右手の小指にはめると、シャルルの手を引っ張って兵士のところへ走った。
兵士は何も文句を言わず通してくれた。
大ホールの席はあまり空いていなかったが、前から二番目が運よく空いていて、2人はそこに座った。
皇帝の姿を見るのを楽しみにする人間の声が多数聞こえる。中には、この機会を狙って皇帝を暗殺しようと企む兵士も見られる。だが、それは無駄なことだろう。
電気が消えて、真ん中にあるステージに多数のスポットライトが点いた。
「大変長らくお待たせいたしました。これより、クレイエル新改革演説を行います。演説に賛成だと思ったら拍手をお願いします」
女声のアナウンスが入ると、大きな拍手とともに、華やかなドレスを着た女性が歩いてきた。
その後ろに制服姿の女もいた。
「私があんなの着るとでも思っているのか?」
「ふふっその通りだね」
姉が今すぐにでもステージに行ってニセ者を倒したいというのを、エリアはすぐに感じ取った。
会場がざわつく中でドレスの女はマイクを手に取った。
「私が、クレイエルの皇帝として……」
「ふざけるな、ニセ野郎」
シャルルは飛んでステージに立った。
「誰あなた?」
「今お前がなりきっている人物だよ」
辺りがさらにざわついた。




