第六十話「白三角巾の一大事」
明日で第二章完結です!引き続きお楽しみくださいませ!
テスト明けの六月上旬。
返却されるテストの点数に自信がとびきりついた朝、いつもの面倒な通学路は敵ではなかった。
教室に入り、自席に着席するとほぼ同時。教室のドアが静かに開くと、教室は聞き慣れないほど騒々しくなった。
主にドア付近。
視線を移すと、司が苦笑いで入室してくるのが見えたが、問題はその左腕だった。
白い三角に包まれた腕は、見るからに痛々しく週末から今日までの大きな変化を物語っている。三角の頂点の一つから覗く指先は力なく折れ曲がって固まっていた。
「骨折しちゃったっ!」
可愛く見せている司が声を上げるが、心配が集まる視線を簡単に払いのけることはできていない。
「助けてくれよ~? 頼むな!」
声を掛けながら自分の席に進んだ司は空元気に見えた。いつもより、辿々しく荷物を置いている。
幼いころから司と一緒に居たが、記憶の片隅にすら司の骨折などただの一回も思い出にない。
教室の話題の中心がいつものように真っすぐこちらに近づいてきた。
「骨折しちゃったっ!」
「全然可愛くないし、笑えないから」
率直な感想を司に向けると、司の顔が次第に真顔に近くなっていく。
「利き手じゃなくて助かったけど、これじゃ当分運動は無理だな~」
「どうした?」
運動神経抜群、元気印の威勢が悪いので、こちらとしても居心地が悪い。
伊織は司の身に起きた話を片付けなければ、次の話題を提供する気もなかった。
「ズッコケた」
「マジかよ」
「しかも、自主トレ中。ダセェよなぁ」
力なく左腕に視線を落とす司は見るからに弱っていた。
「あんまりお前が骨折した記憶がないんだけど」
「生まれてこの方、初めての経験だ。初体験、初体験」
言葉の奥に下世話なニュアンスが含まれているのはわかったが、さらりと受け流しておく。小さな棘を向けるにも、今の司には十分な防御力がない気がした。
小声で続く司の声が染み渡る。
「大会近かったのになぁ。だから当分、放課後は暇になるし、頼むな!」
強引に話を打ち切った司は、右手をグーにして突き出している。
元気を分け与えるつもりで強めに合図した。
◇◆◇◆
放課後。
早速、司を遊びに誘ってカフェに入る。
「正直、凹んだよ、全く」
力なくストローを吸っている司からため息が漏れる。
「階段から落ちたってどのくらい?」
日中は他の友人たちに引っ張りだこだったので、怪我の原因を聞くこともなかった。
昼休みには普段と変わらず、司と対面して昼食を取った。
右手と口を器用に使って購買のパンの袋を開封していたので、忙しくしていた様子だったし、コツを探しているようで本人も真剣だったので、見守ることしかできなかったのだ。
「たかだか、二段くらい」
「いつ治るの?」
「折れてるわけじゃないらしいから一か月とか聞いてる」
「みてくれは悪いけど、一か月でどうにかなるなら、大人しく安静にしとくしかないな」
当たり障りもなく言葉にした。
「最後、踏み外しただけでこうなるかね」
「当たり所が相当悪かったんだろ、仕方ない」
「確かに擦り傷はできて、血が出てたけど、俺は大丈夫だと思ってたんだよ。傷口、見る?」
包帯を解こうとした司に無言で手を立てて、静止を図った。
痛々しい傷口など、想像するだけで気が病む。
「夜になって、腫れてきて、母さんが病院に行ってこいってうるさいから、姉貴に車出してもらって病院行ったら、ギブス作って、結局こうなった」
からっと笑う司だったが、目は笑えてない。
「普通は痛みとかで自己申告するんだよ。お前は身体が強すぎるから」
「骨なんて痛めたことないから、感覚がわからなかったんだよ」
そういって、笑い始める司の顔が目に焼き付いた。
(珍しく、元気ないな)
笑いの種を咲かせていく司の姿はそこにはなく、ストローで氷を突く様には哀愁が漂っていた。
◇◆◇◆
その日の晩、和栞からメッセージが届いた。
「こんばんは。冬川君は大丈夫そうでしたか?落ち込んでいるように見えたので」
今日は千夏と予定があると言っていた彼女から、司を心配する便りが届いた。
「ヒビ入ってるって。一か月は大変そう。元気は無かった」
短文で返事を寄越しておく。
「唯依さんも心配してて。伊織君も助けてあげてください」
律儀に返信をしてきた彼女。おそらく女子二人で司の話になったのだろうなと察した。
彼女とは、千夏と司が上手くいくように見守ると指切りで約束した仲だ。女子会で司の話になることもなんとなく合点がいく。
「こればっかりはできる範囲でしか力になれないよなぁ」
「話を聞くだけでも十分だと思いますよ」
「気にはしてる。初めて骨を怪我したらしい」
「初めてですか……。多分、心細いと思います。周りが思っている以上に」
確かに司は自分が今まで見たことないほど、元気がなかった。
「人ってその人の中で容量があると思うんです」
「容量?」
「はい。周りから観たら大したことないと思われてしまうかもしれませんがその人にとっては一大事じゃないですか。本当の気持ちなんて聞いてみないとわからないですし」
彼女の意見には賛成できた。
いくら司本人が元気を取り繕っても、今日一日を通して別人を見ているように元気がなかったし、普段から交友している身としてその異変に気が付くのは難しいことではなかった。
「そうだね」
「言葉にするのが難しいですけど、多分冬川君は受け止めきれてない感じがしました。なんとなく、そのサインを見逃してはいけないような気がしました」
いつにも増して彼女から固いメッセージが返ってくる。
骨を怪我したまでだし、自分にだって経験がないわけでは無いが、確かに司が朝口走った「大会が近かった」という言葉には虚無感が籠っていたと感じる。
「だから伊織君も支えてあげてください」
「わかった。ありがとう」
「伊織君なら断らないと思ってました。私も唯依さんと何かできないか考えてみます」
「君は千夏さんと力になったげて。司も喜ぶと思う」
彼女が言わんとすることがなんとなく伝わってくる。
だが、まさか数日後、とんでもないことを和栞は持ち掛けてくるとは今の伊織は思ってもみなかった。
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次回は第二章終話となります!
次回更新は明日を予定しております。




