Empress of Darkness Empire 後編
最終章 Empress of Darkness Empire 後編
クレイエル城は大臣アルフの突然の発言、「今すぐ結婚式の準備をしろ!」に騒いでいた。
約一時間前。
クレイエル皇族や異界の偉人の墓があるクレイアルウォッドという森で、一人の男が歩いていた。
フードが顔をまるごと隠している。
男が向かうのは、最近作られたキリアル・デニッシュの墓。
新しい為か、その墓は光を浴びて一際輝いている。
「ここにあったのか」
男は低い声で呟いた。
その目の先にあるキリアルの墓には、刀が掛けてある。
男は刀を取った。
鞘から抜くと、美しい刀身が見える。
それを確かめると、男は刀を鞘に納める。
「やっぱり生きてたんだな。キリアル・デニッシュ」
男は後ろを振り向いて言った。
そこに立っていたのは死んだはずのキリアルだった。
「なんだ。わしが生きていたのを知ってたのか。まあわしが死ぬわけないがな」
「死んだことを上手く利用して、思い通りにやってきたんだろ?」
「そうだな。ところでお前は誰だ?」
そう言ってキリアルは男に近付く。
男は無言で刀を抜いた。
「お前が死んでくれるなら誰か教えてやる」
「わしとやろうってのか? だが、その刀は、無駄に強かった原界人が使っていた『双竜暁刀』というものだ。普通の刀より重いし長い。容易に扱えるものではないぞ?」
キリアルは自分の方が強いと言うように、笑う。
「その原界人はどうした?」
男は刀の先をキリアルの鼻に突きつけた。
「わしはそいつがいる家に爆弾を投げた。もう死んだだろうな」
「いつ?」
「一昨日。ちょうど大食い大会がやっていた頃だ」
「……このくたばり底ないが」
男は刀をキリアルに降り降ろす。
難なく避けられるも、男は攻撃を止めない。
男の攻撃はどんどん速くなっていく。
「むっ」
とうとうキリアルも避けられなくなった。
血が大量に噴き出し、体中切り刻まれる。
「待て! 命だけは!」
とっさにキリアルが命乞いする。
容赦なく、刀がキリアルの心臓を貫く。
キリアルはその場に倒れ込む。
「お前は誰なんだ……その原界人より強いんじゃないのか」
死にそうな声でキリアルが聞いてくる。
男は黙ってフードを取った。
死の覚醒の証、白い髪と金色の目が顔を出した。
「どうりでわしが敵わなかったわけか。だが、まだ……」
キリアルは何かを言いたそうにして意識を失った。
キリアルは覚醒した自分が誰か気づかなかったまま死んだ。
瞬矢はその死体を冷たい目つきでみていた。
しばらくして、キリアルの身体が異界人の死を表す光に包まれて消えた。
瞬矢はそれを確かめ、十字架をチェーンに繋げる。
突然キリアルのいた場所に、半透明の人影が現れた。
見覚えのある顔。その人影は明らかにユーリの姿をしていた。
「我が名は破壊神デス=クルーエル。汝にとって大切な存在の姿を取っている」
「デス=クルーエル?」
クルーエルは静かに頷いた。
「汝は今まで見てきた子孫より我が血を強く感じる」
「何しに来たんだ」
「その容姿からして、原界人か」
「……それがなんだよ」
「原界人が我が血を引くとは。幸運な奴だ」
「うるさい」
「汝がいるのは我のおかげだぞ?」
「黙れ」
クルーエルは少し怒った様子を見せた。
「てめえが俺にこんな力をよこしてきたから、罪もない人が死んだ! それくらい分かってんだろ!」
「それは馬鹿な異界人がいたからだろう」
「お前が今真似している人間も、俺が関わって死んだんだよ」
「……」
「神とか言うけど結局は上から目線の馬鹿だな」
そう言って瞬矢はクルーエルから視線を逸らした。
「汝……いや暁月瞬矢」
「俺の前から消え失せろ」
「我は汝の前にはもう二度と姿を現すつもりはない。一つ聞かせてもらう」
クルーエルがゆっくり近づいてくる。
「幸せになりたいか?」
「幸せなんてこの俺に存在しない」
「守りたいと思う人はいるのか」
「……」
「クレイエル城に行け。今の我の姿、ユーリ・ティアリスの娘に危機が迫っている」
後ろを振り返ると、もうクルーエルの姿は無かった。
「僕に惚れた?」
顔を少し離すとアルフは言った。
