第七十七話「和栞さんの髪飾りの秘密(下)」
「わたし、中学二年生の頃に、半年間入院したことがあって。その時にこれを全部作ったんです」
和栞は昔を懐かしむようにゆっくりと話を始めた。
「過ぎてみれば身体の調子を気遣うことがないようなことなので、過度な心配しちゃ嫌ですからね?」
明るく話を続ける彼女から言われる。
前にもこんなことあった。
儚くも美しくある、されど明るくて周囲に華やかな印象を植え付ける彼女だから、今の姿からは病弱な様子など伺えない。
本人にも気にしないで下さいと言われるたびに、イメージが結びつかないので、彼女の床に臥せっている姿は、頭の中から直ぐに追い出すことができる。彼女の過ぎ去った体験談。
「うん。元気いいからね。気にしてない」
「ありがとうございますっ」
この笑顔を見て、過剰な心配を向けてしまうことは彼女にとって、過去を引きずるようで、嬉しい話じゃないだろう。
「その時に、私は毎日毎日、良くわからない検査入院とかで暇になってたんです。いつ、学校へ戻れるようになるかわからなかったので、授業に追いつけるように自分で勉強していたんですが、それでも暇で、暇で……」
半年間も自学に励める中学二年生の女の子という事実に仰天してしまうが、彼女がストイックに目標を掲げて、達成していく姿を見ていると腑に落ちた。
「そんなときに、病室に看護婦長さんが訪ねてきてくれたんです」
彼女が順序良く説明してくれるので聞き入った。
伊織は相槌のみにして、和栞を見ている。
「看護婦長さんは私を見て、いつもどんなことをして過ごしているのか、勉強でわからないことがないかとか、治ったら何がしたいかとか。沢山、お話し相手になっていただきました」
彼女が手元の髪留めから、ひとつを取り出す。
リボン基調の簡素な白色のもの。
「度々、病室に遊びに来てくれるようになった看護婦長さんは、ある時、私にこれをプレゼントしてくれたんですよ」
大切そうに両手で包んだ髪留め。
和栞は優しい顔で手元を見つめている。
この眼差しには覚えがあった。
彼女が何かに思いを馳せているときの視線。柔らかな笑み。
「私が受け取ったときに、すごく可愛らしくて、すぐにお気に入りになって。その時に看護婦長さんの趣味で作ったものだと教えてくれました」
「うん」
「私がこんな可愛らしいものを自分で作れるんですか?って聞いたら、意外と簡単なのよ?って。暇をしている私を知った彼女が、次の日に材料をもって病室にまた遊びに来てくれました」
伊織は和栞が話してくれる昔話を鮮明に想像できた。
「彼女が趣味にしているハンドメイドで布の切れ端が余っちゃうからって、布の端材をたくさんくれて、作り方を教わって。自分で作るようになってから、私の作品を見に来ては褒めてくれて。今日はこんなのを作ってみましたって見せるたびに楽しくなってきてですね……。気が付いたら、こんなにたくさんできちゃいました」
それでこんなに出来上がるとは、余程楽しかったに違いないと思った。
「今では近況を報告できる私の大切なお友達です。ちゃんちゃん」
彼女が紙芝居のように昔話を締めくくる。
「看護婦長も、こんなに出来のいい弟子が出来て嬉しいと思うよ」
「そうだったら嬉しいですね」
彼女は、大切に箱の中に思い出の品をしまい込んだ。
「入院しているときに、元気になったらオシャレを楽しまなきゃねって笑う彼女の笑顔に救われました。直ぐに使うのはなんか恥ずかしくて。でも、一つずつ大切に使ってあげないと……と思って、この春から毎日日替わりで髪留めには頑張ってもらっていますっ」
向日葵のような笑顔を咲かせる和栞は、伊織にそのまま、一箱手渡した。
箱の中を眺めてみる。
春から度々、目に留まったものがチラホラ見て取れた。
じっと目を凝らして観察してみる。
「あんまりじろじろ見ないで下さいよ? 最初にできたものは縫い目に自信がないのでっ」
照れくさそうに言ってくる彼女から温かい雰囲気が漂った。
「どれを着けても似合ってたし、気が付かないから大丈夫だって」
「じゃあ、今度から出来の心配は忘れることにします!」
「そうするといいよ」
「ごめんね。あまり面白い話じゃないから……」
「いや、少しでも君の事が知れたから嬉しかったよ?俺は」
他の友人たちより濃い交友関係を持つ和栞に対して、もちろん出会ってまだ数カ月しか経たない中、知らないことを教えてくれるこの穏やかなひと時。
彼女と交際するなら、このような日々が増えていくのだろうかと、勝手に思った。
司から唯依と上手くいった話を聞いた影響だろうか。
でも、彼女に勝手に好意を寄せている自分なので、言葉にするにもおこがましい気がした。
「伊織君ってやっぱり人の事を良く見てますよね?普通、気が付かないですよ?」
「気が付くでしょ」
「楽しみ?……ですもんねっ」
ここは心温まる昔話に免じて、和栞の揶揄いを何食わぬ顔でやり過ごすことにした伊織であった。
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