第八十五話「和栞さんが提案してきたゲーム(後編)」
あまあまな、あーん対決が始まります!!お楽しみください!
まずはじゃんけんで先行と後攻を決めることになった。
ゲームの性質上、皿の上のケーキを無くしてしまった方の負けなのだから、圧倒的に後攻が有利なはずだ。手数は少ないに越したことは無い。
「じゃーんけーん、ぽん!」
彼女の号令。チョキとパー。
運よく勝てた伊織。
「先行は君に譲るよ?」
「わかりました! ではっ!」
和栞は早速、匙を入れる場所を考え始めている。
「伊織君は男の子ですから、一口は大きいですもんねっ?」
和栞の視線が、伊織と皿の上のを行ったり来たりしながら、美しく仕上げられたケーキから、スプーンひと匙分の小さな塊を、皿の隅に作り始めた。
まるで彼女は、雪合戦の球を必死に握って作る子供のよう。
企んだ顔は手元をせかせかと動かす。
スポンジ部分を丁寧に整え、元の山の上に乗る生クリームを少量掬い取り一口ケーキに塗り、ケーキの上で一際大きな苺を乗せる。
その顔に見惚れている場合ではない伊織は、重大な後攻の欠陥に気が付いた。
(あれ……最初に食べるじゃん。俺……)
ゲームをしているときの彼女とのムードなんて頭になかった。
最初に「あーん待ち」させられる身としては、どう彼女の攻撃を受け流していけば良いものか。
下手に恥ずかしがると、彼女から小馬鹿にされそうだ。
攻撃を仕掛けてくる女の子は既に自分が惚れていると言っていい美少女。
こちらは完全に無防備な状態で一口頂かなければならない訳だ。
ちょっとした幸運をもたらされるだけ?
だが、その行為に頬が緩んでしまいそうで怖い。
「伊織くん?できましたよ?お口、開けてください」
彼女の言葉に従い、口を開ける。
口にケーキが入りきらないような粗相は、彼女がよそってくれたものを見る限りなさそうなので安心した。
全力で口を広げて待っている。
伊織は無意識に目を瞑った。
「伊織くん?目を閉じてどうするんですか?ちゃんと目をあわせてくれるまでお預けですよ?」
「ずるいなぁ」
視界が暗闇を抜けたかと思えば、右手に匙、左手を受け皿にして、顔の前で彼女が待っている。
「はい! あ~~ん」
なんとも甘い一口。
待っていた一口大より、良心的で小さく、食べやすい一口。
「美味しいですか?」
「うん」
甘い。
味覚どうこうではなく。
和栞が用意し、食べされてくれた鮮烈な一口が、伊織の脳や心を業火で燃やす。
「次は伊織君が、私に食べさせてくれる番ですよ?」
引いていった匙の奥に、楽しげな彼女の顔を発見する。
待て!を命じられた愛犬のよう。
ぶんぶんと振るしっぽ。可愛らしいお耳まで見える気がする。
居た堪れない思いでひるんでいては、これから繰り返していく攻防に勝てない。
伊織は無心で彼女に食べさせる一口を作り始めた。
「伊織君は私の一口サイズを知ってますからねぇ。まさか、女の子の口の周りが汚れちゃうようなことはしませんよねぇ?」
彼女はけん制してくる。
「そんな……まさかねぇ?」
一口目は勝敗に関わらず、和栞の食べやすい大きさにしてあげようと思っていた伊織は、丁寧に材料を取りそろえると、小さな一口を匙の上に乗せた。
「はい。できたよ?どうぞ?」
「わーい!ありがとっ!」
彼女が口を可愛らしく開けて待っている。
待ちきれなかったのか、自分からケーキを迎えに来て、ぱくり!とたいらげた。
「ん~~~!」
満足そうな彼女の顔を見る。
口に手を添えて租借する彼女の感想を待ってみる。
「美味しいっ! 果物、甘いねっ」
今、自分の手にしているものが彼女の口が触れた匙と思うと、妙な罪悪感が心に湧き上がった。
皿の隅に裏返しで音を立てないようにそっと寝かせて置く。
「次はどこら辺を食べたいですか?」
「お任せで」
「じゃあ次は大きな一口に挑戦しましょうっ!」
そういう彼女は、先ほどの一口の二倍はあろうかという量を仕込み始めている。
「大きな口を開けて食べないと零しちゃいますからね? 零したら反則負けですっ!」
「そんなルール聞いてないよ? まったくもう……」
楽しくなってきてしまっている彼女は、どんな声をかけても静止できなさそうだ。
ここはこの可愛い顔に免じて、呆れながらも素直に従っておく。
「はい! あ~~~~~ん」
和栞が伊織に大口を勧めながら、食べさせてあげる。
気持ちが前のめりらしい彼女は、開けなくてもいい自身の口をも、無意識に大きく開けながら満面の笑みだ。
愛嬌に拍車がかかる彼女の顔を見ながら一口で食らう。
伊織にかまけている暇はない。
次の一手を考えなければ……。
「次は何食べたい?」
彼女に聞く。
「そのブルーベリー食べたいですっ! ちょっと甘ったるいのでお口直しっ」
甘党の彼女も唸らせる甘味。
次はご所望のブルーベリーだけを掬い取り、彼女に与える。
「はい」
「うん!」
彼女が楽しそうにしていなければ、本当にただの罰ゲームに成り下がってしまいそうな光景も、この顔が見れるなら儲けもの。
でも、与え、与えられを繰り返すうちに感覚が麻痺してくる。
何回も自分に近づいてくる可愛らしい顔から眼を背けることはできず、ただひたすらに彼女の幸せそうな顔が拝めるこの時間。
悪い話じゃない。
だが、心を嬲ってくるのは罪の意識と背徳感。
彼女の顔が拳一つ分と匙の長さのその先に、何度も通うこの時間。
――和栞と伊織は、何度も何度も、お互いの口にケーキを運び続けた。
時に笑いに包まれ。
味覚の好奇心や、次の一口への期待を、互いに満たすように――
◇◆◇◆
「そろそろ作戦を考え始めなきゃ、最後の一口になってしまいますからね?」
伊織はじわじわと心に侵食してきた羞恥心を何とかはねのけ、和栞の言葉を丁寧に読み解くと、このゲームの勝機を察した。
最後に食べさせた側の負け。
つまりは、どんな小さな一口でも、相手に与え続けた者勝ちということ。
「俺は永遠負ける気がしないから、どちらかが折れなきゃこのゲームは終わらないよ?」
「と言いますと?」
伊織は得意げな和栞に一口、食べさせる。
「俺は皿の上に残った分量の半分を君に食べさせ続けるから」
口の中を空にした和栞は、匙を取り、一口を作る。
「じゃあ、私もその半分を伊織君に食べさせ続けます! はい。あ~ん」
彼女から貰う一口の大きさが、途端に心もとなくなる。
「それじゃ満足できないなぁ」
伊織は匙を取って。
最早、指先くらいになってしまったケーキの山から半分を掬い取る。
「はい」
おちょぼ口の和栞が、不満そうに口をつけたスプーンから、ケーキを攫って撤退していく。
「これ以上は食べ物で遊んじゃうことになりますからね? 今日のところは私の負けでいいですっ……」
「よっしゃ」
「じゃあ、最後の一口。どうぞ?」
良心が傷んだらしい彼女から最後の一口を受ける。
「これで俺の勝ちということで」
「いいもんっ……だぁ!」
充分に満たされた和栞に勝敗は関係なかった。
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(このエピソード、対決は、和栞さんが勝手に始めたので作者は、コラッ('ω')って顔です)




