序章 荒れる海
中世時代のシチリア王国を舞台にした、フィクション要素強めの大河ドラマ風歴史小説です。
登場人物は歴史上実在した人物ですが、エンタメとしてかなり脚色しており、史実とは一致しない部分が多々あります。
「ここ、史実と違ってる」的なツッコミはご容赦ください。物語はあくまでもファンタジーです。
夜の海上は荒れていた。
うねりを伴う高波が、大型帆船の側面へ叩きつけてくる。
マストが軋むほどの突風が吹き、船体が大きく上下に揺れた。
その直後、ひときわ強烈で激しい高波が打ち寄せた。ありえないほど急な角度で船が傾き、ゆっくりと元の位置に戻る。
奇妙な浮遊感の後、強烈に下へ叩きつけられる衝撃がきた。
私の腕を拘束していた海軍の兵士が、二人ともバランスを崩して倒れる。
不意の横揺れには慣れているはずの熟練した水夫達まで、甲板上で立っていられずに横転していた。波飛沫が全身を濡らす。
もちろん私も立ってはいられない。船縁を超えてくる激しい波と、斜めに吹きつける突風にさらされて気が遠くなりそうだ。
その時、私から引き離され、水兵に捕らわれて縄で縛られかかっていた彼が、猛然と立ち上がった。悪天候に襲われて動転している水兵の隙を見て殴り倒すと、甲板の床に転がっている船員を身軽に飛び越え、立ちはだかってくる海兵を次々と押しのけ、一心不乱に私のところまで駆けてくる。
私も彼も、降りしきる雨と波でびしょぬれだ。
「コンスタンティア!」
差し伸べられた彼の手を、私は迷わず掴んでいた。
力強く私の手首を引き寄せ、彼は船べりに向かって走り出した。
彼は私を抱き寄せると、さっきの砲撃で被弾した船縁の横穴から、迷うことなく荒れ狂う海面に向かって頭から飛び込んだ。
ごうごうと唸る風の音を感じながら、私は強く目を閉じた。彼の肩に顔を押しつけ、広い背中にぎゅっとしがみつく。
―この男と一緒なら、嵐の海に落ちるのだって怖くない。
死への恐怖よりも、私はむしろ、彼のたくましい両腕に抱かれて、安堵感に包まれていた。




