第六十八話「期末考査のご褒美決め」
「伊織君。期末考査も勝負しましょうよ」
元気な顔で宣戦布告してきた和栞は自信に満ち溢れていた。
かねてから特待生として勉学に励む彼女だ。しかも、実際に今回の中間考査では学年トップの成績を修めており今更、驚きはしないこのお顔、今日この頃。
「負け試合もいいところ。お手合わせは勘弁願いたいのですけれども……」
予め負けるとわかっている試合に臨むのは勇気でもなく、無謀だということを彼女は知らないのだろうか。
「今回の勝負は最初にご褒美を決めてというのはどうでしょうか?」
その光景は差し詰め、「和栞の考える人」だ。
顎に手を添え、今思いついたであろうご褒美を企画してきた。
「人間って言うのはご褒美に弱い生き物なんだよなぁ」
「ふふっ。その様子だと賛成と取って構いませんね?」
「でも、ご褒美のレアリティが上がるよ?その……。一度与えられた褒美より高いものを望んでしまうのが人間の悲しいところでしょ?」
以前は棚から牡丹餅、和栞からクッキー。
試験勉強中に久しぶりに焼いてみたという手作りのクッキーを頂いてしまっている。
これ以上、ご褒美の希少価値が高まると後戻りできない気がしないでもない。
「あら。伊織君は何をご所望ですか?」
多分、こちらが跳ね上げる希少度合いを知ってこの顔を向けてきている。
「どうだろ。特別嬉しいこととか」
「伊織君は何をすると喜んでくれますか?」
今なら何でも願いを叶えてくれそうな気配がある。恐ろしい。
「なんでも願いを一つ叶えてあげますよ。和栞ちゃんにお任せください!」
胸に手を当て、得意げな表情を作っているのが愛らしい。
ここは遠慮せず、彼女との未来を行く道を走ってもよいのだろうか。そんなことを考えた。
「なんでもは無理でしょう。危ないって」
「わっ!危ないことをお考えなのですねっ!」
次は両手を口の前に当て、驚きを示している和栞。
表情がコロコロと変わるこの状況に居合わせているだけでも自分にとってはご褒美以外の何物でもないのだが。
「その意味がわかるので?」
「男子高校生ですもん。少しくらいなら、欲望に身を任せてもいいような気がしますが?」
とんでもない言葉が返ってきた。
(何?欲望?……そんなものは溢れているけども……)
「危ない言葉でおちょくるものじゃありません」
「おちょくってなんかないですよ。何か、望みは無いのですか。男の子でしょう?」
頭を抱えたが彼女は大抵の望みを叶えてくれるらしい。
もちろん欲望に素直になっていくと、未だ経験のないあれこれが頭を掠めたのだが、彼女の笑顔を壊したくもなかったし、このまま楽しい日々を過ごしていたいと思っていたので、彼女を困らせるわけにもいかない。
こういう時、どのような言葉で和栞を満足させることができるか想像できなかった。
「どんなことを希望すれば君を満足させてあげられるのかわからない」
期待されている回答とは違う気がしてならなかったが、わからないなりに彼女とすり合わせておく必要がある。困らせたくないのだから。
「伊織君の希望を優先して良いのですが……そうですね……。私が身体一つでできることでしょうか?」
全く回答になってない。
「語弊を生んでるよ。美少女さん……?」
言葉にするか考える前に、脳のフィルターを介さないまま口に出た。
「お金がかかることも無しにしておきましょう!」
彼女とのやり取りに危ないこと、身体一つでできること、更に金銭が絡んでくると、益々危ない話になる。
三つの要素が掛け合わされると法律に抵触してしまうのだが、一切考えになさそうな和栞の顔を見ていると笑えてくる。
「じゃあ、ひとつ思いついた」
もう、収拾がつかなくなってきそうなので、ひとつだけ。
彼女と一つだけやりたいことを言ってみる。
「なに?伊織君?」
彼女が静かにこちらの言葉を待っているので、もう後戻りはできない。
「デートしたい」
目を見て強く言ってみた。
「え?」
「君とデートしたい」
和栞は二度受けたデートの申し込みに固まっている。
「そんなことでいいの?いつだってできる……のに?」
「もっと過激なのをご所望だったかぁ……」
「いえ、いえ!!そんなことはありません!!!」
ふるふると顔を左右に振って否定を示す和栞。
「でも、顔に書いてあるんだよ、そんなこと?って」
「もっと、素直になってもいいんだよって面食らっただけです」
和栞は勝手に茹で上がっている。
「もっと素直にってどんな?」
彼女を捲し立ててみる。このまま引き下がっているようじゃ、彼女の本心をくみ取り切れなかった。
「なんかこう……言葉にするのは憚られるような。あんなことやこんなこと……」
「意外に君って、ませてるんだね」
「ちょっと、何考えてるんですか!伊織君!!!」
「言葉にするのも憚られることだよ?」
和栞の考えが先走っていることに気が付かないまま、伊織は和栞の全身を舐めるように見ている。
あからさまに下心を演じてみることにした。結局彼女の希望はわからないままだったのだから。
「きゃ~!!えっち!」
やたら顔を赤くしている和栞を眺めておく。
これ以上煽り立てるのも良くないと感じた。
「ん……もう。今のやり取りは無かったことにしてくださいよねっ!」
「はいはい」
渋々頷いておくが、こちらの要求は通ったのだろうか。
「というわけで、君とデートしたい。です」
「はい。デートですね。わかりました」
話の流れがわからない。
「ん?ご褒美にデートの約束を取り付けたはずなんだけど?」
伊織は心に生まれた疑問を言葉にした。
「確かにそうです。でも、私の期末試験のご褒美も、『伊織君とデートする』でいかがでしょうか?」
「それなら、どっちが勝ってもデートすることになるけどいいの?結局デートすることになるよ?」
「その意味がわからないなら、私もまだまだですね……」
伊織は彼女の言葉を聞くと押し黙ってしまった。
(確かに俺は嬉しいけど。まさかね……)
和栞への好意には気が付いていた伊織だったが、和栞からの好意には気が付けなかった伊織だった。
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