第五十七話「繋がる想い」
今日も和栞さんが可愛い!
可愛かったら最後に作品を忘れず、応援してあげてください!
中間考査が目前に迫った中、伊織の目の前には見目麗しい少女。
二人の通う学校は七限目、午後四時十五分まで授業がある。
下校した後で伊織が和栞の自宅に出向き、二人で勉強するという日々が続いていた。
和栞の家で勉強しているからといっても、和栞と勉強中に一切の話をしない。
彼女曰く、一緒に勉強していると適度な緊張感があって勉強に集中できるらしい。
◇◆◇◆
今日も丸々二時間程度の勉強会が続き、午後七時過ぎ。
どうも勉強に集中してくると、ノートと顔が近くなる。
いつも勉強の後、姿勢を正すと、背中に疲れがたまっているのに気が付く。
猫背も困った話だなと今までは感じていたが、今の自分にとってはちょっとだけ都合が良かった。
姿勢を正して勉強していると、彼女の姿がちらちら視界に入っては集中できなくなってしまうから。最近は特に意識してしまう。真剣な顔ですら見惚れるのだ。こっちとしては勉強会という本題を忘れてしまいそうになり、本末転倒でたまったもんじゃない。
でも、彼女は何も悪くない。
ふと、先程までせかせかと動いていた薄紫色のシャープペンシルが、視界の端で止まっているのに気が付いた。
伊織は気が付いて視線を和栞に移した。
和栞は、じっと伊織の右手の先を見つめては固まっている。
「どうかした?」
いつもはすぐに目を見て話す彼女が、自分の手元から一切視線をそらしてくれない。
「もう一回やって?」
「え?」
「くるっ! って」
伊織は手癖でペン回しをしてしまったことに気が付かなかったが、和栞から指摘されると、その擬音の意味を理解した。
彼女との勉強会では、一人で勉強しているわけではないので、邪魔をしてしまうような行動は慎んで、なるべく静かに取り組んでいたが、まさか余計なことを考えている間に癖が出ていたとは思わなかった。
「ごめん」
和栞の集中を自分が壊してしまったと考えると申し訳ない気持ちが溢れてくる。
「いいから、ね? はい。くるっ!」
和栞はさらっと、人差し指を一本立てると、小さく空中でひと円描いて、伊織にお願いをする。
(トンボでなくとも、パタッといきそう……)
楽しそうな笑顔が和栞から漏れている。
伊織も逆らえず、手の上でペンを一回転させる。
「それ! どうやってやるの?」
和栞は教えてと言わんばかりに、自分のシャープペンシルを構えている。
「中指と薬指の間にペンを挟んで、消しゴム側の端を人差し指と親指の間に引っ掛ける」
「うん」
和栞は伊織の指先に集中している。
「そのまま、親指側で引っ掛けてるペンを時計回りに弾くと、ペンが一回転するから、その瞬間に中指と人差し指の間を広げて受けるだけ」
「お~っ!」
和栞の目が輝いて、伊織の技の成功に拍手をしている。
「見てて!」
「どうぞ」
早速、真似て和栞が挑戦する。
ペンを弾いた次の瞬間、ペンが嫌がるように机の上に舞っては、和栞の手から飛んでいく。
「ああ、ああ……」
おろおろと、ペンを追いかけた小さな手が、ペンを捕まえる。
「もう一回ね!」
和栞は気持ちを新たに、宣言して再チャレンジしている。
次は、勢い余ったペンが、机を弾き、床に落ちる。力が入って、回転を全く制御できてない。
「悔しいなぁ……」
ペンを拾いに行きながら、たかがペン回し程度でも、習得できない彼女は悔しさに顔を滲ませているのだから、笑えてくる。
「これは、失敗の賜物だから」
「伊織君は練習したんですか?」
「中学生の時に流行ってね。一日中、練習してたくらい」
「え?? 可愛い。中学生の伊織君…一日中練習…可愛いっ!」
ニヤニヤ顔でこちらを見てくるので、居た堪れない気持ちになってくる。可愛いと言われたとき、どんな顔をしたらよいものか。立ち向かえない彼女の笑顔がズルい。
伊織が真剣に悩んで迷いを生んでいるのに、和栞が楽しそうに笑っている。
「ちょっと、構えてみてよ」
このまま彼女のペースに乗せられて照れていることが伝わってしまうのも嫌で、すぐにでも話を逸らしたい。
和栞は伊織の言葉に従い、ペンを教わったように指の間に挟む。
「見比べてみてよ」
「うん」
和栞の視線が、伊織の手と自分の手を行ったり来たりしている。
