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【第四章いちゃこら進行中】『されされ』〜超ポジ清純ヒロインな和栞さんにしれーっと、美少女に夢を見ない俺の青春が、癒されラブコメにされた件〜  作者: 懸垂(まな板)
第二章「二人だけの勉強会」

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第四十一話「和栞さんと慣性の法則」

 彼女と行きのバスを待っている。


 傍から見れば、二人はカップルに見えなくもないだろうが、周りにそう見えてしまうからこそ、伊織は和栞に恥ずかしい思いはさせないでいようと決心をして、たわいも無い会話をしながらバスを待つ。


「あのバスですかね?」


「そうだろうね」


 二人は朝の静寂の間を縫いながら、向かってくる路線バスを見て、立ち上がった。


「私は窓側がいいですっ」


「どうぞ」


 健気に窓側宣言してきた彼女がなんだか譲れなさそうに言ってくる。


 レディーファーストくらいは心得ていた伊織は和栞の言葉に反論することも無く、右手の平を上にバスの方へと指し示した。


 緩やかに停車したバスの乗降口が開く。


 和栞の背中に続いて伊織もバスの後方、後ろ側の席へ進む。


 こんな美少女の横に密接距離を侵してまで座ることになるとは、四月の頃の伊織には想像もなかった。

だが、実際に先にちょこんと座って外を嬉々と眺めている和栞を見ていると、これは現実に起きている事らしいと理解が及んでくる。


 座る前にふと過去の自分に対して感傷に浸るような間を作っていると、目の前の少女はこちらの様子に気が付いた。


「伊織君、出発してしまいます。立っていると危ないですよ」


 彼女は、トントンと今から自分が座る場所を軽く叩いて、横に座りなさいと言わんばかりの招きを入れてくるので、従って横に腰掛けた。


 和栞の身体に触れてしまいそうなくらい近かったが、伊織は気を遣って適度な距離を保つ。


 何をしていなくとも甘い香りが鼻孔を擽ってくるものだから、内心は穏やかではなかった。


「さあ、遠足ですよ? 張り切っていきましょう。 おーっ!」


「おーっ……」


 他の客に聞こえないくらいの小さな声でこちらに話しかけてくる。誰に聞こえるわけでもない抑え目な声ながらも、彼女の息遣いからは楽し気な様子が伝わってきた。


 和栞のテンションに圧倒されるような形で、団結の意を表明したのだが、どこか上の空な気持ちが否めない伊織であった。


(こちらが勝手に意識し過ぎてるのが恥ずかしいな)


 彼女がどのような気持ちで今日の遠出に臨んでいるのかなど、見当もつかなかったのだが、当人もその表情を見る限りではいつもと変わらない明るい雰囲気がある。


 この様子をクラスの誰かに見られてしまい、面倒なことになることを想像もしていないのだろうかと、こちらが心配になってくるほどだった。


 バスが動き出すに従って、二人の身体が背面のシートに吸い寄せられる。


「さあ、伊織君。作戦会議ですよ。今日はどのような順番でまわっていきましょうか?」


 早速、彼女は今日の作戦とやらを練り込みたいらしい。


 計画的に物事を進めていく和栞らしい提案だった。


「そうだなぁ、花はどちらかというと最後だろうし、先にプレゼントから探す?」


「了解しました。隊長!」


 まるで司のような反応を見せる和栞だった。


 違う事と言えば、前の席のシートの影に隠れるよう、こちらだけに小さな敬礼を向けている事だった。


 誰にも作戦内容を知られるわけにいかないつもりなのか、やけにこそこそとこちらへ目配せしてくる様子が幼く見える。美少女の武器とでも言うべき可愛らしさだった。


 会話内容に関しては気の知れた男友達を相手しているようで接しやすい。気軽に話せるようになってきたのはこれまで、和栞の人となりを多少なりとも理解することが出来たからだろうと思う。


 だが、その安心とは対照的に視覚から伝わってくる光景が、公衆の面前で二人だけの秘密を共有しているようで、胸騒ぎが次第と隠せないような感覚があった。


「うむ」


 いつもの調子を取り繕うかのように返事を返す。


「ずっと考えていたのですが、伊織君のお母様のプレゼントは私と一緒にエプロンを贈るというのはどうでしょうか?」


「考えてくれてたの?」


「はい。伊織君にも心のこもった贈り物をしてほしいなと思っています。おそらくお母様も毎日使うものでしょうし、伊織君からのプレゼントなら喜んで使ってくれると思うのですよ」


