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【第四章いちゃこら進行中】『されされ』〜超ポジ清純ヒロインな和栞さんにしれーっと、美少女に夢を見ない俺の青春が、癒されラブコメにされた件〜  作者: 懸垂(まな板)
第二章「二人だけの勉強会」

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第四十八話「てばなし」

本日は連続投稿7話させていただきます。4話目です。お楽しみください!

 手を繋いだ和栞に、伊織は引っ張られて歩いている。


 声を大にして自分自身に問いかけたいことと言えば、「一か月前までこんな場面を想定できただろうか?」ということ。


 自分の横に居るのは飛び切り笑顔の女子高校生で、その容姿は端正な顔立ちにサラサラの黒髪。どんな服でも着こなし、誰にでも隔たり無く接することのできる明るい性格の少女。表情を七変化させ、喜怒哀楽は顔を見ているとよくわかるが、ネガティブな感情に支配されている彼女を見たことはあまりない。


 しいて言うなら、先ほどまで摂取カロリーを気にする様子を見せ、苦悶の表情を浮かべていたくらいなのだが、こちらが唆すと最後の一口をぱくりと平らげてしまった。


 今日は一日がやけに長く、鮮明なものになっている感覚がある。


 心穏やかに過ごせていたのも先ほどまでで、今は余裕がない。


 それが本人に伝わっているのではないかと言う疑問は、彼女に聞いてみなければわからない。


 右側に共だって歩いている彼女の姿を何度確かめてみても、今、右手に確かに伝わってくる柔らかな感触は、夢でも見ているのではないだろうかと思うほど。


 彼女は行きたい場所があるといったきり、二人で黙って歩いている。


 彼女曰く、行先は秘密らしいが、歩みを目的地へ進めていく彼女は、どこか弾んだ元気の良さが現れていた。


「カロリーは消化できそう?」


 小馬鹿にするように彼女に話しかけてみると、彼女は握っている手をぎゅうぎゅうとわざとらしく強めてくる。


「少しでも消化に付き合ってください」


 手加減をしているのか、全くこちらにダメージは無い締め付けが始まった。


「手加減しなくていいけど?」


「加減はしていないのですが、男の子はやっぱり力強いのですね」


「筋トレとかやらないし、比較的非力な方だと思うけど」


 自分は食欲に素直なものの、度を越えるような量を平らげてしまう訳でもないので、標準体型は苦労せずとも維持できている。だが、周りの運動部所属の男子に比べるとやや頼りない体つきなのかもしれない。


