村のありえない掟
あたしは、これからのことがとても楽しみ。
はっきり言って、家族に会うことより、魔女さんの方が会いたかった。
家族に会うのはそれからでいい。いままでそういう生活してきたんだし。
あたしは、これから起こる出来事すべてがあたしの運命を変える……そんな感じがするんだ!
エリアは、勝手にいろんなことを考えながら命の恩人シャルルを引っ張って、家の隣にある倉庫に案内した。
小屋の中は蜘蛛の巣やホコリが少々あるだけで、そこまで汚くはなかった。
「今日は年に一度の買出し日で、朝までみんな帰ってこないよ。だからさ、いろいろ聞きたいことがあるんだけど……いい?」
シャルルの表情で肯か否か見分けたエリアは、迷わず聞いてきた。
「シャルルさんて、どこの出身?」
「言いたくない」
即答が返ってきた。
「じゃあ両親はいるの?」
「死んだ」
「えっ……」
少しだけ沈黙が続いて、エリアはあたしも親がいないんだと勝手に心の中で同情した。
「何歳?」
「18」
「もっと大人かと思ったけど、あたしと6歳差なんだね」
そう言ってエリアは上を見上げた。
ホコリを少しかぶった時計がAM1時を差している。
「じゃあこれで最後ね?」
一番聞きたかったことをエリアは真剣な表情で言った。
「『Midnight Witch』の魔女ってあなた?」
「あの腐ったガキが殺される話か。少なくとも魔女は私ではないがそれがどうかしたのか?」
「腐ったガキぃ? 殺されるぅ? えっ何を言ってるの? あたしが話してるのは、『Midnight Witch』だよ? 少女の願いを魔女がかなえるっていう……」
エリアの疑問に、シャルルは何かに気が付いてまた話し始めた。
「そうだったな。今の話は議会が変えたんだったな。大体そんな空想の話、信じてどうする気だ?」
「議会? 空想って……」
話を真実だと信じているエリアはとっさに言い返す言葉を考える。
えっとと繰り返し言うだけで、時間だけがあっという間に過ぎていった。
「えっと……この話って、空想なの?」
「12歳でいまだこの話を信じる人間が、存在していたんだな」
シャルルはあきれた顔をして言った。
「うーん……でも、あたし魔女さんの存在を信じることに決めてるの。こうやって魔女のような人に会えたことだし!」
時計は1時を指している。
「安心したら眠くなってきちゃった。シャルルさんも寝ていいよ」
あくびをしたエリアはその場で仰向けになって寝ようとした。
「こんな時間まで起きているからとしか言いようがない行動だな。お前はあの家をどうする気だ?」
「あっそうだった!」
その場で寝ようとしたエリアは、すぐに起きた。
「でも、どうしよう。シャルルさんがあの家をもとの状態に戻せたらなぁ」
「そんなことできない」
「だよね……あっ!」
エリアの大声が小屋に響いた。
「教会に行こう! マリエ様にお願いするの!」
「マリエ?」
そう言ってエリアはまたシャルルの腕を引っ張って小屋を飛び出し、家とは逆方向に走った。
リフィール村の教会はどの家よりも大きく、青い屋根の上に大きな白十字架が立っていた。
シャルルがつけている銀色の十字架のネックレスと比べると二十倍以上の大きさはあった。
エリアに手をひかれて入った教会の中は思ったより狭い。
村人が全員座れるぐらいの木製の椅子が用意してあり、前には巨大な女神像がこちらに向けて手を差し伸べている。
「マリエ様ーっ!」
エリアが女神像に向かって走っていく。
「マリエって……」
女神像の下を見ると、『女神マリエ・ヴィスティア・クレイエル』と大きく彫ってある。
シャルルが真剣にその女神像を見ているのを気にしたエリアは、視線を女神像からシャルルに移す。
「どうしたの?」
エリアが不思議そうに聞いてきた。
「マリエ・ヴィスティア・クレイエル。この村の民はこの名をどこで知ったんだ?」
「えっ? うーん……なんか村長たちにとって女神に値する大事な人だって聞いたけど、それがどうかしたの?」
「村長の名前はなんて言う?」
「村長? リフィール・ナンシーだよ」
「成る程な」
全てを理解したシャルルは女神像から離れた。隣では、エリアが女神像に祈っている。
「マリエ様……家を元に戻してください!」
「もう死んだ奴に願っても無駄だ」
跪いたエリアに、シャルルは冷たい声で言った。
「死んだ? 女神様だよ。死んでないでしょ?」
「死んだんだよ。マリエは」
「なんで知ってるの!? さっきから気になってたんだけど、なんか教会入ってから様子がおかしいよ?シャルルさんはマリエ様と前に会っていたんじゃないの? 違う?」
教会の中が静かになった瞬間、外が急に騒がしくなった。驚きを表す声や、エリアを呼ぶ声が外から聞こえてきた。
エリアは驚愕する。買出しに行っているはずの村の住民が帰ってきたのだ。
「なんでみんな帰ってきたの? まだ1時過ぎなのに!」
シャルルが黙って考え込んでいると、教会の扉が勢いよく開いてエリアの乳母ベリーズが走ってきた。
「エリア! 無事でよかった! ふもとから火が見えたからみんなで帰ってきたのよ!」
「ママ……」
エリアはどこかつまらなそうに俯く。
「エリア?」
エリアの名前を聞いたシャルルは少し驚いた表情をした。
「えっ……よそ者?」
ベリーズは、初めて隣にいたシャルルに気がついた。
すると突然ベリーズの表情が険しいものとなり、ポケットから拳銃を取り出した。
「待ちなさい」
ベリーズは、シャルルに銃口を向けていた。
エリアは初めて見た銃に驚いているが、シャルルはひとつも驚きを見せなかった。
「私たちは平和に暮らしたいの。分かる?」
「つまり、この村はならず者が集まった村か。よそ者は皆生きて返さないとでも言いたいのか?」
「そういうことよ。あなたには何を言われようと生きては返さないわ。これは誰が何と言おうと村の掟なの。みんなが平和に暮らせるための、ね」
「旅人に見つかったら殺すのか。それでふもとの人間はこの村の存在を知らないんだな。残念だが私はここで死ぬつもりはない」
引き金の音が静かな教会にこだました。




