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【第四章いちゃこら進行中】『されされ』〜超ポジ清純ヒロインな和栞さんにしれーっと、美少女に夢を見ない俺の青春が、癒されラブコメにされた件〜  作者: 懸垂(まな板)
第二章「二人だけの勉強会」

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第五十一話「帰路。和栞さんとワガママな歩幅」

本日は連続投稿7話にお付き合いいただき、ありがとうございました!本日投稿最終7話、お楽しみください!

 渋滞を抜け、バスは他の交通に紛れ込み、勢いよく走りだしている。案外、背筋を正していると路面からの振動に過敏になる。


 車体が揺れて身体が連れていかれるたびに、姿勢を正そうと最近使うことを忘れていた背筋が伸縮する。時折、振動と共にガタガタと音を立てて、窓も揺れる。


 すると、右の方からすとんと力の抜けた、しなやかな肢体が降ってきた。


 ふわりと香ったのは、記憶にもある、和栞の優しく甘い匂い。


 不快にならない重みを感じる先に視線を移すと、肩にもたれている少女の寝顔と、右腕に掛かる艶が保たれた長い黒髪。安らかに呼吸を繰り返す様子はいつの間にか他意なしに見守ることが出来るようになってきた例の顔だ。


 だが、自分を寝具扱いにされたのであれば話は別だ。完全に安心しきった身体は最早支えとなるものであれば何にでも頼りにしそうな無防備さである。


「ったく……」


 和栞が寄りかかっているのが、まだ自分の肩だったから良かったものの、座席の壁側は冷たく冷えるだろうし、揺れて頭を打つと危ない。その場合、衝撃に乗じて目覚めるのだろうが、安全地帯であるこちら側へ傾いては、すりすりと落ち着きのいい場所を探し当てた和栞は当分起きる気配もない。


 正直、悪い気はしなかった。


 相手は可憐な美少女なので、世の中の大概の男と意見が合致するような光景で、こちらは一向に枕として使ってもらっても構わない。   


 だが、こんなに無防備でいいのかと彼女のことを考える。


 もしや自分は男として舐められ切っているのではないだろうか。


 理性とは裏腹に、このまま少しくらい寝ている彼女に悪戯しても、咎められる謂れはないのではないだろうか。


 信用されているのであれば文句はないが、そうとも捉え切れない何かが心に引っかかりを生む。この状況を整理して、真剣に考えるのもばかばかしく感じてきた。


 夜になって少し肌寒くなったが、右側から温かい心地を感じている。


 今はこれでいいのかもしれない。


 こちらの気も知らないで、綺麗な寝顔を浮かべている和栞の顔は横目で見ておき、いつも以上に無心を心掛けながら彼女の寝姿を見守った。


 普段、まじまじと顔を見ることもないので、改めて隣の少女が美を欲しいままにしている容姿に感服している。以前、司が「美少女は一日にしてならず」と口にしたのも、納得できる。 


 ぼんやりと眺めていると、視線の先の彼女の目が朧げに開いた。


 かと思うと、意識ははっきりしないまま、こちらの右手の上に手を重ねてくる。


 もぞもぞと探し物をするかのように動いた手は、こちらの右手の小指から中指迄をさらって、束にされるように、きゅっと掴まれた。探し当ったことに落ち着いたのか、次第に力の籠りがなくなっていく。


(!?……)


 普段、学校では清く正しく優等生をしている彼女は、気が張り詰めていないプライベートな時間では、性格が変わったかのように天真爛漫になる。さらに、寝起きは実年齢よりも幼く見えてしまうので、見ているこちらが心配になる。


 何か、和栞に求められているような気がして、掴まれた手を振りほどくこともできない。


 安らかな眠りのお供に、人形にされているような。


 幼気な少女からこちらの勝手で奪い取るのも心が痛むような気がする。


 安らかな寝顔には安心に拍車がかかり、笑顔にも見える様子に思わず見とれていた。


 このまま、和栞と過ごす毎日が続けばいいのに――。




 次が目的のバス停であることを告げる車内アナウンスが聞こえる。


 乗客は他に一組いたのだが、彼らが降車ボタンを押し、無事にバスが停留所へ一時停車してくれることがわかると、自分の労力も一つ減る。


 完全に体重の掛かっている右側の少女越しに、壁面に備え付けられた降車ボタンを押しに行くなど難易度が高い。こんな時間に終点まで残り一駅となってしまう住宅密集地から乗り込む人もいないだろうから、車内の誰かが降車の意思表示をしなければ、バスは通り過ぎてしまうような停留所でもある。


