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Darkness Empire  作者: 豹牙
過去編 狂ったモノ
33/36

記憶の欠片 Emilia

「ねえ、この三世界で一番可愛くて美しいのは誰?」

 異界の首都マリアンドの皇王の娘、エミリア・マリアンヌは、鏡に問いかける。

鏡は何も言わない。

もちろんこれはただの鏡であり、返事どころか人の言葉さえも聞き取れない。

「何よ。こういうときはね、それはエミリアさまですって答えるのよ」

 誰も聞いていないと分かっていても、エミリアは独り言を続ける。

「知ってる? 今日学校に新入生来るんだって。しかも男なの。どんな人なのかな? かっこよかったらどうしよ?」

 鏡にエミリアの嬉しそうな表情が映っている。

「そんなの決まってるじゃない。わたしの彼氏にするのよ。さあ、学校に行きましょうか」

 エミリアは鏡に話しかけるのを止め、バッグを右手に持ち、家の階段を下りる。

エミリアの家は豪邸で、広さもマリアンド一を誇る。

高級な赤いシルクの階段でさえ、エミリアにとってはただの地面だ。

「いってらっしゃいませ。エミリア様」

 何十人もの使用人が頭を下げる。

これは毎日のことなので、もう優越感すら感じない。

「じゃあ行ってくるわね」

 エミリアが外に出ると、にぎやかなマリアンドの風景が広がる。

商売に一生懸命な商人たちに、走り回る子供たち、散歩する人たち。

そんなマリアンドの朝。

エミリアは新入生への期待を膨らませ、軽やかな足取りで歩く。


 ちょうど、魔法学校がなくなる一年前のことだった。



「おはようエミリア!」

 教室に入って真っ先に声をかけてくれたのは、アビス・ステイビーだった。

若草色の髪は短く、ぼさぼさとはねている。

彼は至って童顔で、無駄にお人よしで、他の男子には頭が上がらない。

男らしい面は何一つとしてない。

エミリアは彼に厳しく当たっているつもりだった。

「おはよ」

 だが、アビスはエミリアのことを気に入っている様で、しょっちゅう付きまとってくる。

そんな彼をエミリアは少しだけ許しつつあった。

「今日久しぶりに新入生来るんだって!」

「知ってるわよそれぐらい。男の子でしょう?」

「僕よりかっこいいと思う?」

「なんでそんなこと聞くのよ。あなたよりかっこいい人は星の数ぐらいいるわ」

 アビスは返す言葉がなくなって黙り込んだ。

この学校は単位制なので、卒業に時期など存在しない。

ただ、単位を集めればすぐにでも卒業できる。

そういう学校だ。

 それに合わせて新入生は一ヶ月に三人のペースで増え続ける。

だから、新入生が来るのは皆慣れている。

最近は新入生があまりいなかったので、アビスもエミリアも期待していた。

「この学校さ、新入生紹介の場を作ってほしいよね。だって紹介もなしにみんなについていかないといけないなんて厳しいよ」

「そうよ。一度教室に入ってきたらクラスの一員になってしまうもの」

 エミリアが教室を見渡すと、クラスのほとんどの生徒がいる。

新入生なら、今来ていないとおかしい状況だ。

「それにしても遅いね」

 と言ってアビスは、廊下に顔を出す。

すると、突然アビスの頭に硬いものが当たった。

「いたっ!」

 頭を押さえるアビスが上を見上げると、長身の男が立っていた。

アビスの声に振り返ったエミリアは、廊下に出て男に近づく。

男は、茶髪で水色の目をしているが、目つきが悪い。

おまけに制服の着こなしは最低だ。

下げたジーンズに、だらしなく出してあるシャツ。

エミリアはすぐ不良と判断した。

「……」

 男は黙ってアビスを見下している。

何が起こったのか分からない。

そんな表情だった。

「痛いなぁ! 謝ってよ!」   

 アビスが言う。すると男は、

「俺は何もしてねえよ。謝る必要なんてねえだろ」

 と言って教室に入ろうとする。

だが、エミリアが行く手を遮る。

「あなた、新入生?」

 エミリアは期待の篭った目で聞く。

「そんなところだな」

「名前は?」

 男が最後まで言う前にエミリアが尋ねる。

「瞬……でいい」

「ふーん。シュンっていうの? わたしはエミリア・マリアンヌ。で、こっちがアビス・ステイビーって言うんだけど」

 エミリアの視界に起こった表情のアビスが映る。

「ちょっと! 謝ってってば!」

「だから俺は何もしてねえよ。勝手に疑うな」

「うそだ!」

「嘘じゃねえよ……ん?」

 シュンという男は、何かに気づいて再び廊下に出る。

それに続いてアビス、エミリアも気になって廊下に出る。

シュンの視線の先には、三人の不良生徒がいた。

中心にいる金髪の男の手には、少し硬そうなボールが握られている。

「悪いなぁ。オカマにボールが当たったせいで疑われてんだろぉ?」

「誰だよお前」

「知らねえのかぁ? まあ新入生だしなぁ、この際教えてやるよ。おーいオカマこっち来い」

 シュンが後ろを振り返ると、アビスが怯えている。

「何なんだこいつら?」

「あなたは知らないでしょうけど、この学校で有名な三人組よ。喧嘩早くて、一度ターゲットにされたら土下座しても許さないの。彼らに勝てる生徒はいないわ。関わらないほうが身のためよ」

