第二十二話「美少女と共犯の契り」
今日3話目の更新です。おたのしみください!
感動を覚えるほどの食事を堪能した伊織は、少しの休憩を和栞と何気ない談笑で埋めることとして、穏やかに過ごしていた。
「月待さんは、ゴールデンウィークの予定とかあるの?」
「明日、唯依さんとお買い物に出かける予定以外は、連休中は実家に帰省しようかと思っています」
一人暮らしの家を離れ、家族のもとへ戻る旨を伝えてきた。
「明日は帰省は抜きにして、連休中にってことね?」
「その通りです。短期間で二度実家に帰るのも非効率なので」
ことあるごとに彼女は現実的な話を持ち出すから、その計画性が良くうかがえる。
「ゆっくりできるといいね」
「ええ、ありがとうございます。そのつもりです!」
その言葉を最後に、長椅子から立ち上がると和栞は背伸びを一つした。
雨雲の切れ間である今日この頃だが、快晴も落ち着いたようで少し陽の光が雲にさえぎられてきて、辺りに陰りが見えてきた。
伊織や和栞が眺める遠くの空にはうっすらと黒い影が出来ている。
長居し雨に降られることを心配したが、雲はどんどん離れているようで、ピクニックを邪魔されるようなことはないだろう。
「伊織君は何かご予定があるのですか?」
こちらに目線をやると、次は彼女が予定を聞いてきた。
「相変わらず、連休中もぐうたら過ごすつもり。初日に司と映画観に行くくらいしか予定はないかな」
「冬川君とですか。なんの映画を見るのですか?」
「司の希望でアクションもの」
司曰く、女の子とのデートに適さないような、轟音鳴り響く作品である。
おそらく彼女の知識も会話には追い付いてない。
「スタントとか、銃撃戦に爆発シーンとか。お気に召すようなものじゃないかも」
イケメン俳優が演じているならまだしも、渋いオジサンが主演の映画だ。
まず女の子の目に魅力的に映るとは思えない伊織であった。
「男の子って感じがしますね。私は静かな映画が好みなので」
確かに、この少女まで集客できていたら、あの映画の興行を心配するほどでも無くなる。
「でも、司は結構女々しいところもあるよ?」
「と、言いますと?」
「なんというか、これは男の約束だからな……」
その理由を聞かれると、内心痛いところを突かれている気分になる。
例え悪友と言えど、千夏と仲のよい和栞に「司は三回振られてもなお一途だ」なんて言葉は、口が裂けても言えない。
ここはひとつ、理解のある友として親友を売るわけにいかないと心に誓いたい。
「いきなり濁してきましたね?」
こちらを不思議そうな顔で見つめてくる美少女は、珍しく言葉以上の何かを感じ取ろうと、観察をしてくる。
まじまじと口元に手を当て考える姿は、とても画になっている。
すべてを白状してしまいそうな、凄腕探偵風体の彼女である。
「あいつには、あいつなりの戦いがあるんだよ。応援してやってくれ」
長く探りを入れられるとボロが出そうな伊織は、一旦友人の肩を持つことにした。
「うん…。なんとなくわかったような気がしますねぇ」
何やら、思い当たりにたどり着いた彼女が、静かに口を開いてくる。
「二人の間には応援したくなるような空気が流れていますよね」
「二人?」
「唯依さんと冬川君は仲がいいですものね」
完璧なまでに名探偵に気取られた。
顔に解答でも書いてあったかと不安になる伊織だが、当たり障りのない返答をする。
「ああ、小学校からの友達だよ。付き合い長いから」
「唯依さん、私と喋るときは冬川君を話題にすることが多いですよ?」
「どんな?」
「小学校の時から、押せ押せだったと聞いてます。冬川君は男らしいお方のようで……」
「そんな話題まで女子会に提供されて、司が可哀そうになってきた」
和栞がさらっと教えてくれた話は、伊織も司も想像に及ばないような千夏の普段の会話の様子であった。
おそらく、和栞も親友である千夏を売るような行為は犯さないであろうから、常日頃の会話の中で巻き起こっている、ありふれた事なのだろう。
話題が出ているということは、恋煩いの友人がゴールを決める可能性もゼロではなく、伊織は司に吉報を持ち帰ることが出来そうだった。司本人には易々と伝えたりなどしないのだが。
それにしても、千夏の口から和栞にどのような暴露があったのか想像がつかない。
親しい仲になりつつある年頃女子の間の明け透けな会話の様子など、男側視点からは神でもいない限り知ることはできないのだから。
秘密の花園で話題が上がる司に同情の念を禁じ得ない伊織だった。
「いえ、唯依さんから深くは聞いていません。内容を聞こうとすると可愛らしく恥ずかしがるので。二人が仲良しなのは伝わってきます」
「その様子だと、さっき濁した肝心なスリーアウトの件だけは伝わっているみたいだな」
「ええ。千夏さんも近くに思い人がいらっしゃるのに、罪なお方で。魅力に絶えない女の子ですね。冬川君にはぜひ頑張っていただきたいところで、私は陰ながら応援する一人です」
「応援されてるぞ、司。よかったな、司……」
天を仰いでは伊織はこの場に居ない司にエールを贈っておいた。
「うーん。押してダメなら引いてみては?っていうのが、私からのアドバイスです」
「その意味は?」
「追いかけてみたいっていう、乙女心ですかね?」
「ほぅ」
言葉を選ぶように話していた彼女を見ていると、これは大きなアドバイスを受けてしまったことがうかがえる。
「司なりに思うところもあるらしいから、そっとしておこうと思ってる。首を突っ込むような話じゃないだろうし、邪魔するような趣味もないしね」
高校入学当初の司の「待つ」という言葉を思い出すと司はゴールに一歩ずつ前進できているような気がしてきた。
大きな心配はいらないだろうと思う伊織は、和栞に気取られてしまった禊を落とすことができたような気がした。
「今日から私と伊織君は共犯者ですね!」
「人様に迷惑をかけるような後ろめたく思う気持ちは一切ないんだが?」
「ともに友人の恋を応援する共犯者になりましょう?」
「共犯者?ですか……」
「だってそうでしょう? 親しい友人の恋を心の中では応援する気持ちで一杯なのに、表には出さずに何も知らないふりの嘘をつくわけですからね」
彼女の中では罪の意識が相当に重いようだ。
嘘をつくことですら大層なことだと認識しているのであれば、どれだけ彼女の心は清らかなのかと呆れる。
「不用意なことは伝えないつもりでいるよ。本人には」
「では、私たちがやることはわかってますね?」
和栞が左手の小指を立てて、伊織に笑顔で向ける。
彼女の手は小さいながらに、決意の表れを強く契らせようとしていた。
「二言はない」
伊織は小指でその華奢な色白の小指を絡めとる。
ぎゅっと結んだ彼女の指は、細く今にも折れてしまいそうに儚げであったが、指先に伝わってくる柔らかくしなやかな感覚が、確かにそこにあった。
幼子くらいの小さな手指と初めて、触れ合った。
「げんまんってどういう意味か知ってます?」
「考えたこともないけど」
「拳で万回って意味の拳万って書くらしいですよ?」
「うわぁ、恐ろしい」
「そう、その通り恐ろしいお約束なので、お互いに見守りましょうね?」
「わかった」
指切りした小指には、今日の思い出までもが閉じ込められたような、そんな気分がした――
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