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第五話「素直に人と接しないと勿体ないですよ」

「月待さんは、助けてあげたいって思える要素が多いからじゃないかな」


「と、いうと?」


「明るくて人当たりがいいし、美人だし」


 率直な意見を向けられ、和栞は「ふふっ」と小さく笑った。


「それは、ありがとうございます。ですが、世の中の男性達には女性に対しては、容姿関係なく優しくあってほしいものです。周りに気配りができて親切に出来るというのは、素晴らしいことだと思うのですよ。何に突き動かされたかは抜きにして」


「さらりと、自分の容姿については肯定するんだな」


「自分でも良く見られようと、できることは怠らないように努めているので、素直に褒められて嬉しい気持ちはあります。でも、小さいころから、似たような言葉を浴びせられ続けて今日に至ってしまい、最早挨拶の一部みたいな感覚があって、特別な意味に感じられないのです」


「なるほど」


「それよりも、褒められることに悪い気は起きませんし、褒めてくださった相手の方の感性を否定するより、お礼を先にお伝えしたいのですよ」


「お礼?」


「謙遜して話を有耶無耶にするより、私に素直な言葉をかけてくれたことに対して感謝するように心がけています。誉め言葉の否定は相手の感性をも否定してしまうことにつながりますので、私は周りからの評価は恥ずかしかろうが甘んじて受け入れます。断然、その人と仲良くなれる機会に恵まれますので南波君も自分に対しての褒めには照れずに肯定っ! これオススメですよ」


「美女は俺たちと生きる世界が随分違うようだな」


「そんなことはないですよ。南波君は、さらりと良いこと探しができて、素敵だと思います」


「お褒めに預かり光栄だな」


 そういう和栞こそ、先ほどから自分のことをさらりと褒めてくるのは、日頃からポジティブな言葉を心がけているのだろう。他人を下げずに、どんどん良いところを認め言葉にしてくる。


 彼女は特別に清らかな聖人なのではと思ってしまいそうになるが、当たり前のように善意を振りかざしてくるのだから伊織はたじろぎもした。


 褒められ慣れをしていない伊織は、若干の居心地の悪さを先ほどからじわじわと感じており、軽く受け流して耐えている。


 どうやら美少女様の性格はこちらが思っている以上に心優しいらしい。


 今はこの程度の感想を抱きながらも、伊織は深くとらえることは無かった。


 和栞は、声をかけた後の伊織の様子に、不満に思ったのか、不貞腐れたような様子で、諭すように言葉をかけてきた。


「人生一度きりなんですし、素直に人と接しないと勿体ないですよ」


 遠くから風に乗って運ばれてきた花びらを引き立て役に、こちらを向いて笑う和栞は、伊織が思っていた以上に精神的に成熟しており、自分が知る限りの同年代と比べても、より秀でたものを感じていた。


 たかが数分話しただけでも、彼女からの気配りは心地良かった。


 自分よりもずっと芯がありそうな彼女の考え方は、「口論となった時には負かされそうだな」と思うような、経験からくる信念が土台になっていると感じる。


 本当に手の届かない高嶺の花のような存在に思えたが、この美少女はその雰囲気を、一瞬で壊してしまうくらいの懐っこさを持っている。容姿と精神年齢のギャップを武器に、順繰りに攻撃を繰り出して責め立てられたような感覚がある。身が持たないとまで感じた。


