第六十二話「くっつけよう大作戦」
本話より第三章スタートします。これからもよろしくお願いいたします。
学校で司の白三角巾姿が見慣れてきたころ。
目の前の和栞に以前「司を支えてあげてください」と言われたので、何か自分でもできることを考えてみたが、悲しいことに同性の野郎から施しをしたところで、司の喜ぶ顔が自分で想像できていない。
看病するなら当然、自分なんかより、千夏から受けた方がいいに決まっている。
今は司の放課後が暇になるという発言から一点突破。最近流行りのニッチな漫画を司にオススメすることくらいしか、頭に思い浮かんでなかった。
いつも向日葵のような笑顔を咲かせる彼女にとっても、司の骨折の知らせは大打撃だったようで、特に千夏の近況について聞かされるたびに、女子サイドも大分行き詰った様子なのは見て取れていた。
いつものように勉強終わり。少しだけゆっくり彼女と談笑して帰るこの時間。
伊織は何か悪友である司を元気づけられる話題は無いものかと思いを巡らせていた。
「私、考えたんですけど……この際くっつけにいく!っていうのはどうでしょうか?」
静かな口調で提案してくる和栞。
「何を? 骨を?」
伊織にはまだ言葉の意味がくみ取れていない。
彼女は医者でもないので、司の骨と骨をくっつけて治すことはできない。そのくらいわかっていたけど、突拍子がない発言だったし、主語もない。
「やっぱり、冬川君を元気づけられる適任の人って、唯依さんしかいないと思うんです」
「ああ、つまり、司と千夏さんをくっつけるってことね」
「そうです!」
和栞は理解の及んだらしい伊織の顔を元気よく見つめる。
「ちょっと待ってて!」
和栞の閃いてしまった顔を察知した伊織は軽く頷いておいた。
彼女はすっと椅子から立ち上がると、自室の方へ消えていった。何やら、部屋の中でごそごそと音がしているので、何が始まるのかと不思議に思いながら待つ。
一分も掛からないうちに、和栞は部屋から戻ってきた。
彼女の手には、はさみとノリが握られている。それと白紙の紙が数枚に、厚紙。
和栞はそれらを机の上に広げると、丁寧に元居た椅子に座った。
「何やるか、想像できますか?」
「工作?」
「近からず~。でも……遠からず!」
次第に威勢が良くなっていく和栞を伊織はただただ、見つめるほかなかった。
「こういう時は、神様になった気分で、考えてみるのです」
「ん?」
そう言ったっきり、彼女は筆箱から油性ペンを取り出すと、厚紙に絵を描き始めている。簡単な絵だった。円と三角が縦に少し重なる図形を書いて人型になった。二つ分。その中に「冬川君」「唯依さん」と名前を書いている。
「人形でも作るの?」
「そうです。まずは立体に起こしてみることが大切なので」
ハサミで、丁寧に厚紙を切り抜き、軽く縦に折り曲げる。
人型の厚紙は机の上に自立した。
「これで目の前にお二人。冬川君と唯依さんにご登場していただきました」
「わー」
軽く驚いておく。
「伊織君、馬鹿にしている場合ではありませんよ。どうぞ」
和栞から「冬川君」と書かれたお手製の人形を受け取る。
優しく「唯依さん」と書かれた人形を掬い上げた和栞は自分の胸の前に人形を立たせると、伊織にも真似して置くように目配せした。
意図は見えなかったが、彼女に習って司人形を自分の前に立たせる。
正面に居る和栞が口を開いた。
「では、会議を始めましょう。今日のお題は、唯依さんと冬川君をどうやってくっつけるかです。なにかいい案はありますか、伊織君」
もう議長になり切った和栞に、伊織の野暮な言葉やツッコミも、はじき返されそうな気迫があった。
早速、指名されたが人形を作ってみたところで二人の距離が更に縮まる魔法でもかかれば楽だったが、そうはいかない。
空しく鎮まり返った部屋でコツンと司人形が倒れる。少しだけ、現実の状況に即して笑えた。
笑ってはいけないのは重々承知だが、実際に司は階段を踏み外して骨を痛めてしまったからだ。