「お前みたいな奴、私は大嫌いなんだよ!」
「ぐぁっ」
シャルルはアルフの腹を思い切り膝で蹴った。
「やっぱり強いね……ははは」
「黙れ」
「ぐぇっ」
アルフは腹をハイヒールで蹴られても、痛そうに笑う。
シャルルはアルフが落とした指輪を拾うと、それを棍に変える。
「今まで政治をしてくれた礼だ。十秒以内に楽にしてやる」
「ひぇえええ!」
棍の硬い部分が勢いよく当たり、アルフは扉まで吹っ飛んだ。
その時同時に扉が開いて、
「うわっ」
入ってきた人にアルフの身体が直撃した。
「少しやりすぎたか?」
シャルルは吹っ飛んだアルフの様子を見ようと扉に近付いた。
そこには異様な光景が広がっていた。
笑みを浮かべて気絶しているアルフと、その下敷きになっている瞬矢。
「瞬?」
「シャルル、髪伸びたな……じゃなくて何なんだよこいつは!」
そう言って瞬矢はアルフの身体を横にどかす。
「愛に狂ったゴミ、だ」
「あ、そうなのか」
シャルルはアルフを軽蔑するような目で見て、
「で、お前の探していた答えって何だったんだ?」
と尋ねた。
「いや、それはまだ見つかってないけど。神にクレイエルに行けって言われたから来たんだ」
「神? デス=クルーエルか?」
「ああ。突然俺の前に現れたんだよ」
「……」
お互い何と言えば分からなくなって沈黙が続く。
そんな時、廊下を兵士が走って来る。
シャルルはさりげなくアルフを足で蹴って隠す。
「皇帝陛下、大臣の命令で結婚式の準備をしろ、と言われたのです。とりあえず、最低限、用意しましたが……誰と結婚するのですか? まさかそちらの原界人の方ですか!?」
「え? 俺は違うって」
「じゃあ」
兵士が疑問ありげな顔をして言った。
それは小さな期待をしているように見える。
「結婚式? そんなものやらない」
シャルルは何気ない一言で兵士の小さな期待を破壊した。
「しかし、もう準備が」
「料理が余ってんなら俺食う」
「えっ、もしかして、暁月兄弟の兄の方ですか?」
兵士は視線を瞬矢の方に向ける。
「兄の方? まあそうだけど」
「細いのに大食いで、不良っぽいのに賢くて、刀を持たせたら最強っていう噂があるんですよ」
「何だ? 馬鹿にしてんのか?」
兵士は言ってはいけないことを言ってしまった、と影でシャルルは思う。
「いっいえ、褒めてるんです。強さ的な意味では私たちクレイエル兵士の憧れですから」
それを聞いて彼の不機嫌は少し治まった。
「俺が憧れか。クレイエルの兵士って固そうだけど、変なこと考えてるんだな」
と言って、瞬矢は少しだけ笑った。
「あの、大臣は?」
兵士が気を取り直して言う。
「大臣……」
大臣アルフは、扉の向こうで気絶している。
棍で殴り飛ばしたのは誰も見ていなかったはず。
そうだ、嘘をつけばいい。
そう思った、が。
「それっぽい人なら俺に飛んで……」
余計なことを言うなと言うようにシャルルは視線を向けた。
「何だよ」
怒りのあまりアルフを飛ばした時に、その身体にぶつかった男がここにいたのを忘れていた。
「とりあえず、大臣は今現在いないんですね?」
「そ、そうだな」
笑いで誤魔化すシャルルを見ても、兵士は嘘だと気づいていない。
「では、準備の方はやめますね」
兵士は足音に気付いて後ろを振り向き、そして去って行く。
そこへ歩いてきたのは、すっかり有名人になった夫婦、エミリアとアビスだった。
「久しぶり~!」
アビスの女装は大人になっても直っていない。
エミリアは、眼鏡をやめて普通の女性になっていた。
あまり変わっていない二人を見てシャルルは少し安心した。
「クレイエルで結婚式をやるって聞いたから来たのよ?」
不思議そうな顔をしてエミリアが言う。
まだ少ししか時間が経っていないのに、来るのが早すぎる。
「相手は誰? まさかそこで背中向けてる瞬?」
アビスもかなり期待している。
そこでシャルルは、
「期待をぶち壊してすまなかったな。結婚式はやらないぞ」
と不敵な笑みを浮かべて言った。
「えー。じゃあ何だったの? もしかしてボクたちを騙したの?」
アビスは口を膨らませて怒った表情をしている。
「騙してない」
「じゃあ何でこんなに兵士がパーティの準備してるの? どう考えても何かあるでしょ」
