第六十九話「和栞さん版あっち向いてほい!」
「では、試験を頑張るためにもデートの場所を決めましょう」
ちょっと余所余所しく話を始める彼女は、視線を全く合わせてくれない。
「君が行きたいところでいいよ?」
「そういう言い方は、優しいのが伝わって嬉しいんですけど、女性……他の女性に嫌われちゃいますよ? 投げやりだって」
和栞は言い淀んで伊織に軽く説教をした。
「じゃあ、君が行きたいところに行きたいということで……。」
彼女と過ごせるのであればどんな場所に赴いたって楽しめるに違いない。この自分の前向きな心が伝われば嬉しいのだが、女性に掛ける言葉としては不適切だったようだ。
「うーん。私も伊織君が行きたいところに行きたかったんですよ。何が好きかも知らないですから」
彼女が自分の好みに合わせてくれようとしているが、自分だって彼女が何が好きでどんなことに楽しいと感じ、笑ってくれるのか気になる。
「これも勝負で決めましょう。どちらがデートの場所を決めるかっ! じゃんけんではありませんよ! そっけないので!」
この顔は既に悪いことを思いついてしまっている顔だ。
彼女との交流が始まって早二か月ちょっと。この顔のレパートリーを知っている。
普段、物腰柔らかな和栞が目を細めて何か企んでいる様子に伊織は警戒を示した。
軽く勝敗を決めるつもりはないらしい彼女に釘をさしておく。
「完全に運ゲーでお願いしたい」
運が絡んでしまえば勝敗はわからない。
「じゃあ、あっち向いてほいで!」
可愛らしい勝負を仕掛けられたようだ。
「構わないけど、この場合、勝った方が場所を決めるっていうこと?」
念のため和栞に予め、勝負のレギュレーションを確かめておく。このまま、主導権を彼女に握られっぱなしだと思うつぼだ。
「勝った方が、どうするかまで決めましょう。その方が盛り上がります。それとあっち向いてほいのルールは自由です!」
「ルールが自由って、二分の一で勝敗が決まって、四分の一で決着がつくアレでしょ?」
「そうです。でも、なんでもありです」
何か企みが見えればいいが、彼女の笑顔の根源を掴み切れない。大きくルールから逸脱するようなこともないだろうが。
安易な考えで伊織は勝負に臨むことにした。
「じゃあ、真剣勝負です。伊織君、座ってください」
「はい」
伊織は、リビングで和栞とラグの上に正座で向かい合う。
こんな小さな勝負だって彼女は満面の笑みなのだから本当に健気で呆けてしまう。その笑顔がどれだけこちらの戦意喪失に一役買っているかは知らずに。
和栞が右手を突き出す。伊織も彼女に習って、じゃんけんの手役を想像した。
(男は黙って拳で勝負だ……)
「じゃあ、行きますよ~!」
和栞が音頭を取る。
「さぁーいしょは、ぐー! じゃーんけーん、ぽい!!」
伊織は心に決めていたグーを突き出すと、和栞から出てきた小さなパーに敗北を悟った。
次の瞬間。
和栞が間髪入れずに、こちらに近づいてくる。
すべてが静止画のような目の前の光景。
彼女の両手が伸びてきて、自分の両頬に添えられた。
彼女と顔の距離が格段に近い。
(長いまつ毛……綺麗な瞳だなぁ)
呆けたときにはもう遅かった。
「あっちむいて~~~、ほい!!」
優しく力が入った両手、無邪気な笑顔が、首を左に曲げてきた。
「あの~……」
「ん?何ですか?伊織君」
「これは俺が負けたの?」
「負けました!」
なおも頬に触れる手が頬を軽くフニフニと押してくる。
「流石に強引すぎやしませんかね?」
「でも、じゃんけんには私が勝ったし、私の勝ちってことでっ!」
爛漫という言葉はどうやらこういう時に使うらしい。目の前の天使のような笑みが咲き乱れていて、反抗する気分が削がれていく。
なおも、肌に触れる彼女の手に頬が弄ばれているのだから居た堪れない。