 冷静に答えたエミリアも、少し怯えているように見える。

「おぉ? よく知ってるじゃねえかぁ。まあ皇王の娘エミリア様だもんなぁ」

「なあ、どうしてこいつを苛めるんだ?」

 シュンはエミリアの忠告を無視するように不良に近づく。

「そいつは女々しい顔してるくせに、俺らが廊下に座ってるだけで怒ってきやがってよぉ」

「それだけか?」

「あぁ?」

「短気な奴だな。頭がイってるんじゃねえのか?」

「なんだとてめえ!」

 金髪の男が殴る姿勢になる。

これを見たシュンは怯えるどころか、笑っている。

それに、場慣れしているような雰囲気がする。

「へっ次は身の程知らずのてめえをやってやることにしたぜぇ」

 金髪の男が言うと、他の二人が指の関節を鳴らして近づく。

「上等だ。三人まとめて地獄に送ってやる」

「やめなさい! 彼らに喧嘩で勝てる人なんていないわ!」

 エミリアが叫ぶが、シュンには聞こえていない。

「覚悟しなぁ!」

 そう言って、三人は同時に殴る。

しかし、シュンはそれを簡単にかわして一番端の男の腹を蹴った。

「ぐぇっ!」

 端の男は、ぐったりと倒れて、気絶した。

金髪の男がシュンの後ろに回り込む。

だが、回し蹴りをまともに受け、男は壁まで吹っ飛んだ。

「てめえ!」

 残った不良は走って殴ろうとするが、振り向き際にシュンに殴られて、あっさりと気絶した。

シュンは誰もが恐れた三人組を僅かな時間で気絶させたのだった。

「お前ら雑魚。というか、カス以下だな。俺に喧嘩売ってきた奴の中で一番弱い」

 アビスは、この光景を驚愕の表情で見守ることしかできない。

エミリアも硬直している。

いつのまにか、二人の周りにも生徒が集まっていた。

「おい、あいつ三人組倒したぞ!」

「マジかよ!?」

 そんな声が何度も聞こえた。

「あ、あの人何なの? スタイルいいし、強いし、わたしの好みのタイプなんだけど」

 エミリアは一人で興奮して、シュンのところへ走る。

「ねえ、付き合っている彼女とかいるの?」

「別に彼女はいねえけど」

「じゃあ抱きついても怒る女はいないのね」

「おい、ちょっと待て!」

 エミリアは思い切って彼に抱きついた。

勢いが良すぎて、シュンが地面に倒れる。

辺りから歓声が上がる。

後ろにいたアビスは目を開いて動けなくなった。

これにはさすがのシュンも動揺を隠しきれていないようだ。

「大胆な女だな……。こんな奴初めて見た」

「ふふっこれであなたはわたしのものね?」

「か、勝手に決めんじゃねえよ。ていうか離れろ。さっきから、あのアビスとかいう奴、お前のこと凄い目で見てるぞ」

「アビスが?」

 エミリアが後ろを見ると、アビスは走って教室を出て行くところだった。

これは嫉妬をしているのだと、誰もが思っただろう。

「いいじゃない別に。わたしはあなたと一緒にいたいのよ」

「抱きつくのはもう勘弁してくれ。あいつだって可哀そうだし、俺には探してる女性がいる」

「女性? 誰?」

「お前に言う必要はねえだろ」

 エミリアは微妙な表情をする。エミリアに諦めるという言葉は存在しない。

「じゃあわたしがその女より先に、あなたの心を奪えばいいのね」

「ちっ」

 立ち上がろうとしたシュンの唇にエミリアが指を押し付ける。

「近いうちにその唇、奪ってあげるわ。楽しみにしなさいよ」

「……何言ってんだ?」

 エミリアは教室から顔を出す生徒たちの方を向いて、宣言する。

「異界一の熱いキスをあなたたちにも見せつけてあげるからね」

 生徒たちは楽しみにしているかのように頷いた。

「異界一の熱いキスって何だよ」

 シュンの顔に、嫌悪が滲み出てきた。怒る顔もまた格好いい。

「聞いたとおりよ?」

「出会ったばかりの俺にディープキスでもするつもりか? 馬鹿じゃねえの」

「わたしが今決めたことなのよ。反論は許さないわ。すぐに心を奪ってあげる」

「奪えるもんなら奪ってみな。生憎、我侭で強引な女は俺の一番嫌いな人種だ」

 シュンは小声で呟いた。

久しぶりの投稿です。

と言っても、本編は完結したので、これは番外編ということになります。

番外編は主人公を変えながらその過去の話を投稿していくつもりです。


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