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【されされ】〜超ポジ清純ヒロインな和栞さんにしれーっと、美少女に夢を見ない俺の青春が、癒されラブコメにされた件〜  作者: 懸垂(まな板)
第一章「出会いと二つの契り」

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第二十五話「千夏と理沙の荷物持ち」


「十一時でいいんじゃね? 飯食ってから観るか」

「り」

「入り口で集合で」

「おけ」


◇◆◇◆


 春の長期連休初日。


 かねてからこの連休には司と映画の約束していたので、昨晩互いに連絡を取り合い、商業施設の入り口で待ち合わせと話は落ち着いた。


 学校からは、長期連休を生徒たちの休息に充てさせないほどの宿題が課されていたのだが、前もって手渡されていたこともあり、伊織にはノーダメージ。

 連休が始まる前の週末には片付け終えて、晴れて暇を謳歌できている。


 それもこれも日曜日の伊織が、前日のピクニックで幸福を与えられ過ぎたような気がした罪滅ぼしをかねて、黙々と消化した結果だった。


 たまの連休を課題消化に追われるなどといった味気ないものにしたくはない。

 それに、あとで困るのは自分だと目に見えていたので一日で課題全てを終わらせることに成功した。

 週末の自分自身の行いに深く感謝し、自堕落を決め込む連休としたい所存である。


 待ち合わせ場所に到着するなり、伊織は司の姿を探し、辺りをきょろきょろと見回した。


 向こうから手が上がるのを見ると、その爽やかな顔に近づいて行く。


「司、それ、寝ぐせついてね?」

「馬鹿野郎、わざとこうしてるんだ」


 遠くから見るとただの爽やか男子そのものだが、こちらの挨拶代わりの心配を余所に、いつもの調子で小突きから仕掛けてくるあたりは、落ち着きの片鱗もない悪友、司だ。


 連休初日と言うことで伊織たち以外の客足は多め。

 映画館がある場所が、この商業施設くらいしか存在しないので、皆考えることは同じなのかもしれない。

 開店して二時間と言ったところだったが、早くも人混みに揉まれていた伊織たちだった。



「朝飯抜いたから腹減ったわ、とりあえず飯食お」

「何食う?」

「気分的にあそこだな」


 ファーストフード店を指さして司が言う。


「財布事情的に俺も賛成だな」


 月が替わって小遣いが復活したが、安く済むぶんに越したことは無い。

 始まったばかりの高校生活。小遣いの大幅な待遇改善が行われるわけでもなく、財布事情は相変わらず心もとないのだ。


 学校はバイトを禁止していないので、学業の隙が出ればそのうち自分も……と考えている伊織だが、今のやりくりを成立させるためには、支出から見直すことが一番手っ取り早いことを心得ている。


 店舗に歩きながら、司が何やらぶつぶつ言っていた。


 注文内容を検討しているのであろう。


「注文は?」

「これでもかと食べる。ポテトは大盛りのLサイズ一択だ。伊織も大盛りにして、合体させようぜ」


 爽やかなイケメン顔からは想像もできない言葉が次々と飛んでくる。


「おうおう、穏やかじゃねえな」

「顧問が飯にも気を遣えとか言い出すんだよ、今日くらいはいいだろ」

「あの運動部特有の炭酸飲料は抜けとかそんなのか?」

「そんなとこだ。腹回りとか気にしとけだってさ」

「なんだそれ。オッサンじゃあるまいし」

「体型変わると、活動に影響が出るらしいわ。高校生をなんだと思ってんだかな」


 司の顧問の言葉はわからなくもないが、おそらく本筋はそこにはなくて、自己管理も武道の一環といったところなのだろう。とはいえ、腹回りの話を持ち出してくることには、顧問の私情が垣間見えた気がした。