 伊織は和栞に接する距離感を間違え、余計なことを口走りそうになった。


 軽薄に捉えられてしまうことも不本意なので、これ以上の言葉は心の中にしまい込んでおく。


 この春最後の桜を見収める為の気まぐれな散歩に、突如として降ってきた美少女との交流は、あくまで偶然。


――けれども、バッタリ出くわしたクラスメイトのまま、話の流れに身を任せることでお近づきのご挨拶としては上出来な気がするのはなぜだろうか。


「そろそろ、良い時間ですね」


 先に口を開いたのは和栞のほうだった。


「俺もそろそろ帰るかな」


「途中まで一緒に帰りましょうか」


「そうだね」


 和栞が横をてくてく付いてくる姿は、愛玩動物との散歩に近いような和さを感じさせる。


「南波君とお話できて良かったです。学校では機会が少なかったので、仲良くなりそびれていましたからね」


 下の広場に通じる階段を二人でゆっくりと降りていく。


「街の案内くらいはできるから、困ったら声をかけてくれ」


「案内人さんの役は、助かりますね。これからどうぞ、よろしくお願いします」


 足早に数段先越し、姿勢を正しなおした彼女が、階段の下の方で頭を下げ、こちらを上目遣いで屈託のない笑顔を見せてくる。


 狙ってやるならまだしも、本人は軽い気持ちで向けてきているのであろう。ここまでのやり取りで彼女の素を感じた後の想像であるほかないのだが、この認識も間違いではない。直球でその可憐な笑顔を投げてくるのだから、たまったものではない。だが、愛されキャラは怖いもので憎めない。


 少しでも無粋に話をすると、この笑顔が曇ってしまうことが少々惜しい気がして、素直に従っておく。


「よろしくお願いされた」


 照れを感じ取られないように、空を軽く見上げながら、社交辞令に近しいような挨拶を交わし軽く会釈をすることが精一杯だった。


 ニヤニヤと笑いながら、先ほどまで妙な落ち着きを見せていた彼女が、今度は悪戯に微笑み返してくる。


「私、口から出た言葉しか信用しないので、その、お願いされたという言葉、信じますよ?」


 伊織は今のこの会話は、街案内という行動に対して、懇願や返事の意図はごく浅いとばかりに思っていたが、その真意を和栞はすぐさま真っ向から否定してきた。出会って間もないので、彼女の振る舞いを知る情報も少ない。和栞のその言葉に籠った彼女の真意を伊織は図りかねていた。


 和栞が何事も無かったかのようにくるりと階段を帰り道に向き直り、降りていく。


 自分にも考える猶予が欲しかったので、真意を聞き返すこともなく、心の中で言葉を反芻(はんすう)した。階段下へ降りる頃には、空が茜色に染まり始めていた。


「私はこちらですが、南波君は?」


「家は反対になるね」


「ではここで」


 対面するように姿勢を正した和栞が続ける。


「今日は、お話しできたので良い一日になりました。ありがとうございました。また月曜日に学校でお会いしましょう」


「ああ、また」


 軽めの挨拶を交わしたのちに、和栞は手を小さく振りながら、柔らかな笑顔を向けている。


 彼女は見送るつもりなのか、一切歩き始める素振りもないので、伊織は反対を向いて帰りの方向へ歩き始めた。


 まだ、辺りは暗がり一つない状況なので、安心できる。とは言え、喉まで出かけた「送ろうか?」の言葉を飲み込んだ事に少し反省したが、この町の治安は心配するほどでもなく杞憂(きゆう)に終わりそうだ。


 伊織の背中に手を振る和栞は、伊織の様子が視界からなくなってしまう最後まで、見送っていた。


 少々、物寂しさを覚えつつ、手を下げる。


 和栞は、茜空を見上げながら深呼吸をひとつした。


◇◆◇◆


 伊織は、自室でひと眠りしてしまい、ふと、今日の出来事は夢でも見ていたのではないか?と考えを巡らせた。


 だが、確かに購入した漫画や文庫本が机の上にあるのを確認するなり、家から出たことも、和栞に偶然会ったことも現実らしいと、ほっと一つため息を吐く。


 目的こそ、今年の桜を最後に楽しむためということで、公園に足を踏み入れた伊織であったが、思わぬ和栞の登場に、予期せず彼女の人となりを知った一日となった。


 日常の中で、たまにはこんな日も悪くないと思いながら、結果的にこの一週間の疲れを忘れさせるくらいには、高台からの見晴らしは良く、休息に十分な景色と時間だった。


 傍にいた美少女も静養に拍車をかけたことは否めない。


 だが、特別何かを体験した訳でもない。


 ただ、普段見ることのなかった私服姿で髪を下ろした人気者の美少女と時間を共有できたことには、伊織は「不思議な偶然があるものだなあ」と感じるのみで、良くも悪くも青春の一ページ、過ぎ去る一つの思い出くらいに思い返していた。



 ——今思えば、これが最初の月待和栞との出会いで、自分の人生が暇つぶし以上の意味を持ち始めた最初の瞬間だった——かもしれない。


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