深く強く折り目を付けるように、伊織は手元の人形を整えながら話を始める。
「見ての通り、司は骨折しました」
和栞が用意してくれた文房具の中から、赤ペンを取り出すと、伊織は司人形の向かって右側にバツ印を書く。
伊織のバツ印をつける様子を見て、和栞が自分の身体に置き換えて考えている。
彼女の真剣そうな顔に「向かって右側だから、冬川君の左の腕にバツが付いていて、左腕」と書いてある。
「冬川君は、利き手は右ですか?」
彼女を一瞥し、間違いないと頷く。
「本当に怪我したのが利き腕じゃなくて良かったですよね……」
想像が膨らんできたらしい彼女は司人形を痛々しく見守るなり、心配の声を寄せてきた。
どうやらこちらの赤バツ印の意図は伝わったらしい。
「さて、ここからどうしましょうか月待議長」
「とりあえず、勝負しましょうか」
馬鹿にしている場合ではなかったのか。
薄っぺらな紙を一枚取り出して、大きな円と二本の線を描く和栞。
四つ角に一本ずつ切れ込みを入れて折ると、即席で相撲の土俵が完成する。
「なるほど」
「はっけよーい、のこった!ですからね?」
二人して、人形を線の前に立たせ、合図する。
『はっけよーい、のこった』
「のこった、のこった」
彼女が舌足らずに言う。土台を両手の人差し指でツンツンしている。
唯依人形は勢いよく、前に出てくる。
こういう勝負に心得がある伊織は、中指一つで司人形を後押しする。
「ふふっ。のこった~!のこったのこったのこった!!!」
和栞の楽しそうな笑顔が伊織の目前にある。
正直、この紙相撲に負けようが、この顔が見られたなら儲けものだなと思った。
笑い交じりの和栞は相撲の駒にしている司と千夏の事は忘れてしまっている様子で、必死に土台をツンツンと叩いていた。
「あっ!」
彼女の顔に見惚れていたが、気が付くと悔しそうな顔に変わった。
伊織が手元に視線を落とすと、自分の人形が対戦相手の人形を押し倒して、勝敗が付いている。
「流石にこれは二人に怒られるって」
率直な光景に思わず罪悪感が滲み出る。
仮にも、本人たちの名前を借りた力士なのだ。司人形が唯依人形に覆いかぶさるように押し倒しているので、美少女の教育上、いけないことをしているような気がしてならない。
「いくらくっつけようと言っても、これは唯依さん、驚いちゃいます」
「だなぁ……」
小さく笑っている和栞が大切そうに唯依人形を救出すると、土俵に綺麗に立たせて、咳ばらいを一つする。
「ごほん。これもまた、二人には秘密にしておきましょう。共犯です……」
少々はしゃぎ過ぎていた和栞が、今度はそわそわしている姿が伊織には愛おしく感じた。
「さ、何か策があるんでしょ? 君のことだし」
本来の目的を思い出した和栞が新しい紙を一枚用意する。
「そうですよ、紙相撲がしたわけじゃないんですからね? ね?」
「わかった、わかったわかった」
「のこった、のこったのこったみたいに言わないでくださいよ」
クスッと笑って見せる和栞の手元に視線を落とすと、既に元気よくペンが走っている。
「二人をくっつけよう大作戦!」
紙の上部に書かれた綺麗な文字は、高らかに目的を示していた。
「まずは、冬川君の一日のスケジュールをまとめたいです。そのスケジュールに唯依さんが入り込めるかどうかが、この作戦の成功のカギだと思います」
「わかった。じゃあ、時間ごとに場面が想像できるように書き出してみよう。そんなに俺と変わらないだろうし、作るよ」
「ありがとう。きっと見つけましょう。唯依さんのアタックチャンス!」
目を輝かせる彼女から紙を受け取る。
伊織は悪友を売りに出すことに少々の申し訳なさを感じつつも、和栞の笑顔に免じて、前向きに友人たちの恋を応援することにした。
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