 顧問の言葉を思い出し、鼻で笑う筋骨隆々な司は、今日は教えに背いて盛大にやらかしてやるつもりらしい。


 店に入店するなり、注文待機列の最後尾に並ぶ。伊織も後に続いた。


「ジュースもLサイズにして映画に持って入ろっと」

「映画館、涙目だな」

「節約できるとこは削ってでも、いつか来る輝かしい未来に備える」


 幼少より、突っ走りが過ぎてきた司からは少し成長があるようだ。


「珍しく、後先考えた話してるじゃねえか」

「男はいつでも不測の事態に備えておく必要があるんだよ、伊織さんや……」


 何やら神妙な面持ちの司は自分の世界に浸っている。


「この街の治安は随分と保証されてるぞ? 不穏な研究所もねぇし、弾丸の雨は降らねえし」


 今日見る映画にちなんで、冗談で言ったつもりの伊織が表情の変わらない司を見るなり、普段と様子が違うことに気がついた。


 注文口まで列が徐々に短くなる中、一歩前に詰めた後で司が口を開く。


「千夏との予定をこぎつけたって言ったら?」

「ほう……。それは失敬。失礼な発言だったな」

「そうだとも……」


 何やら、手放しに喜べないような、物憂げで哀愁を漂わせる司の姿がそこにはあった。




◇◆◇◆




 伊織はふと和栞(のどか)との約束を思い出す。


 あの時の彼女は満面の笑みでこちらへ「共犯になりましょう」と言葉を掛けてきた。

 こちらの「何もしない」との旨の言葉に同意を得られたあたり、お互いが「不用意かつ悪い意味で司と千夏に干渉してしまうような情報を本人たちへ喋らない」という約束であろう。


 二人の恋仲への発展を考えるのであれば、彼女曰く「押してダメなら引いてみては?」とのことなので、司を恋に煽り立てるような話にもっていくのも違う気がしていた。


 男側の意見ならともかく、千夏と同性の和栞の言葉なのだから、従わない手はない。


 密かに司の恋を応援する身としては、この「恋に煽り立てない」という考えは正解だろうと思う伊織であった。


 司に対してこちらから助け舟を出す気などサラサラない。

 だが、傍で話を聞いてやるくらいには力になるつもりなので、今はあの物憂げな顔の真相を聞いておくべきだろうと、列に並びながら思った。


 注文の品を受け取った司は満足したのか、大量のポテトと、大きなジュースを手に、(はや)る気持ちを抑えきれない様子で、空席に腰掛けた。


「おら、いくぞ」


 片手ひとつずつ、なみなみと入ったポテトの紙容器をこちらに見せつけてくると、注文した商品を載せていたお盆にひっくり返しながら、「合体だー」と無邪気な様子――


 とてもこの春から高校生になったとは思えないわんぱくぶり……。

 仮にそこら辺の少年が母親の前で同じことをしてしまった暁には、間違いなくグーが飛んできても文句は言えないような、行儀の悪さを感じる。


 だが、当の本人は哀愁から立ち直ったようで、嬉しそうにしているものだから余計な水は差せない。

 ここは軽めに、どこかで聞いたことがある注意で、行き過ぎないように歯止めをかけるのが無難だろう。



「食べ物で遊ぶな、罰が当たるぞ」


 余程、山盛りのポテトに心奪われているらしい司は、伊織に目もくれず、一目散に口に頬張っている。


「この後、二人でおいしく頂くんだから、遊んだことにはならないだろ?」

「どこの制作スタッフ陣だ? 俺は協力しないぞ?」


 冗談を言えるくらいに理性を保てているらしいので、これ以上のお真面目は野暮だった。


「おい、いおり、あげたてだぞ……」

「なんだと? ったく……。できるな、この店」


 くだらないやり取りの中、二人は熱々の揚げたてを堪能した。



◇◆◇◆



「連休中、千夏と一緒にどっか行くってことだな?」


 千夏との予定を司に、何気ないふりをして聞いておく。


「まあ、それはそうなんだが……」

「今度はなんだよ」


 司は若干気まずそうな顔をしている。


「俺は、姉貴と千夏の買い物の荷物持ちってところだ」

「それはそれは。司が可哀そうに思えてきた……」

「伊織もわかってくれるか?」

「まあ……。ただ、全然予定をこぎつけられてないぞ?というツッコミはしないでおくよ」

「おうおう。そうだよなぁ……」


 珍しく弱気になっている司が痛々しく見える。


 千夏と二人きりで出かけられるなら願ったりかなったりだったのだろうが、実の姉を伴うのであれば、場合によれば地獄絵図になりかねない。



「二人で行けばいいのに何でお前が一緒についていく必要があるんだ?」

「姉貴に買収されてる」


 司の視線が、急に遠くなる。


「女二人で出歩くと色々面倒なことも多いらしくて、金で釣って、俺のことを魔除けにしてくるんだよ。俺は本当に荷物持ち程度なんだわ」


 千夏とのお出かけが確定している理沙の頼みは、司にとってもそう簡単に不意に出来ない話だ。

 どのような状況であっても、せっかくの「意中の相手」と行動を共にできるような機会は逃したくないし、嬉しいはずだ。「二人きりではない」という不遇が目に見えていて諦めてしまうほど、恋煩いは簡単な病でもないらしい。