「わかったから、勘弁してください」
いくばくか悪い気はしなかったが、頬に熱が集まってくるのがわかったので逃げるように彼女の手を振りほどいた。
「じゃあ、伊織君がデートの場所を決めるということでお願いしますねっ」
「強引だぁ……」
心の声を漏らす伊織に、和栞は次の言葉を待っている。
「そうだなぁ……」
負けてしまったらしいのだから仕方ない。それに、彼女も自分が決めた場所に文句なくついて来てくれるというつもりでいるのだから、意固地になっていても仕方ない。
冷静になって考えてみる。
もちろん日帰りできる場所。でも、この街で遊ぶというより、まだよく知らない場所に行ってみたいなという気持ちがふと、湧きあがった。
「君の実家の方に行ってみたいかも」
口から迷いなくスッと出た。
彼女は自分の言葉を聞くと、少し驚いた様子だった。
「本当に伊織君の行きたいところ?」
「うん。あんまり行ったことないし、君とまわるなら楽しめそう」
自分でも何の恥ずかしげもなくよくこんな言葉が出たなと思った。でも、きっと彼女とまわる見知らぬ街は沢山の発見があるだろうし、今も胸が想像するだけで躍っている。
「いいですよ!私が案内して、伊織君を満足させてみせます!!」
「気を張らないでいいよ。のんびり歩き回るだけでもいいからさ」
気合を入れてくれそうな彼女の様子に、気を遣ってほしくないと思ったので言葉にして伝えておく。きっと一緒に歩くだけで、自分は沢山の彼女を知ることができて嬉しいのだから。
「じゃあ、私が実家に帰るときに合わせてデートするのはどうですか?」
「それならどこかの土曜日に二人で移動して、現地で解散がいいかも」
「解散しちゃうんですか?そのまま私の実家でゆっくりしてもらっても構わないですよ?きっとお母さんも妹も喜んでくれると思いますけど」
「流石にお泊りはマズいって……。なんかこう……世間体的に……」
「何を気にしてしまうっていうんですか!もう!」
ぺしっと太ももに抗議の手が飛んできたが、痛くも痒くもない。
「まあ、伊織君の気持ちはわからなくもないので、強くは言いませんが……。今度落ち着いて家族に紹介させてくださいね?約束ですよ?」
いつものように、彼女の小指が立っている。
家族に挨拶とはこれ如何にと思った。お嬢さんを僕にくださいとでも言えばいいのだろうか。
流石にまだ早いし、そんな関係でもない。それに「ください」って表現もしっくりこないなぁと思いながら、彼女と小指を結んでおいた。
和栞が伊織と指切りしながら口を開く。
「私、実は興味のあることがあって、伊織君。それに付き合ってもらえませんか?」
「君の街で?」
「はい。でも、伊織君が興味あるのかわかりませんし、でも家族とも行ったことなくて……」
妙に考えが纏まらない様子なのか、気を遣われている気も同時にした。
「言ってごらんなさい」
彼女が興味があるというので自分も知りたいところだ。
「私、ドームで一度、野球を見てみたいんです」
意外な言葉だった。正直、こんな少女が応援スタンドに居る様子が全くと言っていいほど想像ができない。
「意外だね。いいよ。行ってみよ」
「本当!? 嬉しい! いい思い出になりそう!」
「勝てばいいけどねぇ」
もちろん、言葉にしなくとも御贔屓にしたいチームは、この県にホームグラウンドを構える鷹がモチーフの黄色のチームだ。県民ならみんなそう。「今日は勝った?」でどこでも話が通じるのだから。
「じゃあ、まずは期末考査頑張りましょう!」
「そうだね」
彼女の嬉しそうな顔が自分も嬉しかった。
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次話更新は明日を予定しております。