「他を知らないのでわかりません」


「手ぐらい握ったことあるだろうに」


「手は握ったことはありますが、女の子とです。同年代の男の子と手を繋いだのは初めてですよ?」


 様子からして、手慣れているようには思えなかったが、やけに明け透けでサラッとした言葉が返ってくる。自分でよかったのだろうかと一瞬思った。


「意外でしたか?」


「そんなことは無いけど、自分で言ってて恥ずかしくないの?」


「伊織君に嘘をつく必要はないですし、嘘も苦手なので、ありのままを赤裸々に告白しています!」


 良くも悪くも、正直なこの少女は男性経験が乏しいのかもしれない。


 自分に向けて、初めての体験だということが立て続いている。青空の下、手料理を頂いてしまったときだって、家族以外の他人にふるまうのは初めてだと聞いていた。


「そこまで正直だと清々しいね。良いと思う」


 自分は彼女が口にした、偽りのない姿を見せられているのだろうか?と考えてしまう。


 答えは否だ。


 男として堂々としていたいと思うが、色んな邪念が頭を支配する。


 不甲斐ない姿は見せられないと、取り繕い、余裕を演じている自分がいる。


 何も特別な感情を持ち合わせている訳ではないのだが、どこか相手の腹の内を覗きたくなってしまうようなことが実際に今、起こっている。


「私はまだまだいろんなことに経験不足……なのですよ。どんなことにも挑戦してみて、実際に体験してみて、その時自分がどう思ったかを知っておきたいと思っています」


 どこか遠くを見つめて、話す和栞の顔が落ち着き払っていたのを見て、伊織はこれ以上茶化すこともできないでいた。


◇◆◇◆


 商業施設の一階を隅から隅まで歩いて、エスカレーターに二人で乗る。


 この地方には各段の左右どちらかを急ぎ人へ譲り渡す文化がない。


 なおかつ、フロアの一番端の昇降口であるから、周りの人間に多く利用されることもない。二人が上り口に進むと、働いていなかった自動階段が音を立て、稼働を開始した。


 スムーズに足場を確保した彼女に続くように自分も一段後ろの足場に続くように乗り込む。


 上下差が生まれてしまうとどうも居心地が悪いので、彼女の待っている段へ上ろうとしたとき、ふわりと甘い香りがすれ違うように通り過ぎた。


「ごめんなさいっ」


 和栞が下段へ降りる。自分も上段へ移動したので、和栞との上下の立ち位置は先ほどとは逆順になってしまった。


「ごめん」


 和栞の手を引いて、隣に並ばせるように介添えする。


 ヒールがコツコツと音を立てて、隣に落ち着く。


 和栞はほんの少しだけ、視線を泳がせた。


「二人でエスカレーターを使うって難しいのですね……発見です。ふふっ」


 彼女はぎゅっと手を握るなり、前後に揺らして楽し気に降り口まで過ごしたいらしい。


 されるがままの右手をどうこうすることもない。


 脳裏に浮かんだ「そんなにはしゃぐと危ないぞ」という言葉は、今は彼女の笑顔とじゃれ合いを止めてしまうようで、口にするには勿体ない気がした。

 

 二階に到着した後も、和栞は手を引いて歩いている。


 こちらはまだドクドクと心臓が忙しくしているのに、彼女は照れもなく、周りをきょろきょろと見ている。


 どこへ行こうとしているのか見当もつかないので不思議に思っていたが、彼女は次の瞬間、こちらの顔を見る。


「反対側でした!」


 素直に白状すると彼女は小さく舌を出す。


 周囲からしっかり者の印象を与えやすい彼女。でも、二人で過ごすうちに天然でぬけている一面を見せてくるものだから、見ていて飽きない。


「まだ秘密なのか?」 


「秘密です」


 一階で隅々まで探索していた逆方向へくるりと向く。


「あっちです!」


 指を立てて方向を指し示す。


「仰せのままに……」


 若干、呆れが混じったような声が漏れる。


 彼女は、このダンジョンとも言えなくない施設へ今日が初めての探索であるから、目的地を熟知していないのは仕方のない事だし、ここはこの場に免じて許しておく。


 麗らかな女性を相手にしておいて、形容するのも失礼だなとは感じているが、飼い犬の散歩に出ているような感覚になった。


 彼女の頭部にはフサフサの耳が見え、尻尾をフリフリと手を引いてくれるのであれば、嬉しいような。そんな気分がした。


 くだらないことを考えて歩いていると、彼女は立ち止まりこちらを見る。


「正解は……本屋さんでした~」


 さらりと行先表明をしてもらえれば、自分も場所は伝えられたものの、舵取りが彼女だったからここまで来るのにやけにのんびりしてしまった気がする。


 今日一日、そもそも散策するつもりだったので不満は無いが、計画的な彼女にしては珍しい。


「秘密にするような……場所?」


「なんとなくっ? ですっ!」


 彼女は茶目っ気たっぷりにこちらを見て笑っている。


「道連れにされては…?」


「いないですよ。安心してください」


 若干の圧を感じたが、他意はないだろう。


「お目当ては?」


「勉強を頑張るために、シャーペンを新調しようと思いました」


「中間考査のためね」


 この週末が終わってしまえば中間考査まで残り二週、テスト期間には部活動も休止となり、来週の今頃には本格的に力を入れておかなければ間に合わない。


 つい先日、和栞と話したときに知ったが、彼女は成績優秀者に与えられる学費免除の推薦を狙っているらしい。彼女に触発されてこちらもやる気になってしまったからには、無論自分も手を抜くつもりはない。


