告白
第九章⑸
メルト子爵やグァルデロ伯爵など、女王の檄文に応えて早い段階で連合軍に参加していた代表格の貴族たちが集まって来た。
「我ら家臣一同は、謹んで女王陛下に忠誠をお誓い申し上げます」
両膝をつき臣従の礼を取る貴族たちを前に、コンスタンティアも彼らの助力に感謝の意を述べる。
「ありがとう。あなた達の力がこれからも必要です。シチリア王国と民の繁栄のため、今後も私を支えて下さい」
「それこそが、我らにとっての喜びでございます」
イングランド軍の騎兵に守られた馬車が一台近づいてくる。乗っているのはジョーン王妃だった。
「コンスタンス! リチャード兄様ぁ!」
馬車から降り立った王妃に手を貸し、エスコートしてこちらに歩いてくる若い騎士に向かって、リチャードが呼びかけた。
「チャールズ、役目ご苦労」
「チャールズ?」
コンスタンティアが目を見開いた。その騎士は、背恰好といい、顔立ちといい、驚くほどリチャードに瓜二つだった。
あえて違うところを指摘するなら、やや肌の色が白く無精髭がよく見ると整っていて本人よりも上品に見えるところと、髪の色がいくらか明るいところか。
「あなたの偽名がカルロスで、そっくりさんの名前がチャールズ。そういうこと?」
「そうさ。シャレが効いてるだろ?」
「ええ、いかにもあなたらしい冗句だわ」
この二つの名は、どちらも語源を同じくし、『自由な人』という意味を持つ。
コンスタンティアは苦笑した。やることが自由すぎる彼について色々と納得がいく。
そして思い出す。出会った当初から、どこかで会ったような気がしていたことを。
「そうね、前にどこかで会ったことがあると思ったのよ。あなた、ウィルとジョーンの結婚式の時、シチリアへ来てたものね」
六年前に、彼とは一度だけ会っている。しかしその時のリチャード王子は、こんなに軽薄な雰囲気じゃなかった。花嫁の兄として、両王国の婚姻の証人かつ付添人として、彼は幼い妹をシチリアへ送り届けるイングランド艦隊の指揮官という大任を請け負っていたのだ。
ジョーンは兄リチャードに甘えた表情で抱きついた。兄も妹を、しっかり抱き寄せて頬ずりする。何年も離れていたとは思えない、仲の良い兄妹である。
「良かったわね、ジョーン」
「コンスタンティア」
シチリアの貴族から順番に臣従の誓いを受ける略式の儀礼に一段落ついたところで、ハインリヒが歩み寄って来た。
唇の端に血を滲ませ、全身に擦り傷やら打撲傷を負っている彼の様子を見て、コンスタンティアが顔をしかめる。
「早く手当てしなくちゃ。男前が台無しよ」
「名誉の負傷だ。俺にとっては勲章ものさ」
乾いた血のついた口角を上げて笑うハインリヒを、コンスタンティアは頼もしそうに見上げる。
「勲章なら、シチリア女王として正式にあなたに授与するわ」
もちろん、リチャードやロレンツォにもね、と美しい女王は笑った。
ハインリヒの頬に斜めについた斬り傷を指先でそっと撫でると、コンスタンティアは微笑んだ。
あの小さかった赤毛の少年が、こんなに立派な武将に成長するなんて。嘘みたいだ。
「勲章よりも、女王陛下にお願いしたいことがある」
「なあに? なんでも言ってちょうだい」
内容も聞かず、無邪気に快諾するコンスタンティアの前に片膝をつき、ハインリヒは彼女の左手を取ると、誠実な声で語りかけた。
「十三年前、俺はまだ七歳の子供だったが、初めて出会った瞬間に、君に一生分の恋をした」
突然の告白に、コンスタンティアが目を丸くする。
「別れた後も、君を忘れたことはなかった。それ以来、俺はずっと君にふさわしい男になるために努力してきた。いつか君にもう一度出会える時が来たら、こう言うんだと、決めていた」
ハインリヒはコンスタンティアの手の甲ではなく掌に、情熱を込めて口づけをし、言った。
「俺と結婚してほしい」
周囲では、その光景を見た兵士たちが驚きと同時に喝采の声を上げる。
シチリアの兵士も神聖ローマ帝国の兵士も、この求婚の行方を固唾を呑んで見守っている。
手のひらの中心に今まで感じたことのない不思議な温もりがあり、それがじわじわと体中に駆け巡る心地よさをコンスタンティアは体験していた。初めての感覚に胸の奥が甘く疼く。こんなに熱い目で見つめられるのは、なんて嬉しくて胸が騒ぐのだろう。
麗しき女王はそれでも、困った表情をして尋ねた。
「私、あなたより十歳も年上のおばさんよ?」
