第七十八話「和栞さんは可愛いと言ってもらいたい」
「楽しみ?……ですもんねっ」
私は彼の目を捕らえてしまいたくて、つい調子に乗った。
彼が突然聞いてきた、私の事。
アクセサリーを毎日、日替わりで使ってたことに気が付いてもらえてた。嬉しい。
ただそれだけで、あの日々も報われたような気がした。
きっと、入院中の過去の私が、今の楽しい毎日をプレゼントしてくれたんだと思う。
そんなことを考えた。
まさかこんな日々が来るなんて思ってなかった。
誰かに「可愛い」って言ってもらうことではなく、特定の人に「可愛い」って言ってもらうこと。
小さい頃から、挨拶の次に聞いてきた言葉。
褒めてもらうのは嬉しいことだけど、私に声をかけられたとき、咄嗟にどのように反応して良いか、困ったことがある。
その言葉には、人によって使い方に振り幅があるから。
「気軽に伝えてくれることも」あれば「勇気を出してやっと言えた」と思う人だっている。
その言葉を受けたときに、私は気軽に謙遜して否定することを辞めた。
私もそれに似合う努力はしてきたつもりだけど。
怠ってないけど。
誰に見せるわけでもない私自身の勝手な努力は、いつも誰かが見てくれている形になるけれど、伝えてくれた相手の言葉は、私やその人の記憶に残るだけで形にはならない。
だから私は甘んじて受け入れる。
私の気持ちよりも、相手の感性を大切にした方が、きっとその人だって嬉しいから。
――でも、今は、彼に「可愛い」って言ってもらいたい。
◇◆◇◆
「伊織君は好きな女性の髪形とかありますか?」
私は意を決して聞いてみる。
ショートカットだって言われたら、その時はその時。
「いきなりだ……」
「いきなりですよ? 次は私の質問に答えてくれる番です」
彼は渋い顔をしたけど、今は聞きたい。
「うーん。……長い髪が好き」
そんな気はしてたって言っちゃおうかと思ったけど……。
私の事を言ってくれているわけでは無いと思うけど……。
彼がすんなり、正直に答えてくれたことが意外だった。
「例えば、下ろしてるとか上げてるとか結ってるとか、色々あるでしょう?どんなのが好みですか?」
次のデートの時の参考にしたい。
待ちきれなくて……明日からその髪型にしちゃうかも……!
ロングには自信がある。
いつか、看護婦長さんが誉めてくれた。「その髪飾りたちもこんなに綺麗な黒髪の子に使えてもらって幸せだね」って。
その日から、大切にしてきた髪を、彼の好みに合わせて切る羽目にならなくて良かったって、まずは一安心。勝手に不安になって、勝手に喜んで……少し笑った。
彼の好みに近づくことが出来たら、いつかは……なんて、唯依さんの影響かな?
恋が叶った女の子の顔。可愛かったなぁ……。
「ポニーテールとか?」
良かった。これから、どんどん髪飾りが使える。
「高めなやつですか?低めなやつですか?」
でも、彼はヘアスタイルに少し疎いんだろうなって思った。
なるべく詳しく正確に彼の好みを聞き出したい。
「低いやつ。全部束ねるんじゃなくて、少しだけ束ねるやつ……って結構恥ずかしいな、これ」
欲しかった情報は全て伝えてくれた彼が、照れた顔で頬を搔いている。
私は直ぐに、イメージを汲み取るために携帯で検索をかける。
「伊織君。それはきっとハーフアップの事ですよね?」
私は彼に参考画像を見せてみる。
「そうそう。こういう雰囲気が好み……です」
図星の彼の顔を見て、髪形が決まった。研究しなきゃ。
服はまだ……秘密っ――
◇◆◇◆
とても恥ずかしい尋問が終わった。
自分の好きな髪形を彼女に吐き出せと言われ、ギブアンドテイクする。
こちらからの質問も、こちらへの質問も、どちらも自分に不利だったように思うのは、気のせいということにして、彼女の満足そうな笑みを眺める。
伊織と目が合った和栞はタイミングを見計らって、頭上の黒のシュシュを解いた。
和栞が首を揺らすことで、黒髪の蕾が花開く。
「ハーフアップっていうのは……ですね」
和栞は両耳の横、小指と薬指でサイドから垂れる髪の毛を絡め取る。
視線が奪われた。
彼女がさらりと始めてしまったヘアアレンジ。
まるで樹海に迷い込んだ自分が、森の妖精とかくれんぼして遊んでいるかのよう。息を飲む、潜める。
普段決して露わにならない和栞のうなじがちらっと見える。
首は細く、首筋の肌は雪化粧しているかのような、無垢な白。
整った彼女の艶やかな産毛も、いずれは綺麗な黒髪の川に合流するのだろうか。
「あんまりじろじろ見ないで下さいよ?」
ふふっっと笑いながら和栞は、髪を摘まむように形を整え、掴んでいた髪をゴムで縛る。
「簡単なものですけど、こんな感じ……です」
和栞が伊織にお披露目した。
「うん……似合ってる……」
心ここに在らずな伊織は感想を漏らした。
「他にも、編み込んだり、ねじったり、いろんなバリエーションがあるんですっ」
よく全体を見せてくれようとする彼女が、健気に左右を向きながら見せてくる。
「気品が出ますね、お嬢さん」
「あらあら、気品を感じてしまわれますか。困ったものですわねぇ……」
今にも扇子を構え、「おーっほっほ」と言いたげな彼女がくすくす笑う。
「でも、良いの?こんなに可愛いらしい髪飾りが沢山あるのに、今使ったのってヘアゴムだけだよね?」
「いいんですよ、今はこれでっ。今後の私を楽しみにしててくださいね?」
まさかヘアアレンジの中に、髪飾りを使うものが多分に含まれることを、この時の伊織は知らなかった。
お読みいただきありがとうございました。
ブックマークとpt付与・評価にて作品の応援をお願いします。
執筆の励みになります!
本話から「読みやすさ」と「読みごたえ」を意識して、投稿してます。
縦原稿からWebの横原稿にするのって奥深いです。
二人の雰囲気も皆様にお伝えしたいし。
そして、わたしから言えることはただ一つ。
「和栞さん、伊織くん、もう付き合っちゃえよっ!!!!( ;∀;)」
次話更新は明日を予定しております!




