「休一話(本編後日譚):あの日のこと」
隣で笑う可憐な女性はソファに腰掛け、考え事をする伊織に対して横から覗き込むように顔を近づけてきた。
「どうしたんですか、伊織君? 悩み事ならお話、聞きますよ?」
「大丈夫だよ。ありがとう。去年の春、和栞さんと初めて会った日のことを思い出してた」
心配させるほどに顔に出ていたのかと思うと恥ずかしくなる。
「あの頃はまだ伊織君を苗字で呼んでましたね。もう、一年経っちゃったんですね」
照れ笑いを浮かべながら和栞は身を引くと、伊織の左肩に安心できる場所を見つけた。
「まさか自分が、君を下の名前で呼ぶ日が来るとは思ってなかった」
「永い人生何があるかわかりませんね。少なくとも伊織君は、出会った時から人に対して誠実な印象で、遅かれ早かれ、誰かに見つかってしまいそうでしたよ」
「ほかの男からすると、意気地なしとかヘタレとかひどい言葉しか連想できない姿だったと思うんだけど、素直に受け取っておくよ。ありがとう」
相変わらず、嬉しい言葉を掛けてくれる和栞を伊織は緩んだ優しい顔で手中に引き入れる。
「いずれ、私を選んでくれないかなと思いながら、悶々とした日を過ごしていたのも、今となってはいい思い出です。普通の日常がなければ、こんなに仲良くなることもありませんでしたから、私にとっては良い環境の変化だったわけですよ。伊織君は?」
「俺にとっても。って、言いなおしてほしいくらい、長いようで、短いようで、大切な毎日だったなと思ってる」
腕の中で収まりが良いのかそのままもたれて、和栞はこちらの言葉に耳を傾ける。
「そうでしょうとも」
したり顔が下から覗くことに幸せを噛みしめている自分がいた。
「流石は、超ポジティブ系、生き急ぎ少女だな」
「誉め言葉として受け取っておきますよ。ありがとうございます」
出会って二度目の春を迎えた二人は、これからも多くの日常を積み重ねていく。
「三回目の春も、四回目の春も和栞さんと一緒に過ごしていたい」
次第に鼓動が早くなる。
大切に包み込んだ身体へ心音が届いてしまいそうなほど、うるさい。
もたれて、小さく揺れる彼女に、脈動が見透かされていたとしても、もう恥ずかしいことなんて一つもないのに、身体は熱を帯びていくのがわかる。
「ふふっ。伊織君。大切にしてくれて、ありがとう。嬉しいよ」
左胸に寄せる和栞の耳がほんのり朱に染まる。
「さすが、敵わないなぁ……。 和栞さんには」
――互いに笑顔花咲く、二回目の春だった――
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