 彼女は入り口から見えている文房具コーナーへ進んでいく。


「なんだか新しいものを使っていると気分も変えられて集中出来たりしませんか?」


 なんとなくだが、彼女の言っている意味は分かる気がする。


「せっかく買ったから『やるかぁ~』的な、ね」


 彼女は目を輝かせるようにこちらを向く。彼女の続く言葉を聞かずとも、こちらの考えと彼女の意図していた内容が似ていることに感づけた。


「わかりますか?やっぱり話が合いますね、それですっ」


 もう目の前と言うのに、なかなか文房具コーナーに辿り着けない。


 彼女は必ず、目を見て話しかけようとしてくれるから、時折、前方確認をおろそかにして、歩くペースが変わるからだ。


 和栞がこちらを向いて楽しそうにしている姿を見ていると、そんな時間の寄り道でさえも、妙に尊くて、かけがえのないものに感じる。


 何に急かされることもない、穏やかで取り留めもない彼女との会話。


 彼女が話し、伝えてくる話題の感情や考え方が手に取る様にわかる。


 右手はなおも人肌に触れて、熱を共有しているから、心地よい感覚と共に、今日と言う日が良い思い出になっていくのかもなと想像してしまう。


 ようやく二人で立ち止まり、商品に視線を移す。


「いいの? 女子高生が愛用しそうなペンは売ってなさそうな場所だけど?」


 特に目新しいと感じる取り揃えではない。


 商品についてはベストセラー品ばかりが伊織の目に入ってきており、一度は使ったことがあったり、実際に今、愛用している型の同じものまで、豊富な種類が並んでいる。


 日本全国どこの売り場もまあこういった具合だろうと思う。


 そのような状況で、女子高生が選り好みしそうな、華やかさであったり可愛いらしさといった印象を持つような用具は少ないように見えたから、彼女のお気に召す品はあるのだろうかと思った。


「ふふっ。まだまだ伊織君には、まやかしが見えていますよ。女の子も普通のペン使ってますって」


 笑われて気が付くが、彼女が勉強している姿を思い出してみる。確かに、華美な仕様のものを愛用している記憶はなかった。


 書いているうちにペン先が尖るように回転するタイプのもの。軽くて使いやすくて、シャープペンシルと言えば真っ先に想像でき、自分も愛用中のもの。


「そうだね」


 女の子らしい可愛いものを女子高生は使うのだろうと勝手な想像が膨らんでしまったのが恥ずかしかったが、華の女子高生代表とも言える和栞が言うのだから妙に納得できた。


 彼女の左手からふわっと力がなくなっていくのを感じる。


 それに合わせて右手の力を抜く。


 右手が隙間を感じ、柔らかな感覚が自然と引いていく。


 今まで確かにそこにあった温もりと引き換えに、手のひらが伝えてくるのは、ほのかな寂しさを含む空気と熱が冷めていく感覚のみ。


 正直、手を繋いだ手前、どう手離せばいいのか迷う自分がいた。


 従うままに手を取っていたものの、繋ぎっぱなしでは不自然なこともあったかもしれない。


 それに、華奢な彼女の手を離すには少しだけ頼りなくて、愛おしく感じてしまっている自分もいた。

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手を繋ぐ描写はラブコメにありきたりですが、手をはなす時を書きたかったんです。

さみしかったり。伊織と同じよう、どうしていいのかわからなかったりすると思う。

二人らしくて好きなエピソードです。

本日は連投企画日です!

次回、本日の18:00 更新予定です!シャーペン、お揃いにしちゃう?

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