第五十八話「勉強会の成果」
六月初週。高校生活初めての定期テストが実施される日。
一教科終わるたびに、十分間の休み時間が挟まる。
(休み時間でも、皆食らいついてんなぁ)
我先に次の試験教科の対策を進めるべく、参考書をいたる所で広げて、最後のチェックをしている友人たちの姿が伊織の目に入ってきていた。
今更、参考書とにらめっこしたところで、不安になるだけだと楽観視していた伊織は、辺りを見渡すと、真剣な眼差しで付箋の貼られているページを見返している和栞が目に留まる。
最近、気が付くと彼女を目で追っている自分がいる。これほどまで、最後尾に感謝したことはない。人知れず、彼女の姿を目に収めることができるのだから。
今日は、教師が答案用紙の事後処理がしやすいように配慮された出席番号順で試験を受けているので、画角がいつもと違う。故に横顔が少しだけ見える。ありがたい。
今日は名字の読みが近い千夏唯依と月待和栞の席順が文字通り、前後。
普段からあんなに仲良さそうに話している二人が、今はそれぞれ集中して自学に励んでいる姿といえば、今日くらいしか拝めないのだろうなと稀有に思っていた。
多分、普段であれば千夏が我慢できずに和栞に抱き着くだろう。
予鈴が鳴った。
テストが配られ、試験開始の合図がする。
南波伊織と最上段に記名し、問題を読み始めた伊織の瞳孔が開く。
(これ、確か四人で……)
いつの日か、放課後に四人で勉強会した内容に近い設問。冬川司に教えた後、我が物顔で二人に教えていたことを思い出す。この二か月で学んだ範囲、起きた出来事が網羅されている試験問題は良い設問ばかりだった。
試験一日目は、特に大きく手が止まることもなく無事終了した。
かねてから、和栞と示し合わせていたが、テスト一日目は各々で勉強することに決めていたので、寄り道をせずに真っすぐ家に帰る。
二日目に向けた対策を進める予定だったが、昼食の後、自室で文庫本を広げたが最後。
残念ながら、気が付いた時には、西の空に太陽は居なかった。
(きっと、サボらずに勉強しているんだろうな)
すぐに思い浮かぶのは、和栞の姿。風邪を患った日でも勉強道具を手放そうとしなかった彼女だから、きっと最後まで手を抜いていないだろうなと思う。
気を引き締めなおそうと思って、コーヒーを淹れにリビングへ降りる。
(寝れなくなったら、その時はその時)
伊織は明日の自分が困らなくていいように、最後の復習を始めた。
◇◆◇◆
試験二日目。最後の教科の答案用紙が回収されていく。
担任、立花亜希が答案用紙を人数分出そろったかどうか確認し終えた後、口を開いた。
「みなさん、お疲れさまでした。全科目、初めての中間考査が終わりましたね。今日はこのまま終礼になります。週末で疲れを取って、また来週から、頑張りましょう!」
明るい声に癒されて、教室のあちらこちらから安堵のため息。
少々の後悔が混ざった後、放課後の慌ただしさが戻ってきた。
「伊織、お疲れ。やっとおわったぜ~」
「お疲れ。部活?」
「そうなんだよ。午後からガッツリ。少しは休みたいんだけどなぁ、行ってくるわ~」
またな、と手で挨拶しながら浮かない顔をした司が、そそくさと教室から出ていった。
帰りの身支度を済ませ、伊織も真っすぐ家に帰る。丸付け大会とやらに参加しなければならなかったからだ。
今朝、和栞からメッセージがあった。
「放課後は丸付け大会です!!」と。
◇◆◇◆
「さあ、丸付け大会の始まりです!」
「テスト終わったばっかりでしょ? 少しくらい休んでもいいんじゃない?」
和栞の家で二人。
彼女の全力疾走はまだ終わってないらしい。
「そうなんですけどね? 頑張ったら、丸付けって楽しみじゃないですか?」
嬉々として和栞が赤ペンの蓋をキュッっと取ると、答案をメモしたテストの問題用紙を準備している。
「なんとなくわかるけども」
「でしょ~う?」
伊織はやる気が満ちた和栞の顔に若干気おされながら、自己採点を始めた。
和栞の手元からは軽快な円の音が聞こえてくる。
時折、教科書や参考書を取り出して、解答と見比べたり、軽く解きなおしたりしている。
小声で、正解を喜ぶ「良し!」という声が聞こえるのも、この空間ならではなのかなと思った。努力をしている姿を近くで見ていた身としても、彼女の正答の数々には鼻が高かった。
伊織も負けじと、自分の回答をチェックしていく。
少し自信のなかった回答は、彼女と議論を交わす。
意見が揃うたびに、丸が付いていく。
特に集中して作業している状況でもないので、いつもより和栞に話しかけやすい。
自信がある問題でも、難問は和栞に回答を聞いてみる。
おそらく、難なく丸が付く問題でも、彼女と話す口実にできることが嬉しかった。
当の彼女も沢山の正答が見えてきたのであろう。
和栞の表情が次第に明るくなってきた。
「上出来です!」
「俺も、悪くない」
「何点だった?」
彼女が、全教科の点数を書いたメモをこちらに渡してくると、手元をのぞき込んできた。
「こんなことあるの??」
そう言いながら、和栞が伊織の点数を見て絶句している。
「七点差??」
まさか、そんなこと起こるなんて思ってもみなかった。
ほぼ、不正答をつけなかった各教科が並んでいる中、二人の合計点数は一の位が七点分だけ違うだけ。
「私の勝ちっ!」
「負けた~~」
思わず、悔しさがこみあげてくる。
何かを賭けて勝負しているわけでは無いが、ライバルと宣言してしまった手前、少しだけ恥ずかしかった。
「結果が出てよかった~。嬉しい。」
和栞は目を輝かせて、自分の答案を眺めている。
「勉強監視委員さんが居てくれたおかげだと思います。改めて、ありがとう。お疲れさま!」
ホッとした表情でこちらに握手を求めてきている。
「俺は何もできてないよ。君の頑張りの結果だって」
さらっと、握手には応えておく。きゅっと握られた手からも嬉しさが伝わってきた。
「そんなことない! 多分、伊織君が居てくれたから集中できたし……充実した勉強会になってたんだと思います。私の目に狂いはありませんでした!」
売り言葉に買い言葉だと思ったが、こちらからも敬意は示しておきたかった。
「こちらこそ。君には感謝してる。ありがとう。多分、ライバル宣言しなかったら、ダラダラして、ここまで満足いく結果は出なかったと思う。近くに頑張ってる友達がいたから本気になったんだと思うし。七点負けたけど」
伊織は和栞に対して、心からの感謝を述べたが、真剣な言葉が続いてしまったので、恥ずかしくなって、最後の最後で笑いを誘ってしまった。
「ふふっ。この調子で頑張ろっ。お~!」
彼女がこぶしに力を込めて、掲げるので、動作だけで同意しておいた。
「この結果が一番最初の学費減免の審査対象だっけ?」
「そうみたいです。一回、頑張るだけじゃだめで、継続した学年順位の維持が求められるそうです。今日から優等生の雰囲気出さないとっ!」
軽く腕を組んで、気品をアピールする和栞。
(そんなことしなくても、君は優等生だから心配しなくていいよ)
自信にあふれる彼女の顔をもう少し眺めておきたくて、和栞の御ふざけに無言の笑顔で乗っかることにした伊織だった。
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