 それと同時に、少しだけ。


 もう少しだけ、この時間を願ってしまう自分がいた。


 横で目覚める気配の一切ない少女を、安全に家まで送り返すことが今の自分には求められている最大の責務だと思う。



 日が傾いて、辺りは薄暗く、左右に立ち並ぶ家々からは温かい団欒の光が漏れていた。


 眺める車窓からは、目的の停留所が近くまで来ているのを察するに充分な、見慣れた風景が流れて始めている。


 彼女に掴まれた右手を払いのけるのが、妙に切なくて。



 乗務員が聞き慣れた駅名を口にしながら、バスは減速していく。


 他の乗客は身の回りに忘れ物が無いか、確認しながら席を立つ。



 ふと、言い訳を探している自分に気が付いた。



 次の終点駅に進んだとしても、彼女の家からこの停留所で降りて向かう距離と大差ない。それより、もうすぐバスは停車しようとしているというのに、彼女は夢の世界を彷徨っているので、今から叩き起こして引っ張っていくにも気が引ける。


(まあ、いいか……)


 自分が降りるとボタンを押した訳でもないので、このまま知らぬふりをしておけば、降車用のバス前方のドアは閉まっていく。


 ただ何となく、そうしたかったと言えば、嘘になるのかもしれない――


◇◆◇◆


 故意に降り過ごした停車駅からは五分程度のところ。


 この町に不自由なく張り巡らされた停留所も、終点となれば、乗客のために設置された便利の良い場所と言うよりも、バスが行先を変えて再出発するにふさわしい開けた土地が用意されており、好き好んでこの場所で降りるような乗客もいない。当然、車内には運転手を除いて、自分と和栞の二人となった。


 結局、終点までの間、和栞は一度も目を開けることもなく眠り続けたままだった。


「お嬢さん?」


 自然と掴まれている右手をパタパタと合図する。


 こちらの手の動きに合わせて、揺れる華奢な左手が微かに自分の意思で、ぴくりと動き、肌を押す優しい触覚がそこにあった。


 ゆっくり目を開けた和栞がこちらの声に気が付き、長い睫毛の下から、焦点の定まらない双眼が現れた。


「おはようございます?」


 意識もはっきりしないまま、挨拶ができるのは称賛に値する。


「もう夜だな。着いたよ」


「どちらですか?」


 そういえば彼女はまだ、目的の停留所を通り過ぎてしまったことは知らない。


「終点」


「えっ!?」


 こちらの伝えた内容に驚いたのか、寝起き早々に勢いよく上体を起こす和栞。


 着いたら起こすと言ったものの、彼女の眠りはそうできないほど、深かったように思う。


 一人にさせておけばおそらく和栞はこの停留所までたどり着いたであろう。そう感じてしまうほど和栞は安眠していたが、それは体のいい言い訳。


「疲れてるんだろ、仕方ない」


「起してくださいよ」


 彼女が起こせと言うのも無理ない。


 だが、先ほど感じてしまった心の引っ掛かりに、答えを探せず、迷っている間にここまでバスに揺られてたどり着いてしまった。


「あまりにも気持ち良さそうに寝てるもんだから」


「あまりじろじろ見ないでくださいね?」


 寝起きでも頬を膨らませた彼女の感情の機微が伝わってくる。


「ちらちら見てた」


「もうっ」


 膨らんでいた風船は、はち切れて代わりに軽い手出しをしようとした。


 和栞の視線が下を向く。


 和栞が左手の手先の感覚にようやく気が付いた。


 伊織の手を握ってしまっていることに、妙な焦りが生まれており、あわあわとしている。


「すみませんっ……ご迷惑を」


 逃げていくように引いていった左手は彼女の膝の上で、恥ずかしそうに収まってしまっていた。


 こちらに視線を合わせてくれない和栞の頬は少しだけ赤く熱を持っているような気がした。そのままにしておくと今にも沸騰して茹ってしまいそうな表情にこちらも居た堪れない思いがこみ上げてくる。