「お墨付きという訳ね?」


「女心は任せてください」


 こちらの事にも気を配ってくれていたらしい和栞の意見に妙な安心感を覚える。


 家を出た時には、ショッピングモールを和栞と歩きながら、その中で何を準備するか直感で決める気でいた伊織だった。だが同時に、数時間後に結局最後までプレゼントを決められずに途方に暮れてしまう想像もしてしまっていたので、素直に和栞の意見に従っておこうと思ったのだ。


「お願いします」


「はい!」


 元気よくクシャっと笑顔になった和栞を見ていると、こちらも頼んだ相手は間違ってなかったなと思えてくる。


 母の日のプレゼントなど、考えもしなかったことで、和栞が発案してきたときは、どうなることやらと頭を抱えていたのだが、この笑顔を見ていると、少しでも母――由香に喜んでもらえたらいいなと素直な気持ちが湧いてくる。


 心清らかで、これ程までに自身の母親のことを大切に思う彼女の姿を見て、ちょっとした優しい気持ちのお裾分けと心境の変化を感じつつ、バスに揺られていた。


◇◆◇◆

 

「伊織君はジェットコースターは得意な方ですか?」


 唐突に横から微かな声が耳に届いてくる。


「そんなこと聞いてどうするの?」


「いえいえ。さっきからゆらゆらとジェットコースターみたいだなと思って。興味本位で聞いてみました」


「ここら辺はカーブが多いからな。だが、安心していい。運転手もプロだ。彼らの技術はそう簡単に盗めるような軟なものじゃない」


「私たちの命を預かってくれているのですもんね。感謝しきれないです」


 そういう言葉は当のバスの運転手本人が持つ常套句なのだろうが、和栞は色んな人の立場になってまで、素直な感謝の言葉に表すことを厭わない。


 生きとし生けるものすべてに彼女は感謝を向けていそうで、彼女の心の底が知れなかった。


「だね。そうだなぁ、人並みに楽しめるって感じ? 高いところと速いものは割と好きかも」


 横目で和栞の問いかけに答えを返すと、和栞がさらに続けてくる。


「伊織君は苦手なものとかないのですか?」


 さも、こちらがなんでも大丈夫そうだと思っていそうな言い草だが、自分にだって苦手なものの一つや二つくらいはある。


「笑わない?」


「笑いませんよ」


 男が苦手なものを表明するに、辱めを受けているような感覚に陥りそうだったが、彼女のことだから馬鹿にする意図はないのだろう。


 ここは一旦、白状しておくべき苦手なものが伊織にはあった。


「虫」


 胸を張って言えるようなものでもないので余所余所しく答えてしまう伊織だった。


 ぽかんとした様子でこちらを見ている彼女の顔に「ぽかん」と書いてある。


「ちょっと意外でした」


 あまり想定していたようなことではなかったのか、反応を薄めに、ただこちらを見てきた。


 居た堪れない気持ちになったが、二人で腰を落ち着けてしまったこの狭いシートに逃げ場などない。


 伊織はごまかすように、弁明を始めたかった。


「小さい頃、俺が元気な虫取り少年やってたと思う?」


「どちらかと言えば、イメージですがテレビっ子のおうち大好き少年ですね」


 こちらのことは見透かしているらしい。


 日本中の少年が熱狂しそうなヒーローものには知識の浅かった伊織だが、幼少の頃から世界に誇る日本のサブカルチャー文化は一通りに素養がある。


「そうだろうとも」


 なぜか自身の弱みに対して正当化できてしまったが、少々居心地が悪いことに変わりない。


「でも、今どき虫が苦手な人も多いですし」


 昔に比べて外で遊ぶような子供も減ってきたので、彼女の言うことも一理あると聞く。


 男として苦手なものを聞かれ真っ先に「虫」を挙げてしまうあたり、自分が無性に情けなく思っているところを、透かさず彼女は笑うこともなく擁護してきたので、彼女の優しさが妙にありがたいものに思えてきた。


