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最後の決闘

第九章⑷

 シチリアの兵に捕らえられ、後ろ手に縛られたタンクレーディは、メッシーナ海峡が一望できる街道でコンスタンティアの前に引き出された。

 現地には連合軍の将校やメルト子爵たちの他に、コンスタンティアの即位を支持するシチリア貴族や義勇兵たちも集まっていた。

 今後のパレルモ宮廷を支えるであろう有力な貴族たちを証人に、コンスタンティアは宣告した。


「タンクレーディ。そなたをシチリア王国宰相の地位から解任し、レッチェ伯の称号も剥奪する。主君殺しの罪は重いぞ。国家大逆をもくろんだ大罪人として、私はそなたを高等法院に訴える。裁判のあと、死をもってその罪を(あがな)ういい」

 国王弑逆(しいぎゃく)の罪に対応する刑罰は死刑しかない。法廷で裁かれた後、タンクレーディは民衆の前で斬首刑に処せられるだろう。

 泥と血で汚れた頬を歪め、タンクレーディは声を荒げた。

「本来ならば、俺の父親が二代目のシチリア国王になるはずだったのだ! その唯一の跡継ぎだった俺を、お前の父や兄たちは庶子と呼んで蔑み、俺が受け継ぐべきだったプッリャ公と、カラブリア公の称号まで取り上げたのだ。レッチェ伯爵の地位ごときで我慢できると思うか! 俺は、自分の正統な地位と、権利を取り戻そうとしただけだ!」

「だからと言って、おまえがウィルを殺した罪に変わりはない」

 コンスタンティアの毅然とした反論に、なおもタンクレーディは食い下がる。

「王位など、その時代に最も力の強い者が実力で勝ち取るべきだろうが。お前の死んだ父親とて、おのれの手を血で汚し、幾多の敵を排除しながらこの国を獲得したのだろう。俺も同じだ! この世界の、覇王の道理に従ったまでよ!」

「もはや、おまえの理屈に耳を傾ける者などここにはおらぬわ」

 静かながらも雷を放つ天帝(ゼウス)のように、コンスタンティアは厳しく告げた。

「シチリアの王位は私が継ぐ。おまえの好きな道理で言うならば、勝ったのは私だ! 敗者は御託を述べず、いさぎよく勝者に従うがいい」

「認めぬ……。俺は、この俺が負けたなどと、断じて認めぬ……!」

 タンクレーディの二の腕の筋肉が、異様なまでに盛り上がった。彼は渾身の力を振り絞り、後ろ手に自分を戒めているロープを引きちぎった。

 近くにいた兵士はその怪力に驚き、目を見開いて思わず数歩後ずさった。


「俺の物にならぬのなら、全てを壊す! シチリアを滅ぼす!」


 囚人を拘束しようと動いた二人の兵士を殴り倒し、タンクレーディは女王を守ろうと立ち塞がる幾人もの兵士を両腕で振り払った。頑丈な盾を持った兵士さえ、その勢いを止められず逆に吹っ飛ばされる。

 すり抜けざまに一人の兵士から短剣を奪い、敗者はコンスタンティアに襲いかかる。

「俺の女だ、誰にも渡さん!」

「させるか!」

 周囲の兵士が全員棒立ちになる中、唯一動いたハインリヒが、タンクレーディに向って虎のように突進した。リチャードとロレンツォが、すぐにコンスタンティアを安全な場所まで引き離す。

 ハインリヒとタンクレーディは、相手を組み伏せようと、互いの腕や肩を掴みあった状態で激しく地面を転がっていた。

 近くの兵士が弓を構え援護しようとするのをコンスタンティアが止める。

「だめよ! ハインリヒにも当たる!」

 確かに、激しく上下を入れ替えながら取っ組み合うあんな乱闘状態で矢など射たら、どちらに当たるかわからない。

 二人はしばらく掴みあい、揉みあった体勢の後、このままでは(らち)が開かぬと、互いに離れて立ち上がり、距離をとった。

 ハインリヒは腰から短剣を抜いた。

 タンクレーディも同じ俊敏さで態勢を戻し、逆手に短剣を持つ。

 近い間合いで切っ先が擦れあい、何度も火花が散った。あまりに激しく目まぐるしい接近戦に、誰も彼らに近づくことができない。

「やっちまえ! そこだ! 一気に突け!」

 いつしか二人の周りを大勢の兵士が輪になって取り囲み、大将同士の一騎討ちを盛り上げようと、喚声をあげる始末だった。リチャードは拳を振り上げ、無神経に声援を送っていた。この場の空気は、まるで古代ローマ時代の闘技場(コロッセオ)。観客の前で戦う、剣闘士の死闘のようだ。