 そうこうしているうちに、バスが終点に到着し、乗降口が開く。


「それより、他のところに迷惑がかかる。行くよ?」


 気の利いた言葉の一つも探せないまま。


 一旦二人は立ち上がり、下車した。


「すみません……。私がご迷惑を。一つ前で降りた方が伊織君は良かったのではないですか?」


 横で縮こまった身体が不安そうに聞いてくる。


「歩けばどっちも変わらないよ。気にしなくていいし」


「でも…」


 なおも、申し訳なさそうに眉を下げている和栞が妙に悲観しているので、こちらが気にしていないことは恐らく全く彼女に伝わっていない。


 そもそも、和栞の安眠が乗降の邪魔したからではなく、はっきりと意識があり、行動選択できた伊織が自ら決めてこの状況を招いただけだったのだから。


「急いでないし、それに、普段とやってること変わらなかったし」


「どういうことです……?」


 このまま、全く悪くない彼女の萎んだ顔も見てみたかった気がしたが、良い口実で彼女を安心させることもできると思いついている。


「うたた寝監視係」


 彼女と出会った時から与えられた立派な役職で、それは彼女自身も望んでいたところの売り言葉に買い言葉。


「ふふっ。やっぱり伊織君って恥ずかしがり屋さんですよね!」


 にまっと笑っている彼女が口にした言葉には、最早、立場逆転と言わざるを得ない余裕と安堵を感じた。


「もしかして、揶揄われてる?」


 和栞が人を蔑むような言葉を使わないのは伊織もよくわかっていたが、今はこのやり取りが楽しく、心に安らぎをもたらしていることをいいことに、わかっていないふりをした。


「褒めているのですよ」


 こちらに向けてくれる笑顔に曇りはひとつもなかった。


◇◆◇◆


 終点から、和栞のマンションのある方角へ歩き始める。


 引っ越してきたばかりとは言え、生活圏の土地勘も身に付いてきた和栞は伊織の隣で遅れずについてくる。


 車道側はきっちり譲らずに歩いておく。


 左手に荷物、右手は寂しい気分がした。


 和栞の歩幅に合わせて歩く伊織は、ゆったりとした足取りだった。


「持とうか?」


 指を差した先に和栞の荷物がある。


 和栞は伊織の言葉の意味に気が付いていて、首を横に振る。


「大丈夫ですよ。軽いですし、今日は十分お姫様扱いされましたので」


 何かを思い出すように口にした和栞の真意は図りかね、なんのことだと考えていると会話に少し間が生まれた。


 今日は和栞に世話になりっきりの自分であったから、彼女の言うお姫様扱いという言葉に引っ掛かりがある。


 意識して彼女のためになるような事が何も出来ていないような気がしていたから、本人が不快な思いをしていないのであれば、ありがたい限りだった。




「でも……。こっちで!!」


 ガラ空きの右手につかみかかってくる手があった。


 風に撫でられて、少し冷たくなった手。


 その小ささを知っている柔らかなで華奢で、少し頼りなく感じてしまう手。


 一瞬の驚きもあったが、返事もしないままに、迷いなく力を入れて手を繋いで、前を向く。



 以前であれば、誤魔化して、その場を収めていただろうと感じた。


 この手に触れて、心が高ぶるのに、安らぐ気持ちは一体なんなのだろうか。


 足取りは心なしか、今日知った歩幅より小さく、この一か月で知ったよりゆっくりになる。



 春の夜風を楽しみながら、夕日が隠れるまで、この手は離したくなかった。

評価、ブックマークの登録で応援をお願いします!

今日のお話が糖度甘々の最前線です。

明日からも応援のほど、お願いします!

(まとめて読んでほしい気持ちに私もワガママが出ました)


次回、明日8:00 ちょっと先の未来、「本編後日譚」を更新予定です。


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