 

 流石に伊織も司に同情したくなる。


 おそらく千夏のメインは理沙とのショッピングにあるからして、司自身が望むような展開に続くルートが一本も想像できなかった。先ほど、不測の事態を見据えて節約を心がけた司が急に健気に見えてくる。



「でも、姉貴も羽振りがいいから昼食付きだし、お気楽なバイトができる。アットホームな職場ってやつだ。割り切って過ごす事も悪くないなと」

「高校生に比べたら経済力あるしな、大学生は」

「そうなんだよ。ただ、くっ付いてまわるだけで八千円だぞ?でかすぎるだろ」


(コイツ、見事に札束で殴られてるな……)


 司の不遇を憐れんでいたが、金銭に目がくらんでいる今の下衆な司の姿を見ると、さっきまでの憐みの気持ちを少しでもこちらに返してほしいと思う伊織だった。


 どうも収まり切れない気持ちが芽生えたので、軽くなじっておく。


「お前、蚊取り線香ってことみたいだな」

「うるせえ」


 少し、当人にも笑いが出てきたので、深くは考えていない様子の司に見えた。


「たまに俺を連れ出すんだよな。今回は千夏がいることの方が珍しいんだけど」


 冬川家ではよくある話のようだ。ならば、そのアットホームな職場の報酬を鑑みて、節約の必要はないのでは……?というツッコミも、炭酸の喉越しに免じて流しておく。


「姉貴もわかんねえ女だよ。大学二年にもなったんだから彼氏でも作って外で遊んでりゃ誰も文句言わないのに、男の影一つしないから不思議だわ。俺から見ても顔は悪い方じゃねえのに」


 司の言う通り、理沙の顔立ちは良く、冬川家の血は美男美女揃いといった認識だ。

 なので、理沙が外出するたびに、おそらく周りの男が黙っちゃいないのだろう。


「理沙さんもお前を彼氏に見せたりして、他から話しかけられないのを狙ってんだろ。利害の一致ってやつだな」


「そうだろうな。それに、悪い虫に寄ってたかられて、今頃男でもできてたら、千夏とも遊べなかったわけで、こっちからしたら棚から牡丹餅なんだが、なんだかなぁ……」


 司が複雑な気持ちになるのもわかる。

 本人は幼少の頃から千夏に一途なだけあって、色々な感情を拗らせている。


 そのことを知ってか知らずの美人な姉から、意中の相手とのイベントをセッティングされている訳だが、単なる荷物持ちという立ち位置であれば、関係性の進展は望めない。

 まして、前に司が話していた「執事みたいなもんだ」との言葉通り、便利のいい友人という関係に落ち着いてしまうことを、不本意ながら加速させてしまうようなイベントに思えてくる。


「とことん可哀そうな奴だな、お前」


 伊織の口から司への同情が漏れる。


「あー、もう自棄だ。これは全部俺が頂いたっ!!」


 伊織が想定していなかった量まで、ポテトを鷲掴みにしては、口へ詰めていく司。


「こいつがどうなってもいいのか?」


 伊織が司のドリンクを人質に取ると、青ざめた司がせき込みだす。


「げほっ。げほ、げほ。それだけは堪忍しておくんなましぃ」


 先ほどまでしょぼくれていた司も、いつもの調子に戻ってきたようだった。


 伊織は、人質を解放し顔の前に突き出すと、「サッ」っとドリンクを受け取った司が、ひと吸いで喉に命を繋ぐ水分を流し込んでいく。

 あっという間に容器の底からズルズルといった音が聞こえてきた。


「あーあ。こりゃ買い足しだな」


 伊織は司の節約が成就しなかった様子を見るなり、呆れと憐みを向けながら小さく笑うのだった――



ブックマークと評価で応援のほど、お願いします!

次回、和栞さんが帰省から帰ってくる??お楽しみに!

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