追い打ちをかけるようにエミリアが言う。
まさか、あの短時間でそこまで準備されていたのか。
「高級料理がたくさん置いてあったわ」
「全部瞬の昼食だ」
「高級素材を使った装飾が用意されていたわ」
「全部瞬の持ち物だ」
「高級な食器が使われていたわ」
「全部瞬の趣味だ」
「ふーん」
同じ様な答えしか出さないシャルルに、エミリアと瞬矢は呆れた顔を見せる。
「俺は関係ないだろ」
「……いいじゃない。この機会にあなたとシャルルで結婚しなさい」
『えっ!?』
二人の声が揃ってエミリアに向けられる。
「ちょっと待て。こいつは仮にも皇帝だろ? 俺みたいな皇族でもない奴が皇帝陛下と結婚できるわけないだろ」
「あら? なかなかいいと思うんだけど。だってあなた強いし」
「ボクもそう思う! 瞬は女性を守る騎士って感じだしね!」
混乱する瞬矢にアビスまで便乗する。
「それに、皇帝が皇族と結婚するって義務づけられたことじゃないわ」
エミリアの目は本気だ。
それがさらに空気を変える。
「シャルル。クレイエルの憲法第15条を言ってみなさい」
「『互いに愛し合う者ならば相手が何であろうと結婚できる』のことか」
「ほら、ね?」
不気味な笑みを浮かべるエミリアの横目が恐ろしく怖く見えた。
「シャルル、俺」
「何だ?」
「何でもない」
アビスはこの微妙な空気を理解すると、
「エミリア。ボクたち邪魔みたいだし、大広間に行こうよ」
とエミリアの手を引っ張る。
「そうね。結婚式の準備をしている兵士の手伝いに行きましょうか」
アビスの手にひかれてエミリアは廊下を走る。
ちょっとした嫌味にしか聞こえなかったが、これがエミリア流の思いやりなのだろう。
そんなことを考えていると、気絶していたアルフが立ちあがった。
「ねえ皇帝陛下。結婚、しようよ」
再び、アルフは口説いてきた。
それに対し、シャルルは大きなため息をついた。
「愛の口付けをしたんだよ? 僕たち夫婦だよね」
「っ!?」
アルフの言葉に瞬矢が反応した。
「あれはお前が私に無理矢理したものだろう」
「あれえっ聞こえないな?」
わざとらしくアルフが頭をかく。
「おい」
「あっもしかして大食い馬鹿で有名な原界人暁月瞬ですか?」
「矢が抜けてるし、それに馬鹿は余計だ」
「すみません。ただの冗談ですよ。それで我がクレイエル帝国城に何の用で?」
この台詞を聞くと、昔のアルフが少しだけ蘇る。
今は愛に狂ったただの愚か者だが。
「私はここにいらっしゃるクレイエル帝国三代皇帝陛下と結婚式を挙げるのです。用なら後でお願いします」
「誰が貴様のようなゴミと結婚するか」
そう言ってシャルルはアルフの頬を殴った。
それでもアルフは笑っている。
「成る程。お前のその、強引さからして皇帝陛下様はお前との結婚を嫌がっているってわけか」
瞬矢がこの場面をなんとなく推測すると、アルフはさらに自慢げな顔をして、
「違う。彼女は心の底から私を愛している」
と言う。
「貴様……」
もう一度アルフを殴ろうとしたシャルルを瞬矢が右腕で止める。
「どうして止める? お前まさかこのゴミと結婚しろとか言うんじゃないんだろうな?」
「お前は後ろで見てろ。こいつは俺にやらせてくれ」
どこから現れたのか、長い刀身が顔を出す。
「あーあ。気づかれちゃったかな? 鈍感な男かと思ってたけど」
アルフは関心している様だ。
瞬は何に気づいたのだろう。
シャルルは久しぶりに今が理解できない状況に陥った。
「全く、キリアルはうざったいぐらい計画がしっかりしてやがる。そうだろ? キリアルの下僕の大臣さんよ」
「さすが、キリアル様を倒しただけはある」
さらに状況が理解できなくなる。
アルフは何時からキリアルの手下になっていたのだろうか。
「シャルル、こいつは己の私欲の為にキリアルに従ってた最悪野郎だ」
瞬矢が重々しい口調で言う。
「その私欲って……」
「君と愛し合い、結婚することだよ」
微妙な表情をしたアルフが口を挟む。
「僕は、半年前デス=クルーエルがキリアル様の身に宿っていることを知ってついていったんだ。強さが欲しかったのさ。皇帝陛下に関わる男どもを全員倒せるぐらいのね」
