第四十六話「かろりぃの責任」
本日は連続投稿7話させていただきます。2話目です。お楽しみください!
会計を済ませて雑貨屋を後にした。今日の目的はお互いに母の日のプレゼント調達だったが思いのほか迷う事なく達成できてしまった。
彼女に声を掛ける。
お礼を丁寧に向けられ、和栞の荷物は伊織が持っておく。
荷物は衣服なので軽いけれど、気持ちのこもった品をであるから、責任重大な気がした。
その後は、彼女が「気になります!」と言い出す店の中に入っていき、とりとめもない会話をしながら店内を隈なく歩き回っては、彼女はご機嫌な様子で微笑ましい限りであった。
◇◆◇◆
時刻は午後一時過ぎ。
お腹が空いたと正直な意見を主張した和栞とカフェに入る。店内は他に客が数組しか居らず、物静かな雰囲気が漂っていた。
入店時からマークされていた店員に案内された席へ座る。
机の隅に立っているメニューを和栞の向きに差し出し、逆から眺める。その間にも「ありがとうございますっ」と聞こえたが、息を潜めるように小声で話しかけてくる彼女。店内の空気を察したのか、声のボリュームは小と決めたらしい。
伊織は休日であれば食事を抜きにして過ごす事もあるので、今回は由香へのプレゼント代に消えてしまったなけなしの資産をいたわる様にコーヒーのみを注文した。
注文したメニューが運ばれてきた。
和栞が遠慮がちにこちらへ視線を向けてくる。
「伊織君は何か食べないのですか?」
「遠慮しなくてもいいよ。お腹空いてないし」
目の前のパンケーキに待てをしている彼女がこちらに問いかける。
「こちらが少し恥ずかしくなるではありませんか」
「お腹は空くでしょ。冷めるよ?」
生きとし生けるものであれば、食欲が湧いてくるのは仕方ない。
「ううぅ……。いただきます」
まじまじと見るわけにもいかない気がしたので、美少女と風景を交互に瞳に移しながら彼女の昼食が始まるのを待つ。
小さく掬われた生クリームたっぷりの一口目を和栞が口に運ぶ。
「ん~っ」
猫のようなフニャンとした笑顔。ごろごろと和栞の喉が鳴る。
さっきまで一人だけ食事するということに恥じらう姿も、もう少し眺めておきたかったなと思いながら、この食欲と甘味に素直な顔も悪くないと、匙が糖質の塊を崩していく様子をゆっくり見守った。
◇◆◇◆
目の保養が十分に出来た頃。
「やっぱり伊織君も食べるべきです」
こちらの顔と自身がもうすぐ平らげてしまいそうなパンケーキを目で行ったり来たりしている。
「遠慮しないでいいって」
「遠慮ではないのです……」
言葉を最後に視線が下方へ留まった。伏し目がちで裏があるのか、珍しく彼女の目が泳いでいる。
「その心は?」
「共犯と言うか…、罪悪感の解消……?」
何やら物騒な言葉が飛んでくる。やけに活字の堅苦しい文字列が頭部へ直撃してきた。
「悪人になったつもりはないけど?」
「心配しなくとも伊織君は善良な市民ですが、私はそうはいかないのです!」
「お腹は空いていないのだから一人で食べていてもこちらは問題ないけど。見ている分には微笑ましいし」
「目を楽しませられているのであれば嬉しいのですが、そうではなくて…ですね……」
「怒らないから、伊織さんにいってごらんなさい」
こちらが少女を虐めているようで居た堪れなくなってきたので、何を言われても許すつもりで彼女の思うところを探ってみる。
頬と長髪から覗く耳を紅潮させ和栞は発する。
「かっ……かろりぃ……が……」
「カロリー?」
しゅんとした彼女がふるふると震えだす。
伊織はその姿が愛らしくて思わず口に付けたコーヒーを吹き出しそうになるのを、ゴクリと飲み込んで咽かえる。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」
最早、ムキになりかけた彼女が恥じらいとも、軽い怒りともわからない赤らみを続けている。
「そんなに気にしなくても大丈夫だって。一日くらいバチ当たらないし見なかったことにするから」
過去にこのような高カロリー食物が与えたダメージはこの細身の少女には小さい。
普段から自己研鑽を欠かさないような健康体で、もう少し肉付きも必要な気もしたが、口にするのも野暮だろう。
「本当にそう思いますか?」
「そう思うとも」
「でも、実際に食べ進めると罪悪感が勝っちゃったのですよね」
「いつになく消極的だな」
皿には伊織の一口分程度の量しか残っていなかったのだが、和栞にとっては二口といった程度だろうか。