「優しいフォローありがとね。蝶なら触れるけど、蝉は勘弁」


「穏やかな伊織君らしい弱点ですね」


 彼女には自分のことが穏やかに映っているらしい。


 こちらの苦手なものをあざ笑う訳でもなく、微笑みが出迎えてくれている。


「月待さんは?」


 努力家で大抵のことはできてしまう彼女の苦手なものが想像できずに、何気なく聞いてみたくなった。


「そうですね……。痛いこととか大きな音とか……ですかね?」


 なんとも乙女らしい回答が返ってきた。


 こんな華奢な少女が、酷く痛がる様子を想像するだけでも心が痛む。


 そこへ、大きな音ときたら、物騒な情景が想像できるので彼女は、心の平穏を保てなくなるような状況が苦手なのかもしれないと考えが及んだ。


「それなら、誰だって一緒だからあまり気にしなくていいね」


「そうですかね……。あまり出くわしたくはないなと思ってしまいますね」


 お腹を抱えるように縮こまってしまった彼女を見ていると、本当に苦手としていることが見て取れた。


 車内の揺れに抗うように身体に力を入れてしまっている彼女は、まるでただ一人、大きな障壁に一生懸命立ち向かう、非力な存在に見えた。


 その姿を見守るようにしていた伊織も、改まって和栞を励ましておく必要があるなと感じてしまうほどだった。


「大丈夫だって。今から起きるかわからないようなことなんて、心配するようなことじゃないでしょ。前向きに生きとけ」


 自分にしては前向きな言葉が咄嗟に良く出てきたなと、発して気が付いたのだが、嘘は言ってない。


 その言葉を素直に受け取ることができたのか、彼女は身体の力を緩める。


「できることなら、一生こけたり、擦りむいたり、ケガしたくないです」


 伊織はもっと大きな痛みを想定していたのだが、和栞の悩みの種は小さいが多くあり、直ぐに芽が出てきそうなことばかりだった。


 全て回避するのは難しく思えるが予見して対策することはできる。


「日々の生活から注意深くだ。たまにおっちょこちょいだから、テーブルに小指ぶつけないようにね?」


「考えただけでも痛いので気を付けます」


 ちらっと苦悶の表情を浮かべた和栞は、背筋を伸ばすと両手に力を籠め、気持ちを入れなおしている。


「その意気だね」


 さっきまで渋い表情を浮かべていたのに、気が付くと今はクスクスと小さく笑い始めている。


 彼女の感情の変化には先ほど会話にあったジェットコースターという表現がしっくり来ていた。


 彼女の笑いの根源はわからなかったが、横でこちらへ無邪気に彼女が話す内容を聞いていると察しがついた。


「おっちょこちょいって可愛い響きですね」


 どうやらこちらの発した言葉に可愛らしさを見出したらしい。


「可愛いね」


 言葉の構成や響きは可愛らしいものがあるのだが、和栞に対して向けた言葉なので、あながち間違ってはいない。


 その言葉の矛先には、こちらの目には少なくとも愛らしく見えているという伏せておきたい少々の事実が、この瞬間の彼女に悟られないように、オウム返しで返答しておいた。


「その言葉を選んでくる伊織君も、可愛いです」


「今、俺は貶されてるの?」


「誉めてます。可愛い言葉を言う、可愛い伊織君です」


「可愛いと言われて喜ぶ男もあまりいないと思うんだけど……」


 若干、揶揄いを含んでいるように思えるのだが、先ほどの苦悶の表情とは打って変わって、獲物を見つけた目をしているので、いつもの彼女の調子に戻ってきたようだ。


 深入りすると火傷を負うので、彼女の笑みに「やれやれ」と呆れ交じりの軽い反抗をした。


 誰もが皆思うことを苦手とした和栞に、とうとう抜け目などないのではと思う伊織だったが、少しでも晴れやかな笑顔が返ってきたのならそれだけで良かった。


 今や二人でいることが当たり前となってしまった彼女の歪む表情など見たくない。


 できることなら、一緒にいるときはできるだけ楽しい話題を共有して、彼女の悲しむ姿など想像もしたくない。


 窓の外を眺めながら和栞は静かに口を開いた。


「痛いことや不安なことって避けられないこともありますから、これからも苦手だと思うことに終わりは来ないと思います」


 話し出した和栞の方に伊織は顔をやる。


「けれども、伊織君の言葉を参考に今起きてないことを深く心配することは辞めてみます」


 和栞には思いつめない明るい姿勢が良く似合っている。そんなことを伊織は最近考えるようになっていた。


「それがいい。それにしても、色んなことを広く考えられるって困った話だな」


 必要以上に心配が及んでしまうことも、よく後先のことを考えて行動できる証拠だろう。


 なおの事、先ほどの「注意深く」というこちらからの言葉も実践できそうな彼女なのだから、何も不安に思うほどでもないだろうとも思う。


「え?」


「なんでもないよ」


 伊織は以前、「爪の垢を煎じて飲むとは?」と考えたことがあった。


 まさに和栞の考え方に触れることで、伊織が逆に考え方を正されることが多くある。


 そしてこれからもおそらく和栞との会話の中では学ぶものが多いのだろうなと、バスの右左折に合わせて共に身体を揺らしていた。

ブックマークと評価をお待ちしております!

執筆の励みになりますのでよろしくお願いいたします。

次回更新は8/27 8:00を予定しています。

次回、和栞さんがなにやら楽しそうにしています。お楽しみに!

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