第七十六話「和栞さんの髪飾りの秘密(上)」
ゲリラ更新すみません!
和栞さんが秘密を教えてくれるらしいです……。ぜひお楽しみください!
今日は自宅にいるというのに、カチューシャ姿ではない和栞のヘアスタイルに目が留まる伊織。
彼女は決まって家では髪を下ろしているが、今日は昼間に学校で見かけたままの黒いレース素材のシュシュを使って、ポニーテール。
いつの日か見たことある種類のシュシュと色違いのものだろうか。
「前から気になっていたことがあるんだけど、聞いてみてもいい?」
「どうしたんですか? あらたまって……」
「いや、気軽に聞いてみたいんだけど」
「何なりとどうぞ? 私は伊織君に私の事を知ってほしいのでっ」
キラキラとしたワードが出てきたなと思ったが、大きな期待はせずに居ておく。
誰にだってこのくらいのご機嫌は向けてしまう彼女だから。
「君はその髪留めって、何種類くらい持ってるの?」
視線を彼女の綺麗な瞳から逸らして、彼女の後頭部。
黒のシュシュを見やる。
「ん? これですか??」
和栞は顔を向かって右に傾けると、黒の長髪を強調するように斜め右上の方を向いている。
視線を上向けたところで彼女の視界に入るはずはないのだが、仕草が可愛らしいので正直困った。
女性の綺麗な髪にいちいち煽情的な気分にさせられていては、この身体が持たないが。
「そう。それ」
「伊織君は何種類くらい私が持ってると思います?」
逆に質問が返ってくるなんてことは考えてもみなかった。
いや、負けず嫌いがチラつく彼女だから、この得意げな顔にも納得は行くのだが。
「うーん。六十種類くらい?少なくとも、同じものは見かけないような気がしてるし」
「見ててくれたの!?」
和栞は前のめりに、伊織に向かって驚きを示した。
今日はラグの上にぺたんと女の子座りする彼女とほぼ同じ目線。自分もリビングの床のラグに胡坐をかいて座っている。
彼女から逃げるように視線を逸らした先には、視界にすらりとした彼女の脚が見えるので、逃げ道が狭い。安易に下を向いてはいけない気がしていたからだ。
「うん。目に入るというか、視界にあるというか」
「嫌でも目に入るってことですねーっ!!」
穏やかな性格の彼女が珍しくテンションが高いし、今日は情報量が多い。
ぷくっと膨らませた彼女の頬。
ぷんぷんっと聞こえてきそうな吊り上がった目。
普段、怒りを露わにしない和栞が見せる表情が新鮮で、どこまでもいつまでも眺めていたくなる全く威厳のないお顔が、伊織の心を刺す。
「嫌でも見えるなんて思ってないって。今日は何かなーって気になってる」
「晩御飯みたいに言わないでくださいよっ!」
和栞から蒸気が噴出して、伊織はあらぬ誤解を招いてしまったことを一刻も早く訂正したい。
だが、じっくり話を聞いてくれる和栞だから、今はこの少し不貞腐れたような表情に変わる瞬間を楽しむのも悪くない。
「まあ、ご飯に変わりはないかも……」
スッと口から出てきてしまった言葉の本来の意味が、的確に本人に伝わるのだろうか。
いつもごちそうさまです、とでも言おうかと思ったが、勘のいい彼女にでさえも、いつも目を愉しませてくれてるよ、なんて伝わらないだろうなと思った。
「お腹空いてるんですか?何か作りましょうか?」
このままおいそれとお願いしますというと、今にもキッチンに立って晩御飯の準備を始めてくれそうだが、流石に申し訳ない。
「気持ちは嬉しいのだけれどもね。……八十種類くらい?」
伊織は話を本筋に戻す。
「見てみますか?」
「見せてくれるの?」
気になるところではある。
「見せて減るものではないでしょう?」
「いや、その考えは間違ってるよ?楽しみが減る……とでも言っとこうか」
あからさまに彼女がもじもじと恥ずかしがるので、こちらとしても心の内を明かしてしまったようで少し焦った。
ゴホンと一つ喉を鳴らす。
「いや、見せてよ。気軽に言っていいものなのかわからないけど、楽しそうだし」
にぱっと明るくなった彼女が返事無しに立つと、自室の方へ消えていった。
直ぐにプラスチックの箱のようなものを何箱か抱えて、ソファに戻ってくると、テーブルの上に箱を並べた。
箱には蓋がされていたが、薄らとぼやけて中のものが見える半透明なもの。
「これが私のコレクション?です!」
目視で数えても、箱は五箱。
彼女がその中の一箱を手に取ると蓋を開ける。
「これは春から使ってきたものが詰まってるので、伊織君の目にも触れているかもしれませんね」
「それ以外は?」
「これから使っていく、伊織君の楽しみを減らしてしまうものです!」
さっきまで恥ずかしがっていた彼女が、今度は誇らしげで馬鹿にしてくるので、弄んできていることが少しだけ悔しい。
本題はそこにはないので、今回もご馳走様でしたをこっそり、心の中で合掌する。
「すごい……」
彼女の手の中で整頓された髪留めは、縦五個、横六個に仕切られており、その種類や色、素材もまちまちで宝箱のよう。
「これがあと四箱ってことは、百五十個?」
「そう。沢山っ」
嬉しそうに一つ一つを眺めている彼女が印象的だった。でも、なぜこんなに持っているのか、女の子であればこれが普通なのだろうか。
「みんなこのくらい持ってるの?多いように思うけど」
うーんと考え込む彼女が教えてくれた。
「多分、私は珍しい方だと思います」
「へえ。集めるの大変だったでしょ。高そうだし」
細やかな装飾が施されたものもあるのだ。
とても買い集めるには相当な値段が掛かるはずなので、彼女の趣味の一つなのかなと思った。
「これはですね……ほとんど私がハンドメイドしたものなんですよ」
「え!?」
「私が作ったんです!」
「いや、それはわかるんだけど、こんなに?」
机の上に並べられているものも含めると、とても毎日使っていたとしても、一年で二周程度がいいところの量を彼女は手作りしたらしい。
「そうですっ」
「ご飯も作れて、小物も作れる。何でもできる……」
「時間があったので、ゆっくり作っていったんです」
コレクションの中から桃色のシュシュを手に取った彼女が含みを持って言う。
見つめては嬉しそうな和栞。
「これはですね。……私が入院していたころに作ったものなんですよ」
「中学生の時だっけ?」
彼女が前に話してくれたことを思い出す。
「覚えていてくれたんですね?」
当時、彼女の事を何も知らないうちに聞いた話だったが、今の元気いっぱいの彼女から想像もつかない話だったので、記憶にこびりついている。
「良かったら、制作秘話を聞かせてよ。その顔を見てると、悲しい話じゃないんでしょ?」
「えへへ。バレちゃいましたか。いいですよ。伊織君に特別に教えてあげます。特別ですよ?」
「うん」
彼女が話し始めたのは、中学二年生の時の頃の、明るい昔話だった。
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(「和栞さんの髪飾りの秘密」に関しまして、上下編で掲載予定です)
次話更新は明日を予定しております。