ここまで食べ進めたのであれば、最早摂取カロリーの違いが出ないような程度のものなのに。
和栞は罪悪感で手が止まってしまったようだった。
「私だって、年頃の女の子ですからね? 気にしますよ」
「頼んだ時点で諦めてるのかと思ってたよ」
「やっぱり……」
食欲のままに目を輝かせた彼女が迷わず「これなら食べ切れそうです」と宣言した約二十分前の決断に後悔を寄せている。
「なので申し訳ないですが、最後は伊織君に食べてもらおうと思って」
彼女が匙をくるりと持ち手をこちらに向ける。
申し出にしては軽く全うできそうな量だったのだが、対面している人物に問題がある。
机には食事に必要な分の匙しか用意がないので、先ほどまで彼女が使用していたものを使うほかない。
男友達の食べかけを平らげる事とは意味合いが大分変わってくる。
彼女はその点に考えが及んでいるのかどうか図りかねるが、適切な距離感を保つためにこちらから自重しておくべきだろうとも思った。
意識し過ぎているという情けない気持ちを横に置き、匙を受け取る。
「そういう時はいい方法がある」
「良い方法ですか?」
もう既に残ったパンケーキは自分の責任ではないと安心を見せている彼女が首を傾げる。
「臭いものには蓋をする。アンド、喉元過ぎれば熱さ忘れる理論」
「どうすればいいのですか?」
皿を手元に寄せると、二等分に切り分ける。
「自分の意思が介入しないまま、事が終わればいい」
すっと入ったフォークが皿と出会い、食器が小さく音を立てる。
「え?」
「今から起こることは頭を空にして聞いてほしい」
「わかりました」
「まずは目を閉じる」
「はい」
ぴとっと瞼を合わせた和栞。長い睫毛が彼女の瞳を守っている。
チラリと一瞥した伊織は、和栞が目を閉じているのを確認した。
手元で二つに切り分けたパンケーキを整えて、片方を匙に刺し、最後の一切れも纏めて一口分を作る。押しつぶされている生地は今にもはち切れそうだ。
その間、目の前の少女は完全無防備にこちらを向いているので、彼女の自由をこちらから一方的に奪うような妙な罪悪感が沸々と湧き上がってくる。
だがこのまま意図も本心も読めない彼女に対して、こちらが一方的に間接キスを喰らうよりずっとマシな気分がした。
声を掛けるわけでもなく、不意に彼女にとっては大きな一口分を彼女の口の前に用意する。
伊織は左手を受け皿のようにして彼女を待つ。
「今は何も見えてない。そうだな?」
「はい」
「目を開いた瞬間から頭をフル回転させて、今すべき行動を考えてみるといい」
「はい」
「目、開けていいよ」
瞼がゆっくりと開いていくのがわかる。
目を開けた時、彼女が何を思ったのかわからなかったが、一瞬こちらの顔と目前の最後の一口に視線が移動した。
次の瞬間、しなやかな揺れが右手に伝わってきて、彼女の顔が近くなる。
いつもは小さな口が、口いっぱいにものを含んだ。華奢な身体は後ろへ引いていく。
急に右腕の感覚が研ぎ澄まされ、匙越しに伝わるはずもない彼女の瑞々しい唇に、そのまま心までかどわかされそうな思いだった。
左手を口元に添えて、涙目で何かこちらに訴えかけるようなそんな熱を帯びた表情をする。
「わたしには大きすぎますよ?」
口の中を空にした和栞は、口元を紙ナプキンで拭いながら話す。
「この際、思い切りが必要かと思って」
「目の前にあったら食べるしかないじゃないですか」
「そう、仕方のないことだったね?」
「結局、完食してしまったではありませんか」
綺麗に平らげた皿は光に反射して輝いている。
「残したらパンケーキも作り手もさぞ悲しむよ。でも、不可抗力だね。自分の意志じゃないからセーフ、セーフ」
「呆れた理論ですね」
「喉元過ぎればカロリー忘れろだって」
「言いくるめられてますね」
ムッとした顔が目の前にある。
「さあ、一休み終わったことだし、次行こうか……」
このまま彼女の瞳に吸い込まれてしまいそうな気配を感じてしまう。
言い合いになれば糖分を十分に摂取した彼女の頭の回転に負けてしまうだろうなと考えながら伊織は温くなったコーヒーを飲み干す。
「この後……責任取ってくださいよ?」
今はまだ、和栞の発した言葉を今日限りの冗談に捉えていた――
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伊織君、めっちゃ意識してる、、、
本日は連投企画日です!
次回、本日の14:30 更新予定です!二人の午後デートが始まります。。