 コンスタンティアはハインリヒから目を離せない。少しでも隙を見せれば命が危うい戦いを前に、声をかけることすら(はばか)られる。

 タンクレーディが器用に短剣をくるりと回し、順手で持ち直す。

 その勢いで切っ先を突き上げ、ハインリヒの腹を抉ろうとする。

 寸前で身をかわし、ハインリヒはタンクレーディの顎に肘撃ちを食らわせた。続けて左の拳を脇腹に叩きこむ。

 よろけたところへ短剣で斬り込むが、その腕をタンクレーディが武器を持っていないほうの腕で封じた。

 腕で肘の間接を固く決められ、思い切り強く(ひね)られた時に激痛が走り、ハインリヒは(たい)を投げられて思わず短剣を落としてしまう。

 タンクレデーディは彼の短剣を遠くへ蹴り飛ばした。

 どうにか立ち上がり間合いを取ろうとしたハインリヒを、タンクレーディの鋭い拳の打撃が襲った。顎を殴られ、腹にもきついのを一発食らって上半身が折れる。

 ハインリヒの体勢が崩れたところへ、タンクレーディは強烈な蹴りを決めた。

「だめ!」

 思わずコンスタンティアが叫ぶ、

 横転したハインリヒの顔面に、さらにタンクレーディは足蹴りを見舞おうとしたが、ハインリヒは素早く転がって攻撃を逃れた。

 息を荒げながら立ち上がり、苦い血の混じった唾を一つ吐くと、戦意の失せぬ険しい表情で猛然とタンクレーディに突進していった。

 タンクレーディは短剣を一閃する。

 短剣の切っ先で左頬に傷を受けながらも、ハインリヒはひるまずにタンクレーディの右腕を掴んだ。その手から短剣を叩き落とす。

 互いに素手となり、猛烈な殴り合いが始まった。

 ハインリヒは相手の右拳を反転して避けると、身を低くして飛び掛かり、両手で肩を掴んだ。

 相手を引き寄せ、まずは渾身の膝蹴りをタンクレーディの鳩尾(みぞおち)に決める。

 腹筋を締めきれなかったタンクレーディは激痛にうめき、少量の胃液を吐きながら、軽くよろけた。

 ハインリヒは、とっさにタンクレーディの肩と首の後ろを掴み、勢いよく地面へ突き倒した。

 無様に倒れて転がった先に、自分が落とした短剣があった。

 タンクレーディは凶器を掴み、機敏に立ち上がると、両目を怒りと憎悪で血走らせ、ハインリヒに向かっていった。

「ハインリヒ!」

 コンスタンティアが、さっきタンクレーディが蹴飛ばしたハインリヒの短剣を拾って投げた。

 ハインリヒはタンクレーディの攻撃を間一髪で()け、飛んできた短剣を受け取る。

 追いすがってきたタンクレーディがハインリヒを強引に押し倒し、片手で凶器を振りかざす。

 ハインリヒは倒れながらもタンクレーディの右腕を掴んで攻撃をしのぐと、無防備になった相手の胸を下から短剣で貫いた。

 タンクレーディはカッと目を見開き、膝立ちの状態で硬直する。

 ハインリヒは相手の左胸に刺した短剣を抜くと、とどめの一撃で相手の首筋を捉え、()ぎ払った。

 血煙を上げながらタンクレーディは後ろに倒れ、小刻みに痙攣した後、とうとう動かなくなった。


「ハインリヒ!」

 コンスタンティアが彼に駆け寄る。片膝をつき、乱れた息を整えているハインリヒに抱きつくと、汗と血で濡れた頬を両手で包んで、彼の無事を確認する。

「怪我の具合は? 大丈夫?」

 疲れた顔をしているが、彼は口元に笑みを浮かべ頷いた。

「ああ、俺は平気だ……。だがすまない、女王。あなたの権利を、俺は侵害した」

 ドイツ人である自分が逆賊とはいえど、シチリアの貴族を殺した。そのことをハインリヒは律儀に詫びる。

「許すわよ。そんなの許すに決まってるじゃない」

 コンスタンティアは、ハインリヒの額に自分の額を押し当てた。

「終わったわ。これでぜんぶ終わった。あなたのおかげよ」

 ハインリヒとコンスタンティアは、互いの背に両腕を回して強く抱きしめあった。

 カルロスがその光景を見て、ニヤニヤと笑っている。


 いつしか夜明けの時刻を迎えていた。

 メッシーナ海峡に朝日が昇り、周囲を目映(まばゆ)い黄金色の光が包んでいった。


第九章⑸に続きます

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