第七十四話「悪友からの嬉しい便り」
嬉しいご報告!!!
「伊織。おはよ」
「うっす」
伊織が登校して、自分の席に着くなり、先に教室で暇を持て余した司が寄ってきた。
「聞いてくれよ」
「おう」
そういえば今日は雨だったので、おそらく千夏と一緒に登校したのだろうか。
最近元気がなかった顔が、今日はうるさいように感じる。
少しでも元気にしてもらえたのなら、それで良かったのだが、朝一番で話題にしてくるのは司にとっても相当なことなのだろうなと思った。
周りを確認した司が下を向いて小声で喋りかけてくる。
どうやらこっそり話したいらしい。
「また千夏さんの事か?」
「そうなんだけどさ」
伊織がちらっと辺りを確認したが、珍しく教室に千夏の姿はなかった。
「本人居ないから堂々と話せよ。気持ちわりぃな……」
「本人には聞かれてもいいけど、周りには聞かれたくないなと思って……」
司の様子がおかしい。
「なんだよ?」
勿体ぶるなと言ってやろうと思ったが、朝の朝礼が始まるまでは、やることもなく、時間を持て余しているので、耳だけ傾けてラジオ感覚に聞き流す準備をして窓の外の景色でも眺めておく。
「つ……あうことになった」
口をパクパクさせて話始めた司の喉からは声が出ていない。
「は?なんて?」
耳元で司が喉を鳴らす音が鳴る。
「付き合うことになった」
擦れた声が届く。
さすがに話を掘り起こさない訳にはいられなかった。
「マジ?」
「大マジ……」
伊織の目が見開く。
耳を傾けていただけだったので、顔を引き、瞬時に司の表情を見ると喜びに満ちた笑顔がそこにあった。
「おめでとう。やったな」
「やったわ、俺」
これまで聞かされ続けてきた司の恋にようやく来た春。
自分事のように嬉しくなってくる。
喜びの衝動をどう表そうかと一瞬、頭にハグが過ったのはきっと、千夏の振る舞いを頭の隅に覚えていたせい。
流石に朝から教室内で、抱き合う男子が二人いる友人たちの身にもなって、冷静にグーを出す。
司から元気よくグーが飛んで、返ってくる。
自分の中指に、司の折れ曲がった第二関節が勢いよくぶつかってきて、痛みを感じるほどだったが、今日の強めのグータッチは大目に見ておこうと思った。
これだけ想っていた人に振り向いてもらえた朝なのだ。野暮なことは聞かずに司のあれこれ相槌で聞いていく。その間、司は身振り手振りを交えながら幸せを漏らしていた。
四回目の告白をしたこと。
彼女から付き合ってみようと言われたこと。
朝からずぶ濡れになって、今着ている制服は本日二着目だということ。
名前で呼び合うようになったこと。
皆に隠すつもりはないけど、秘密にしておこうとなったこと。
伊織の脳裏に浮かんできたちょっとした違和感。
「千夏さんは秘密にしようといったんだろ?滅茶苦茶話してくれてない?大丈夫なの?」
「だから聞かれないようにって思ったんだって。伊織には気にかけて貰ってたわけだし許してくれると思う。唯依も……」
少し恥ずかしそうに自分の彼女の名前を口にした司の様子に笑えた。
「なんか、下の名前で呼んでるの新鮮だな」
悪意たっぷりに笑っておく。
「まだちょっと恥ずかしいんだから、話題にしないでくれよ」
「自慢話を聞かせられているこっちの身にもなってくれ。そのくらい今日は許してやるけどさ」
「ありがとな、心の友よ」
「これから夏休みだし、前言ってた通り、目標達成じゃん」
「初彼女と過ごす夏休みはきっと楽しいだろうな。伊織も彼女作れよ?」
「初日から知った口きいてんな。そういうところだぞ?千夏さんに愛想尽かされないようにな」
「今の俺は痛くもかゆくもありませーん」
ほぼ無敵状態の司が明るく返してきた。
とりあえず、怪我で元気のなかった司の心の回復が出来てよかった。元気になり過ぎているのは否めないが。
◇◆◇◆
(四度目の正直かぁ……覚えておこう)
授業中にふと思い出した事実。
司はこれまでに幾度となく千夏に告白を重ねていたが、まさかあの千夏本人から本当に承諾が出てしまうとは、人間の色恋は思ってもみないことが起きるものだなと、校舎の外をぼんやりと眺めながら思った。
自分は司の状況を間近に見ていて、叶わない恋をするべきではないという考えに至ってしまっていたが、この数カ月で、人を好きになるという感情に気が付くことができている。
伊織の目と鼻の先。
月待和栞に芽生えてしまった伊織の気持ち。
本人は自分の事をどう思っているのだろうと最近までは消極的な気持ちを抱えていたが、彼女の天真爛漫で明け透けない態度を見ていると、少しくらい自分で彼女と能動的に接してみてもいいのではないかと自信が湧いてきた。
もう、彼女にも想われている可能性があるのではないか……と。
そんな調子のいい願望は建前で、本音は彼女と普通の日常を過ごす中で、自分の彼女に対する無視できない気持ちがどんどん大きくなって今にも破裂しそうなこと。
もっと知りたい。彼女の尊敬できる考え方は自分を成長させてくれる。
同じ時間を過ごしていたい。彼女のひたむきで目標をひとつずつ達成していく姿に感化される。
笑顔で笑っていてほしい。彼女の笑顔が何より、自分を励ましてくれるし、自分の考え方を変えてくれるきっかけになった。
彼女には元気で居てほしい。少し日常が崩れただけで、心配で押しつぶされそうになった春の連休明け。
悪友の成功事例を前に、もう言い逃れはできない――
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