第七十一話「唯依の雨の日(二日目)」
物語の根幹です。お楽しみください!
のんちゃんは友達思いだ。
私が元気なく思ったらしく、すぐに励ましてくれた。
冬川を見る私の目に不安が溢れていたようで、少し恥ずかしかった。なるべく表に出ないように思っていたけど、そうはできていなかったみたい。
けど、まさかのんちゃんがあんなことを言い出すなんて思ってなかったから、私も頑張ろうと思えた。
のんちゃんは、白状した。
◇◆◇◆
「私ね。南波君のこと、好きなの」
「え??? ちょっと、え???」
「はい。私は唯依さんと秘密を一つ作りました。勇気を出したんだから、唯依さんも頑張って」
和栞が真っすぐに千夏を見る。
全く想像にもしていなかったし、そんな素振りも今まで一度もなかったから余計驚いた。そして、あまりにも意思の籠った言葉だったし、彼女は恥ずかしがってすらいない。
「誰にも言わないでねっ」
和栞はそう千夏に言い残すと目を伏せて、耳を真っ赤にして俯いた。
次第に力が入っていく和栞の身体は震えだしている。
「のんちゃん、今のって本当?」
「そうだよ。私は南波君のことが好きなの」
「っ……! びっくりしたぁ……」
「唯依さんが秘密を守ってくれるのは見ていればわかるし、ちょっとだけ楽になりたかったんだ」
和栞は恥ずかしそうに千夏に伝える。
居ても立っても居られなくなった。早くこの子をとっ捕まえなければ心が苦しい。
そう思った時には、自然と身体はのんちゃんを前から抱いて、放そうとしなかった。
のんちゃんの匂いがする。甘い香り。
いつもこんな瞬間だけ独り占めできて落ち着く。花のような香り。
でも、これからは独り占めするのも申し訳ないなと思ってしまった。友達の恋が芽吹いているのを知ったから。
「のんちゃんは隠すのが上手すぎるよ……。ありがとね」
「うん。私も頑張るから、唯依さんも頑張ってね」
いつもより強く抱きしめた身体の熱に、心は励まされた。
◇◆◇◆
今日はこの前に比べて心が楽だ。
何も考えずに和栞の言葉に従って行動した一日目。
冬川を待っていた約十分間は心臓が飛び出るくらいに緊張していたが、少しだけ今までの自分と決別して前に踏み出せたことを自分で誉めてあげたい。
彼から「助かった」と聞いた時は、行動に移してよかったと素直に思えた。
でも、何か関係性が進展したわけでもなければ、本当に力になれているのか不安だった。
だから、昨日の晩。
メッセージで「二回目が必要なこと」が本当に嬉しかった。
ガチャっと彼の家の扉が開いた。
「おはよ」
彼の方を振り向いて朝の挨拶をする。いつも通りにできているか心配だった。
「おはよ。おねがいします」
普段、敬語なんて使わないじゃんって思ったけど、そんな余裕は彼の顔を見ると、一気になくなった。
「んっ」
口を広げるでもない噤んだままの千夏が喉から声を出し、司の傘を受け取る。
千夏は自分の傘を畳む。受け取った大きな傘をばさりと広げ、相手を待った。
「おじゃましまーす」
今一番元気になってほしくて、笑顔で居てほしい彼なのだ。おじゃまなんか思うはずがない。
傘に入ってきた彼に合わせて傘を高く持つ。
ちょっと意識して高さを保ってないと、自分が楽な高さまで傘が下がってしまう。それでは彼が入れない。相合傘は嬉しいけど、考えることが沢山あるんだなぁと思った一日目の反省。
「濡れてない?大丈夫?」
何か我慢してないかな?と思って声をかける。
「大丈夫。ありがと」
大丈夫そうだ。良かった。
「いこっか」
今日は自然に振舞えたらいいなと思った。
◇◆◇◆
歩き始めたからといって雨足が弱まるなんてことはない。今止んでもらっても自分が困るから、このまましとしと。気が済むまで空には泣いていてほしい。
ちらっと彼の方を確認する。
濡れていてもはっきりと言ってくれない優しさを私は知っている。
でも、彼の左側が濡れてしまうのだけは避けてあげたかった。じめじめした天気で、替えの利かない包帯やギブスが湿ってしまうと彼が一日中嫌な思いをすると想像して、可哀そうに思えたから。人のことを思って行動する。のんちゃんに教えてもらったこと。
「頭が濡れないようにしてくれればそれだけで十分だって。それより何かないの?面白い話」
(また……だ)
からっと笑って、こっちの気持ちもお見通しなんだろうなと思うと恥ずかしい。でも、この羞恥心まで見透かされると、ちょっと馬鹿にされそうで悔しい。
自分から話題を拾っても良かったが、絶対彼の方が面白い話を持っているに決まってる。私の話なんかより、今は彼の話が聞きたい。
「そういうのはあんたの方が持ってるでしょ?何かないの?」
「昨日さ、思い出したんだよね。覚えてる?あれ」
司が指さす先は公園。
(あの鉄棒……。小学校の時に一回だけ使ったっきり。いや、私は見てただけ……だけど)
指さした先を見た千夏が数回、頷いた。
「あんたが前回り失敗した鉄棒」
少し笑ってしまった。あの時の彼はまるでこの前、のんちゃんが見せてくれたペン回しのペンのように吹っ飛んでいったからだ。
「そう。めっちゃ思い出した」
「私も人間ってあんなに勢いよく回れるんだってびっくりしたんだから」
記憶にこびりついている。今だから笑えるけど、当時は本当に鉄棒から落ちた彼を心配した。
「あの時だったんだよなー。千夏のことを好きって初めて思ったの」
「え?」
(そうだったの?そんなこと一度も聞いたことない。今初めて聞いた……)
「いやさ。絆創膏なんて普通持ってないんだよ、男って」
「うん」
「だから、スッと絆創膏が出てきた時に驚いたんだよ。俺はそっちの方が思い出に残ってるけど」
「へぇ」
司から視線を外して千夏が前を向く。
好きになった瞬間なんて聞くと、もっと気持ちが抑えられなくなりそうで目をそらしてしまった。
「で。今も好きだなぁって思ったって話」
心が高鳴った。
今も彼は、私のことを好きでいてくれているんだ。
あんなに何回も断った私のことをずっと、ずっと。
もう迷わなくてもいいのかな。
「何これ。私は告白されてるの?」
冷たく聞こえたかもしれないけど、最後にもう一回だけ聞きたかった。
彼がふざけていってるんじゃないか、少しだけ怖かった。
けど、そんなことを彼はしないことも知っている。
「いや。伝えとかないと色褪せるかなと思って。忘れられないように定期宣言だな」
彼の顔が見えない。
いや違う。
彼の顔が見れないんだ。
勿体ないなぁ。
最後の告白の顔が見れないなんて。
でも、もう欲張ってもいいんだよね。
「ちゃんと目を見て言ってくれない?」
もう一度。あなたの顔が見たいから。
「え?」
変だよね。
ごめんね。
でも、付き合ってよ。
最後にもう一回だけ。
「今の言葉。やり直して」
この言葉の後に私も言ってみよう。
本当の事。
「お前の事、好き」
いつも見つめることのない彼の目と真剣な言葉に撃ち抜かれた。
思わず、歩いていたことも忘れて立ち止まってしまった。
嬉しい。
ありがとう。
「じゃぁさ……付き合ってみよっか……。わたしたち」
言えた。
ちゃんと言えたよ――
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