全員という言葉がこの現場を沈黙で包む。
「キリアル様は命令に従えば、血を引いてなくても覚醒できる様にしてやろうって言ってくれた。だから僕は命令に従って白い十字架を手に入れた。その十字架は暁月刹那の発明品だったんだけど」
アルフはポケットから白十字架を取り出して、見せびらかす。
「僕の夢にとって一番邪魔だったのは、異常な程戦闘力を持つ原界人」
白十字架が手から落ちた。
アルフの髪は白く染まり、目が金色に光る。
「お前だよ。暁月瞬矢」
腰に差してあるサーベルが自然な動きで抜かれた。
「そんなに邪魔か?」
アルフは黙ってサーベルを構える。
「俺にとってもお前がこのキリアルのいない三世界で一番、邪魔だな。お前がいるだけでクレイエルがまた暗黒帝国に戻ってしまうんだよ」
まるでシャルルの真似をしているように、瞬矢は刀を右手で回した。
「なるほど。君も……だったら覚醒してよ。遠慮は要らない」
「嫌だね」
「何で?」
「俺は神なんてものには頼らないことにした。自分の力だけでお前を殺す」
「無謀だね。死にたいのかな?」
サーベルが素早く目の前で突きを繰り返すが、全て長い刀に受け止められている。
アルフが舌打ちする。
攻撃は速いのに原界人に見切られていた。
「うっ」
カキンという音と共にアルフが振り回していたサーベルが、刀に負けて折れた。
「人の感情は武器を大きく変えるんだよ。強い感情は武器を強くし、焦りは武器を弱くする。親父が昔言っていたのは本当だったな」
「強い感情? 僕の愛は強い感情だ!」
瞬矢はアルフの鼻に刀先を突きつけ、
「キリアルと覚醒に頼っている時点でアウトだ」
と言った。
「くそっどこにそんな感情を持って……」
腰が抜けたアルフはその場に座り込んだ。
「俺はこいつをお前から守りたいって思った。それだけだ」
「あーあ。僕は本当に愚かだった。皇帝陛下、この罪は僕の死でお許しください」
シャルルは黙って見ていた。
アルフが折れたサーベルの先を体に突き刺した。
感情に呑まれて弱った身体はすぐに息絶えた。
「シャルル、俺の探していた答えを教えるよ」
瞬矢は刀をしまうと、真っ直ぐな眼差しでシャルルを見据えた。
「何の答えだ?」
「俺が必要としていたものだ」
「分かったのか? よかったな。で、それは何だったんだ?」
「それは……」
「……」
「お前だったんだ」
「ありがとう、瞬。私も同じだ」
クレイエル帝国城にあった、エリアの部屋。
その中にエリアが書いた物語がある。
題名の『Midnight Witch』は修正され、その上に書かれていたのは『Darkness Empire』。
エリアが主人公目線で、自分の辿った人生が書かれていた。
異界での結界石事件以来書かれてなく、後半は空白だった。
だが、最後のページだけほんの数行書かれている。
『あたしはこの平和な世界を望んでいた。姉さんはあたしと会ってから性格が変わった。昔は本当に簡単に人を殺してしまう怖い人だったけど、段々平民を助けるようになった。
この世界には姉さんもそうだけどあたしの知らない不思議が溢れてる。
優しそうな外見とは裏腹に机を投げる幼馴染。女の子に見えて男の子だった幼馴染の友達。そして、あたしを一番驚かせた細身の大食い最強原界人。
嘘をなくすなんていう目的なんて果たせないというのはあたしも身をもって知ったの。みんな、本当にありがとう』
この物語の空白はエミリアが埋めたらしく、三世界で出版されているらしい。
前とは違い、これは実話だ。
信じるほうが正しいのだ。
「うわあああああん!」
「おい、泣くな! 男だろ?」
「うっうっ……」
「こんな奴が次の皇帝で大丈夫なのか?」
「うわあああああん!」
「あーくそっ! シャルルっ助けてくれ!」
「私は今忙しいんだ。全く、瞬に似て人の命令は聞かない奴だ。似させた本人がなんとかしろ」
「それは別だ! とりあえず俺は子供が苦手なんだよ!」
「あと三時間よろしく」
「ははっ……暗黒帝国が終わっても悪魔皇帝は終わらないんだな……」
これから魔界はさらに良くなるだろう。
たくさんの街や国が出来、大きくなる。
そしてクレイエルが暗黒帝国と呼ばれることもない。




