第四十九話「あなたいろ」
本日は連続投稿7話させていただきます。5話目です。お楽しみください!
伊織の頭を悩ませていた罪な少女の左手は、品物を何点か掴み、束を作り始めている。
品定めに迷いがなくなるまで集められ、握られたシャーペンを和栞が扇状に手に差し、横で声を掛けてくる。
「伊織君が選んでくれますか?」
おそらく和栞の好みに合わせてピックアップされたペンが四本。
一から選べと言われると使い勝手や好みに左右されてしまうから大変だが、既にこの中であればどれでもいいのだろう。彼女が使っているタイプの細くて軽く、書きやすさが追及されたシリーズの色違いをこちらに見せている。
蜜柑色、赤紫色、薄紫色、撫子色。
こちらに左手を差し出しながら右手で、ちょんちょんと摘まむふりをしている。
どれか一本を引けということなのだろう。
既に、右手は左手に添えられて綺麗な手札が完成している。視線は絶えずこちらをじっと見ており、ババ抜きゲームでも始まりそうな気迫がある。
「ちゃんと私の事を思って選んでほしいです」
「ほう……」
一見、どの色も彼女が使っていそうな色合いのもので、彼女の筆箱の中に入っていてもおかしくない。
似合うものとは一体、どんな色なのだろうかと思いを馳せてみる。
努力家であり、学校では熱心に勉学に励む様子を見かけている。
時折彼女から諭されるように注意を受け、それでいてこちらに新しい価値観を教えてくれている。年相応の愛らしさが玉に瑕だが、精神的に自分よりも大人な振る舞いを感じているので、落ち着きのある色が似合うだろう。
「じゃあ、これで」
なんとなく彼女のイメージ合う薄紫色を和栞が用意した中から選んで引く。
彼女からは何色が選択されたのかまだ見えていない。
確認するようにこちらに近づいて来て覗き込む和栞。
手元を裏返すように確認すればどの色が選ばれたのかわかるはずなのに、注意がこちらを向いてしまっている。
「私では選ばない色ですけど、伊織君がそういうならそれにしますっ」
「好きな色を買えばいいじゃん」
「いえ、気分を変えたかったのでいい機会です」
たかだかペン一本を選ぶだけでも、和栞といると楽しくて。
選ばれなかったペンを丁寧に元に戻し、こちらに寄ってきた。彼女はお礼を言って、受け取ったペンを眺めている。
「負けられないから俺も買っとく」
「勝負ですからね?伊織君のやる気のためにも賛成ですね」
伊織はいつもの流れで、同じ型の青色と黒色で目移りした。
今、愛用しているのは黒色のものだから、気分を変えて青色にしようと、手に取る。
「伊織君はやっぱり男の子ですね」
「黒は持ってるから、無難なところだ」
何の面白みもない色なのに、彼女は明るく微笑みかけてくるので調子が狂う。
「伊織君は何を想像して、この色にしてくれたのですか?」
「今一番似合っているような気がしただけだよ」
「私の事を思ってですか?」
「そう、君に」
適当に選んでしまうと後で何を言われて詰められるかわかったものじゃない。
和栞に対する印象を考えながら独断と偏見で選択した。
「嬉しいです。ありがとうございます」
それ以上の追求はしなかった和栞だったが、心残りがあるのか、ペンをじっと眺めて何かを考えている様子。
「やっぱり自分で決めた方がいいんじゃないか?」
「違うのです。いいのです。これで」
彼女の顔は、見ない方が良かったのかもしれない。
そう、母親宛のプレゼントを選び終わった時のような、優しい眼差しだった。
でも、一瞬で心奪われてしまうような、慈しみに満ちた表情から、視線を逸らすにはあまりにも勿体ない気がした。
彼女から何度か受け取っている思考。
自分がまだ持ち合わせていない感情。
きっとこの先も、彼女と接する度に気が付く、素直で清らかな瞬間。
これが彼女の「嬉しさ」に繋がるものであったなら、俺は――
なおもペンから視線を逸らさない彼女を見守ることしかできなかった。
静かに見つめていた和栞が口を開く。
「伊織君は、このシャーペン、使い過ぎるとどうなるか知っていますか?」
唐突に彼女に問いかけられた言葉を頼りに、ふと我に返った。
「使い過ぎる?って、どのくらい?」
「三年くらいでしょうか? もっとかもしれないです」
「壊れる?」
ペン先の機構は、ペン先を常に鋭利な状態に保つための緻密で繊細なものだ。筆の進みと共に、筆圧で常時、芯が回転するように作られている分、経年劣化は避けては通れないのだろうと思っていた。
「この手のペン、全く壊れる気配はありませんね」
いつもの明るくニヤニヤとした表情でこちらを見てくるので、おそらく正解ではないのが、顔を見ていればわかる。
「ほかのじゃ、物足りなくなる?」
人間、慣れには弱いものだ。こんな便利なものを知ってしまうと後戻りできないはずで、和栞もその例に当てはまるのかと伊織は思った。
「それも気持ちがわかってしまうのが悔しいところではありますね。私の用意した正解は別のものです」
「正解は?」
「ここです」
和栞がペンの薄紫色を指さしている。
じっと、和栞の指の先を見ているがまだ正解に辿り着けそうもない。どうも、壊れたりするような部分ではないような気がしているのだが。
「ん?」
思わず、まだ不明なところが多いと主張した顔で、和栞の正解を待っている。
「知ってますか? この色が段々と落ちていくのですよ」
指をさしているのは、丁度本体のカラー部分。綺麗に色付けされているようだが、色落ちすると彼女が言ってきている。
「何色になるの?」
「透明です」
「それは、知らなかった。そんなに使い込んだことないから」
安価な分、気分によって変えられる代物という認識なので、長い年月もの間、一本のペンを使い続けたりしたことはなかった。
経験があるような物言いの彼女を見ていると、普段から努力を怠っていないのがよくわかる。
「なので、今日、伊織君に選んでいただいたこのペンも、透明にしちゃったらごめんなさい」
「透明にしちゃうの?」
「きっと、大切に使っていても、そのうち透明にしちゃいます」
何か、消しかけてしまうような物言いだが、彼女は普通の女子高生だし、魔法使いでもない。
「それだけ使ってもらえるならそのペンも嬉しいだろうよ」
「喜んでくれますかねぇ……」
意見を求めるほどでもない言葉が彼女の口から洩れていく。
彼女はことあるごとにモノでさえも、人間のように取り扱う。
先日はコーヒーメーカーを「お出迎え」した彼女らしい感性だ。
今から家に連れて帰るであろうペンをじっと見て、レジの方へ歩いていく和栞。
恐らく、喜んでもらいたい先は自分ではないことがわかる光景だった。きっと、彼女は一人で、今から自分の持ち物に入ってしまう、手持ちのペンに問いかけている。
これほどまでに、持ち主から大切にされるのであれば、自分が筆箱で眠ってもいいと、くだらないことを考えながら和栞の後についていった。
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次回、本日の20:00 更新予定です!