「今のところ俺たちは、まだ九歳差のはずだ」
「この歳の差は、ちょっと大きすぎない?」
「俺が君より十年遅く生まれたのは、そんなに悪いことなのか?」
もちろんそれは彼のせいではないし、コンスタンティアが悪いわけでもない。彼らの生まれる時期が、たまたまそうなっただけのこと。
「大事なのは、俺がずっと前から君を愛してるってことだ。君はどう?」
俺のことを、君はどう思ってる。
真剣な眼差しで問われ、コンスタンティアは弱った。
「ちょっと、やめて。ここでそれを言わせたい?」
みんながすぐそこで聞いてる。リチャードなんか、さっきよりもさらににやけた顔で今にも笑い出しそうにこっちを見つめてる。
「それは、二人だけの時に言わせてよ」
「わからない。いま言ってくれないと」
「あなた意外とイジワルね」
ちょっと唇を尖らせた後、根負けしたようにコンスタンティアは笑った。
「嫌いじゃないわ。少なくとも。―そうね、十歳年下の相手でも結婚してもいいかと思えるぐらいには、好きよ」
「つまり愛してるってこと?」
ハインリヒは勝利の笑みを浮かべた。
コンスタンティアは彼の手を両手で握りしめ、はにかんだ表情で答えた。
「髪を伸ばすわ。――あなたのために」
「よし!」
と勢いよく拳を振り上げ歓声を上げたのは、求婚に成功したハインリヒではなくて、リチャードだった。
ハインリヒはその時、両腕で未来の花嫁を抱き上げ、しっかりと持ち上げた状態で、ぐるりと円舞をするように回った。
ハインリヒに抱きあげられくるくると旋回しながらコンスタンティアが笑う。両国の兵士たちも、互いに名も知らぬ相手と抱き合ったり、両手を叩いたりして喜んでいる。シチリア貴族のごく一部の年配者らは困惑した表情をしていたが、その他は皆が突然に決まっためでたい縁組みを大歓迎するムードだった。
「シチリアに美しい女王が誕生したと聞けば、各国の独身の君主や王子がこぞって君に求婚してくるぜ。そんな若造フッちまって、相手は俺にしとけば?」
そう言うリチャードへの女王の返答は冷たい。
「いやよ、あなた浮気しそうだもの」
「おっと厳しいね、そう来たか!」
ばっさり拒絶されながら、なおもめげずにリチャードは続ける。
「だいたいよ、十三年間も思い続けてました、なんて言えば確かに聞こえはいいけど、よく考えろ。一途って言うよりも、そいつの執着心が強すぎるだけだろ。諦めが悪いのにもほどがある。俺がもし女だったら引くわー、その執念深さ」
「「カルロス、うるさい」」
互いに見つめあった状態で、ハインリヒとコンスタンティアから同時に冷たいことを言われ、リチャードは黙った。内心ちょっと傷ついた。
ハインリヒに抱っこされたまま、女王はつんとした表情で言った。
「男から執着されて嬉しいと思うかどうかは、女が決めるの。それは相手によるのよ、お分かり?」
タンクレーディみたいな一方的かつ乱暴な支配欲は論外だが、ハインリヒは違う。
コンスタンティアは、ハインリヒに抱き上げられたまま、長身の彼を見下ろす状態で将来の伴侶にキスをした。がたがたうるさいリチャードに見せつけるように。
それを見た兵士たちが口笛を吹いて囃す。ハインリヒは彼女をそっと地面に下ろし、今度は自分から上体を屈めて初恋のひとに優しくキスをした。
「はんっ、嫌いな男から無理やり束縛されるのはお断りだが、好きな男なら何されてもかまわないってか。女心はこれだから分からねえ!」
リチャードは悔しそうにぼやき、がりがりと頭を掻いた。
幸せそうに口づけを交わすコンスタンティアとハインリヒから少し離れたところに、ロレンツォが静かに佇んでいる。彼は左腕に巻かれた包帯を無意識に指で触っていた。メッシーナ司教ヴァレッティの館で負傷した腕に、コンスタンティアが応急手当をしてくれたのだった。
つがいの小鳥が啄ばみあうような口づけを交わす二人の姿を前にして、忠実な騎士は少し寂しそうにも見えた。
「命令とはいえ、六年もずっと傍にいたわけだろ。こういう結末で良かったのかい?」
いつの間にか隣に来ていたリチャードから問われ、ロレンツォはゆっくりと頷いた。
「お二人とも、私の大切な人なのです。幸せになって頂きたい」
「そうかい。男は辛いね……」
秘められた心境を察したのか、リチャードはあえてそれ以上何も言わず、晴れやかな空を見上げた。
いつしか空は、抜けるように真っ青な色で染まっていた。
終章へ続きます




