第六十四話「和栞さんと作戦会議『戦略』」
「状況はこれで申し分ないとして、後はどうやって実行していくかっていうことを考えてみましょうか」
口元に手を当て熟考した和栞がゆっくりと口を開いた。
確かに、口だけで言うのは簡単で、後はどう千夏に実行してもらうかという策が御座なりになっていた。
「唯依さんってああ見えて、恥ずかしがり屋さんなんです」
「それはなんとなくわかるよ」
普段、強気に司と言葉を交わしてはいるが、それは長年の信頼関係があるからこそ。
「そんな唯依さんが、雨が降る朝に傘を持って冬川君のお家に行くことになるわけですから、もっとそれとなく、恥ずかしさが出ないようにしてあげたいですよねぇ」
和栞は何でも話せる女の子の友達の力になってあげたい一心だった。
「どういう恥ずかしさがあるんだろ。もう、司相手じゃ隠すことは何もないでしょ?」
「ですが……。周りには秘密にしておきたい感じとか、唯依さんは持ってると思うなぁ」
彼女が俯きがちに唯依人形を人差し指で撫でている。
伊織はその光景を前に、和栞の思いやりが溢れているのがわかった。
慎重に考えを進めたくなるのも当然だ。自分含め、互いに応援している立場なのだから。
「周りの友達に見つからないようにってこと?」
「そう。相合傘もいざするとなると結構目立つので、余計なことを考えてしまうかもしれません。唯依さんには冬川君に一直線になってほしいし、その時の周囲の目なんて、気にしてほしくない」
「確かに。千夏さんの事だから大分目立つだろうね」
周りに見つからずに二人を登校させることが思いのほか難しいのだ。
傍から見れば美男美女だし、司に至っては骨折中の腕が否応なしに目立つ。そんな中、可憐な少女が傘をさしてあげているなんて、夢でも見せられている気分になる。
せっかく和栞とたどりついた妙案も、行き詰ってきた。
もっと想像力と少しの可能性を探ってみたい。
「結構、想像って膨らむもんだなぁ」
ふうと一息ついて、司人形に視線を移す。
友人二人が全力で意中の女の子の恋の戦略を立てているのだ。
無機質な人形も、司の顔が浮かんでくる。
そう遠くない未来、何らかの見返りくらい求めたっていいと思った。
悪友の剽軽な笑顔が浮かび上がってきたころ、彼女は静かに尋ねてきた。
「冬川君って学校に来るときは、まちまちの時間ですよね?」
「そりゃ、歩いて来てるんだし、予定通りにはいかないだろうさ」
「うーん。でも、それを逆手に取る。ってのはどうでしょうか?」
「どういうこと?」
「みんなが登校してこない朝早くの……目立たない時間に二人で登校する。とか」
彼女が口にした言葉を想像してみる。
様々な学区からこの高校へは人が集まるのだ。しかも、クラスの友人たちはその多くはバス通学。降りる停留所は高校の正門前なので、歩いて通学する生徒は少ない。
その上、朝早くともなればさらに周囲の生徒も人数は減る。
「確かに。難しいことを予め逃げとけばいいのか。そうだよな……。みんなバス通学だから、歩いている人の少ない朝方早くに、二人には学校に来てもらえばいいね。それなら目立たない」
彼女の目が輝きを増す。
「もう、それで唯依さんには押し切ってもらいましょう。もちろん、そんなにうまくいくかな?っていう話は置いといて」
彼女が勢いよく「登校」と書かれたマスにハートをつけた。
「司がうらやましいよ、全く」
「伊織君でも羨ましがる作戦なら大丈夫そうですね」
和栞は伊織の顔を見て笑った。
「相合傘は男の夢だと聞いたことがあります」
えへへと笑うその顔がやけに幸せそうで。
「その出所はどこなの?」
「お父さんです! お母さんとの馴れ初めが相合傘らしいです!」
以前親の顔が見たくなると思ったが、もっと見たくなってきた。
そんなラブストーリ―に恵まれて今の目の前の笑顔があるのだと思うと、妙に納得がいく。
「英才教育じゃん。しかも映画みたい」
「自慢の両親です!」
声高らかに、清らかな宣言をしてくる和栞を伊織は微笑ましく見守った。
「憧れます」
落ち着きはらって零れた言葉に身が引き締まる思いの伊織だった。
和栞は紙に今まで決まった作戦を書き出している。
雨の日に相合傘。
唯依さんが傘を差してあげる。
登校は早朝にこっそり。
「あとは私たちができることと言ったら、二人を仕向けることくらいしか方法はありません。私は唯依さんに大まかに内容を伝えておけば大丈夫だとして、伊織君から冬川君へはどう伝えましょうか?」
「そこまで考えてくれるなら助かる」
司の事だ。ストレートに「千夏さんが迎えに来てくれる」と伝えるだけでいいような気もしたが。
「裏で私たちが動いているように思わせないようにできたら最高です!」
「そこはそんなに頑張らなくてもいいような気がしてる。それだけ、千夏さんが司に想われてるって意味で」
「きゃ~~! キュンキュンします!!!」
ニヤニヤこちらを見てきてこちらとしても居た堪れない気持ちになってくる。
二人をダシにしてこの笑顔を独り占めできるなら何でもよかった。
「なので……。取りあえず、俺たちが気にすることと言ったら、明日の天気予報くらいかな?」
後は好き勝手二人にしてもらえればいい。
「こんなに雨降れ~!って思ったのは生まれて初めてかもしれません!」
嬉々として早速週間天気を調べだす和栞を尻目に、もう一度司へ送るメッセージを考え始めた伊織だった。
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