「多分、ペンの回転の中心が、君は手の平じゃなくて手の外側にあるからペンが飛んでくんだよ」
「明らかに手の大きさが違いますからね」
今度は伊織の視線が、自分の手と和栞の手を行ったり来たりする。
彼女の言う通り、同じペンの種類で、長さが同じはずなのに、彼女の華奢な手では、ペンの半分以上を持て余してしまっていた。
突然。
和栞がひょいっと、伊織の構えているペンを取り上げ、前屈みになる。
対面する伊織に近づいて、右腕を机に付くと左腕を伸ばす。
伊織の右手は和栞の左手に捕まった。
手の平には柔らかな感触と自分のものとは違う温もりが降ってくる。手の平に色白な手が這ってきた。
和栞は手の大きさを比べるために、伊織の手のひらに自分の手を合わせた。
「ね?やっぱり伊織君の手って大きいんですよ。ずるい!」
押されるように力が入っている華奢な手が、少しでも大きく見せようと伸びきっている。
伊織も負けじと、目いっぱいに広げて対抗する。
和栞の指先と、伊織の指の第一関節に、更に距離が付いた。
「そりゃ、か弱い乙女と比べられても困る」
対抗する気満々で力が入った華奢な手も、これ以上はついてこない。
細く長い指でも、絶対的な大きさに差がある。
彼女が必死に手を大きく見せようとしている姿が愛おしい。
「え?? ずるしちゃだめ。もう一回!」
ムッとしている彼女が一度、手を離すと不満そうに口を開く。
「起点はここのシワです」
彼女は手首の関節にできる手のひらと腕の間のシワを指さすと、もう一度右手を取ってきた。
「はい! では」
喉を鳴らした彼女が歌いだす。
「おててのしわとしわを、あわせて~?」
「しあわせ?」
「ふふっ」
鈴を転がすような笑い声が聞こえた。聞き馴染みあるメロディーで、この地方のテレビからよく流れてくるコマーシャルソングを歌いながら、和栞は上機嫌だった。
和栞は頬を緩め、伊織に問いかける。
「次はいつ、手を繋いでくれるの?」
和栞は物憂げに元気がなくなっていった。
――伊織は初めて、和栞の口から出てきた言葉を心の底から信じることが出来なかった。
彼女と出歩いたあの日。
確かに手を取って歩いた小さな手が今も目の前にある。
確かに体温を感じている。
心を温かくしてくれる繊細な手は、少しだけ自分のものよりひんやり冷たい。
でも、どういう意味で今、彼女から問いかけられているのか、わからなかった。
コミュニケーションの一環なのか、揶揄われていたり、舐められていると思うと心が痛くなる。楽しく彼女と過ごしていたいと思い始めたから。秘めた想いが生まれたから。
「君が嫌じゃなければ。いつだって」
今の自分が持てる精一杯の言葉で返した。
好意が気づかれてしまうと嫌われるんじゃないだろうかと不安になってしまったから、必要最低限の言葉になってしまう。
「じゃあ、嫌じゃないよ? あったかいもん!」
和栞が伊織に笑顔を見せる。
嫌じゃないと聞いたそれだけで、無性に心が締め付けられた。
和栞は机の上に出たタンブラーを二つ掴んで、席を立った。
彼女がキッチンの方へ消えていくと、自分の顔が熱を帯びていくのが分かった。
(その笑顔はズルいって)
和栞に聞こえないように、伊織は一つため息を吐いた。
◇◆◇◆
(ちゃんと綺麗に笑えてたかな、わたし……)
浴槽で赤らむ顔が一つ。
今日のことをつい、思い出してしまう。
目の前に頼りになる小麦色の大きな手。
ちゃんと放さず、不器用に優しく握ってくれてた手。
夕方の帰り道、少し寒かったけど温めてくれた安心できる手。
(言っちゃったなぁ……。恥ずかしい)
気が付いた時には、もう遅かった。自分から話題にしてしまったことを後悔したけど、いつでも彼は手を繋いでくれるらしいことが素直に嬉しかった。
(嫌じゃなければって、嫌なはずない。だったら、指切りなんてしてないもん。手、繋がないもん、普通……)
両手でお湯を掬っては、想いと一緒に零れていく夜だった。
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余談ですが「おててのしわとしわをあわせてしあわせ」は、九州地方でよく流れるお仏壇のテレビコマーシャルです。
(「和栞さんらしい負けず嫌い」が作者もたまりません)
次回更新は明日を予定しております。




